幕間 お姉さまのお陰で幸せになりました!

男爵令嬢フローリア視点

婚約白紙にされたと思ったら、いつの間にか外堀埋められてお慕いしてる方と婚約することになりました

 私、フローリア・バーデンベルグは男爵家。羽振りはあまり良くないが、古くから存在する歴史ある家門。


「フローリア嬢。君との婚約は今、この場をもって白紙とさせてもらう」


 きらびやかな夜会。王家主催の夜会は一流の音楽団、一流のシェフ、一流の給仕で下位貴族にとっては滅多に参加できないものだ。

 そして今夜の夜会は次期当主に準ずる若者たちが参加しており、当主はこの場にはいない。まあ、つまるところ次代の社交界の練習場、人脈形成や婚約者がいない者たちの婚活の場でもある。

 この時期に定期的に開催される夜会のおかげで、普段は領地に引っ込んでいる私も王都に繰り出して人脈形成や社交に勤しんでいた。


 そんな、貴重な体験の合間に休憩していた私に、婚約者はアホなことをぬかした。


「……いま、この場で話すことですか?」


 扇子を広げて口元を隠す。

 どこぞの小説よろしく、夜会をぶち壊すような大声での宣言ではないものの、場所が場所だ。普通、控室とか他の耳目に晒されない場所でやるべき内容。

 いやいや、そもそも夜会で宣言するようなことではない。


 ほぅら、案の定聞こえた周囲の貴族たちがヒソヒソしてるじゃない。


「この場所だから、だ。私が婚約を解消したことを周知するにはこの方が良い」


 私の事情は無視ですか、そうですか。

 すん、と表情が抜け落ちたのが自分でも分かる。



 私の目の前にいるこの男は、エール辺境伯令息リカルド・エール様。



 エール辺境伯爵家は古い血筋や人脈を持ち、とある特産品を持つ男爵家と繋がりを得てその地位を盤石としたかった。

 いわゆる政略結婚。

 うちの男爵家は金に困ってるわけでもない、権力を求めているわけでもない。

 が、悲しいかな相手は格上の辺境伯家。結局、了承するしか道はなかったのだ。


 それがこの仕打ち。

 婚約破棄とだけ言わなかったのは、拍手しよう。

 だが、何度も言うがこの場で言う話ではない。


「解消の理由をお伺いしても?」

「我々の婚約理由が政略によるものとは知っているな」

「ええ」

「その意味がなくなった、ということだ」


 ほぅ。つまりは、我が家よりもより良い家門と縁が出来たと。


 リカルド様はエール辺境伯家の嫡子。ご兄弟は弟君がいるが、年が離れておりまだ齢5歳で婚約するような年齢ではない。

 内定はあるかもしれないが、それでも破談になる可能性も考えると我が家との繋がりを断つのは早計だ。


 ではなぜ、今、この話をしているのか。

 それにはだいたい予想がついている。


 リカルド様から視線を外し、今この場から見える範囲で目的の人物を探す。

 するとやはり、そう離れていない場所に彼女が立っていた。

 彼女と目が合う。そしてリカルド様に視線を戻す。


 ひとつこっそりため息を吐いてからパチン、と扇子を閉じた。

 給仕のひとりが通りかかったので、呼び止めた。


「シャンパンを3つ運んでいるそこのあなた。ひとつくださいな。そして私の父バーデンベルグ男爵が控室にいますのでここに連れてきていただけます?」

「は、はい。ただいま」

「…なに?バーデンベルグ男爵がここにいらっしゃっているのか?今夜の夜会は当主は招待されていないはずだ」

「ええ、ええ。そうです。父は別件で王宮に来ておりました。終わったら一緒に帰る予定でした。…そのことは行きの馬車でお伝えしましたが?」


 リカルド様はお話を聞いておられなかったらしい。

 まあ、あそこまで上の空であればそうでしょうとも。

 冷や汗をかきはじめたリカルド様を冷ややかに見ながら、受け取ったシャンパンを口にした。

 程よい炭酸の強さに、ほんの少しだけ心がすっきりする。


「前提として、この婚約は両家当主により定められたもの。リカルド様の一存で破棄やら白紙やらできませんわ」

「…分かっている!」

「分かっているのならなぜこの場で発言されたのですか。別室にて理由をきちんとご説明いただければ、私も白紙化とすることに協力することはやぶさかでありませんでしたのに」

「は…?」


 鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情。

 何が意外だったのかしら。


 ざわりと周囲がざわめく。それに振り返れば、お父様ーーバーデンベルグ男爵がゆっくりと歩いてきていた。

 にこり、と微笑めばお父様は察したのでしょう。お父様も朗らかな笑みを浮かべながら、周囲を見渡した。


「やあ、申し訳ない。基本この場にはいてはならぬ身ではあれど、エール辺境伯令息から娘に告げられた内容が内容なもので」


 それはそうだ、と周囲は納得した様子を見せた。

 たじろぐリカルド様に、お父様は微笑む。

 私はシャンパンを飲み干して、近くの給仕に空のグラスを手渡した。


「娘と婚約を解消したい、白紙としたいというのは本当でしょうか」

「…あ、ああ。申し訳ないが、白紙とさせていただきたい」

「そうですか。それに否やはございません…後ほど、お父君のエール辺境伯へ早馬を出し早速手続きをいたしましょう。というわけで、本日は娘共々退場いたします。皆様、お騒がせいたしました」


 周囲に一礼するお父様に倣い、私もカーテシーをする。

 そうしてお父様にエスコートされて静かにこの場を後にした。





 ―― 帰りの馬車の中で。


「……うふふ」

「…ふ、ははははは!!」


 周囲の目はもうない。ふたりで大爆笑した。

 がっしりとお父様と手を取り合う。


「よくやったフローリア!!ようやく、ようやくだ!!」

「ええ、ええ、お父様!!」


 いえーい、とハイタッチするぐらいには、我が家は平民寄りだ。

 王都にあるタウンハウスだって、夜会が開催される期間だけに借りるレンタルハウス。それ以外に王都にほとんど来る機会がない我々男爵家は、専用タウンハウスを維持する金もない。



 昔から貴族という体裁ではあるものの、我が家の気質は領民と共にあくせく働く者が多い。

 確かに王国の歴史の中で古くからある家門ではあるが、貴族との婚姻は滅多になく、どちらかというと領民と結婚するケースが多かった。


 弟のジョナスがいるから後継問題はない。

 私は私で、婚約白紙になったから傷物に~とかのたまってハッピーライフを過ごすのだ。

 それぐらいの技量は持っている。何なら平民で過ごしてもいいぐらいに。


 なんで、上位貴族との婚姻がダメになったのに喜んでいるのかって?

 この婚約は辺境伯家から出されたものだけど、下位貴族である我が家にも断る権利はあった。法律で上位貴族から圧力をかけて下位貴族に何か要求してはならないという定めがある。

 だが、エール辺境伯家はそれを無視した。

 婚約はちょっと…と言葉を濁した我が家に「お前の領地のモンスター退治やってやらねぇぞ?他家にもやるなって言うからな」と圧力をかけてきて、我が家は屈するしかなかったのだ。


 我が領内には一箇所だけ、強いモンスターが湧いて出てくるダンジョンがある。

 モンスターを討伐すると、魔石や希少材料などをドロップすることがあるのだ。

 うちのダンジョンは難易度は高いが、良質なドロップ品があることが知られている。

 さらに、そのドロップした素材を利用して加工・製造する装備品は王都の騎士団にも求められるほどの品質だ。さすがうちの職人たち。


 基本的には自領のことは自領で、なのだが、我が家でも辛うじて退治できるレベルの強さ。その上、湧き出る頻度が多い。

 そう頻繁に討伐隊を組めるほどの資金も人数もいない我が家は他領にお願いするしかない。

 そこで我が領にほど近いエール辺境伯家にも何度か討伐のお願いはしていた…が、婚約後は「婚約したんだからうちが討伐する。うちが危険な任務を引き受けるんだから」と、我が領に納められるはずのドロップ品まで全部持っていきやがった。

 ドロップ品は高く売れるため、基本は討伐隊が7割、残りがダンジョンがある領地に3割で分け合う。法律でも、ダンジョンがある領地に納める割合の最低ラインはそれだと書いてある。

 我が領自慢の装備品も強奪する勢いで、職人たちも良い顔をしていない。


 いくら辺境伯家とはいえ、あそこまで足元を見られ、頭押さえつけられて結ばされたらヘイトが溜まる。

 しかもこの内容を王家に話す素振りを見せたら、我が家を潰すとまで。


 そんな経緯で結ばれた婚約だったからか、リカルド様は婚約者である私に対して、適切な態度を取ってくれなかった。

 これがちゃんと誠実に対応してくれる方であれば、私も我慢した。

 家のため、領民のため。そうは思ってもあんな辺境伯家に嫁ぎたくない。

 隠してはいたけど、そんな鬱々とした気持ちが出てしまったのかもしれない。


 お姉さまとお慕いしているジャネット・グェンジャー侯爵令嬢にお茶会に誘われたとき「どうしたの?相談に乗るわ」と仰ってくれたのだ。

 

 どうして高位貴族であるお姉さまとお茶会するまでに至ったかの出会いは割愛するとして、お姉さまにはとても良くしていただいている。

 今回だって、泣きながら話す私の話を聞いて、その上でリカルド様からのお話も聞いた上で「いいわ、そのダンジョンも含めて何とかしてあげる」と引き受けてくれたのだ。


 半信半疑だったが、数日後にはグェンジャー侯爵家からダンジョンの共同管理についての提案が届いてお父様がひっくり返ったので、本当にお姉さまが動いてくださっているのが分かった。


「グェンジャー嬢には感謝してもしきれんな」

「さすがお姉さま…正直、ここまで上手くいくとは思っていませんでした」

「礼の品を贈りたいが…何が良いだろうか。そういえば、まだ見返りの内容は言われていないのだったな?」

「はい。婚約解消が終わり次第、内容をお知らせいただくことになっています」


 今回の件を何とかする代わりに、お姉さまからひとつ条件を出された。

 「婚約解消が出来た暁には、わたくし個人のお願いを一つだけ聞いてほしいの」と。

 お願いの内容は聞けていない。お姉さまが「全部終わったら、ね」と仰っていたからだ。

 ただ、政略などではなく、男爵家も絡まない私が叶えられる範囲のお願いだそうで。


「そうか。なら手続きが終わり、見返りの内容が明かされてから礼の品を考えるとしよう。今夜は早く手紙を送らねばな」

「うふふ。そうですわね」



 こうして、家に戻ってすぐさまお父様は手紙を書いて早馬を出した。


 ーー そもそも、リカルド様はなんでお父様が王宮にいらしていたのか、疑問に思わなかったのかしら。

 お父様は王宮務めではないし、男爵という爵位から王宮に上がることは滅多にないのに。

 まあ、おかげさまで邪魔されずに事が進められたので良かったのだけれども。



 一夜明け、朝食の時間帯に王家からの使者が来た。

 昨夜のお父様が王宮に出かけた用件の返答だ。

 使者が帰るまでは貴族然とした対応をしていたけど、帰られてからは家族全員で両手を上げて大喜びした。

 そんなときにエール辺境伯家から「今日の午後に伺う」という先触れが来たけど、お父様は速攻「都合が悪い」と断る。


 もともとその時間はお父様は王宮、ジョナスは学院、私とお母様はグェンジャー侯爵家のお茶会に参加予定だ。

 エール辺境伯家の使者への返答は間違っていない。


「断ったが、おそらく押しかけてくるだろうな。セリアン。すまないがそのときは対応を頼む」

「承知いたしました」


 我が家に長年仕えている執事長セリアンなら、上位貴族への対応も安心だ。


「さ、フローリア。ドレスを選んで準備を始めましょう。多少早めにここを出て、迂回してグェンジャー侯爵家に時間通りにお伺いするようにしましょうね」

「はい、お母様」




 このときの私たちは浮かれていた。

 まさか、お姉さまからの個人的なお願いが我が家、ひいては我が領地をも巻き込んだ大騒動になるとは思ってもいなかったのだ。



 ◇



 天気は快晴。

 やや早めにタウンハウスを出発し、エール辺境伯家との鉢合わせを避けた私とお母様は、少し回り道をしてグェンジャー侯爵邸に時間通り到着した。


 グェンジャー侯爵家は、宰相を排出したこともある家系だ。

 現当主は宰相ではないものの、王都の文官を統括する国家文官長を務めている。

 基本王都にいるので、グェンジャー侯爵家は専用タウンハウスを持っている。さすが高位貴族。


 御者の手を借りてお母様と私が降りたところ「お待ちしておりました」と声がかかった。

 グェンジャー侯爵家執事長のフェリクスさんだ。うちのセリアンと同じぐらいの年代だけど、フェリクスさんの方が気品溢れている、と思っているのは内緒である。


「ご招待いただきました、リリエンヌ・バーデンベルグです。そして娘のフローリアですわ」

「バーデンベルグ夫人、ご息女フローリア様。ご来訪いただきありがとうございます。ガーデンテラスにご案内いたします」


 こちらへ、と案内されて邸に入る。

 何度か招待されて来てはいるが、毎回このインテリアには感嘆のため息をついてしまう。

 統一されたデザイン、落ち着いた色合い、生けられている花々との調和。

 そして、これから案内されるガーデンテラスから除く中庭も、言葉に表せないくらいに美しいものなのだ。


 お母様ははじめてグェンジャー侯爵家を訪れている。

 当然、その光景に目を奪われている様子。それでも歩みを止めずにフェリクスさんの後ろをついていくのは凄い。

 …私のときは、思わず足を止めて見惚れてしまい、お姉さまをお待たせしてしまったのだ。反省。



 ガーデンテラスにはすでに、グェンジャー夫人とお姉さまが待っていた。

 おふたりにお母様と一緒に挨拶する。グェンジャー夫人はにこりと微笑んで「おすわりになって」と椅子を勧めてくれた。


 椅子に腰掛けて落ち着いて見れば、テーブルの上には様々なお菓子が。

 我が家では滅多に見かけないものもある。はっ、あれは王都で人気の菓子店フェルメールが出してるマドレーヌでは!?

 そんなふうにお菓子に目を奪われていると、テーブルの下でペシッと腿を叩かれた。お母様である。

 しまった。ここは家じゃなかった。

 私の様子はばっちりグェンジャー夫人もお姉さまも見ていたようで、クスクスと笑われている。


「リアは、お菓子に目がないものね。だから用意したのよ」

「お姉さま…!」

「娘が申し訳ありません…」

「良いのよ。娘と仲良くしてくれて嬉しいわ」


 そうして始まったお茶会は、和やかだった。

 当たり障りのない世間話から始まり、お菓子やお茶の感想、新しい流行について話していると、ふとお姉さまの目つきが真剣になった。


「エール小辺境伯から、婚約解消を申し出られた件だけど」

「は、はい」

「今日中には整うわ。いま、バーデンベルグ卿が王宮にいらっしゃるのでしょう?わたくしの父が即日で処理する手続きを進めておりますの」

「え!」

「そ、そんなに早くできるのですか?」


 思わず母がそう尋ねると、グェンジャー夫人は扇子で口元を隠しながら微笑む。


「ええ、ええ。わたくしの夫の手にかかれば…というのもありますし、エール小辺境伯の行動のおかげというのもありますわ。歩けば誰もが証人となりえる場所で婚約解消の申し出をしたのですもの」

「酷かったわぁ。お母様に見せたら、きっとその扇子が折れると思うぐらいには。よくバーデンベルグ卿は堪えましたわね」

「ふふ、馬車の中ではお互いはしゃぎましたわ。ようやくだ、と」

「帰ってからも大はしゃぎで…諌めるのが大変でしたわ」

「まあ、お母様も喜んでたじゃないの」


 そんな話をしていると、フェリクスさんが「奥様」とスッと入ってきた。

 差し出され受け取ったその書類を見て、グェンジャー夫人はにこりと微笑む。

 テーブルの上に置かれたそれは、受理印が押印済みの婚約解消届。

 その名前欄には私とリカルド様の名前がある。


 ……ああ、ようやく終わった。


「重ねて御礼申し上げますわ。娘のためにここまで…」

「わたくし、とってもリアのことを気に入ってるから。ところでリア。約束、覚えているわよね?」

「はい」


 背筋を伸ばし、お姉さまを見つめる。

 命に関わるものでなければお姉さまのお願い事は何でも引き受けるつもりだ。

 にこり、とお姉さまが微笑む。


「明日、とある方とデートしてきてちょうだい」

「分かりま……はい?」



 デート???




 ◇



 市井に出かける格好で、との注文付きで指定された日時に、指定された場所で待つ。

 侍女のナリスがひとりついてきているけど、一体どんな方とのデートになるのかしら。


 今日は最近、市井の裕福層で人気だという襟付きワンピース(薄緑)に白い、ピンクのリボンがついた帽子。

 これなら貴族じゃなくて、ちょっといいところのお嬢さんぐらいだろう。


「バーデンベルグ嬢」


 声をかけられて、振り返って悲鳴をあげなかった私を誰か褒めてほしい。

 ほっとした表情を浮かべたその方は、微笑んだ。


「え、え!?」

「待たせてしまっただろうか」

「い、いえ、大丈夫です!」


 ーー 目の前に現れたのは、スピネル辺境伯令息のエディアル様。私よりふたつ年上の、お姉さまの従兄殿である。


「ありがとう。…俺たちは一応、お忍びできていることになっている。俺のことはアルと呼んでくれ。ジャナと同じようにリアと呼んでも?」

「ぅえ、は、はいっ」

「リア」


 ああっ、眩しい!笑顔が眩しい!!


 エディアル様はスピネル辺境伯家のご嫡子。

 騎士団に所属されている方で、その中でも王族を警護する近衛隊に所属されている。


 お姉さまと母君グェンジャー夫人はお美しい。

 艶やかな黒髪に、涼しい目元、白い肌。桜色の唇は艶々としており、お化粧は薄っすらとしかしていないという、元から美しい方々だ。

 そんなお姉さまの叔母にあたるスピネル夫人も年齢不詳と言われるほど非常にお美しい。

 スピネル夫人のご子息であるエディアル様はどちらかというと凛々しい方だ。

 短髪の黒髪に、涼しい目元、騎士団の活動でやや日焼けした肌。がっしりとした体躯は今彼が来ているポロシャツから見ても分かるほど。


 まって。

 お姉さま、デートって言ったよね。

 え?エディアル様とデート!?


 ぴしりと固まってしまった私に、エディアル様はふと笑った。

 あ、笑った顔がお姉さまに少し似てる。やっぱり従兄妹だからなんだわ。


「ジャナから聞いてなかったか」

「えと、お姉さまからはとある方とデートしてこいとしか…」

「そう。俺とデート。それが、ジャナが君を救った対価だよ」

「えええ…」


 目を白黒させっぱなしの私に手を差し出し「行こうか」とエディアル様は微笑んだ。

 ドキドキしながらエディアル様の手をとる。

 繋がれたその手は指が絡み合い、気づけば恋人つなぎと呼ばれるものになった。


 心臓がバクバクする。

 きっと顔だって赤いでしょう。


 だって、だってエディアル様は私がお慕いしてる方なんだもの!!

 お姉さまにだって言ってない、心の中でひっそりとお慕いしていたのにどうしてこんなことに!!



 ◇



 城下の大広場には、様々な屋台が並んでいる。

 あちこちの屋台からいい匂いが漂ってきて、今朝しっかりとご飯を食べてきたはずなのに小腹が空く感覚がある。


「リアは甘いのが好みだったな」

「はい」

「あそこの並んでいる屋台のことは知っているか?」

「はい!クレープですよね!まだ食べたことはなくて…」

「では並びに行こう。本来なら俺が並んで、君には待ってもらうのが良いんだろうが…メニューを見ながら話したい」


 クレープは、薄く焼いた生地にクリームとフルーツを巻いて食べる軽食兼スイーツだ。

 この国がある大陸から少し離れた場所に、4つの国で構成されたフォースと呼ばれる大陸がある。

 そこのプレヴェド王国発祥の食べ物で、手軽さとアレンジのしやすさから瞬く間に世界中に広がった。

 なんでもある貴族の奥様が「エレヴェド神から天啓がっ」とか言い出して作ったものらしい。


 稀に、創世神であるエレヴェド神が他の世界から料理の情報を仕入れて、誰かにポンと教えることがあるので驚きはない。

 なんで料理限定なのかは分からないけれど、これがこの世界にない技術だったりすると落ち着いている世界情勢が変わる可能性があるから、とも言われている。

 理由はエレヴェド神しか分からないけれどまあ、平和で美味しいものが食べられるからいいかとも思う。


 …あら。そういえばどうしてエディアル様は私が甘いものに目がないことをご存知なのかしら。

 お姉さまからお聞きになられたのかしら。

 ふと、そんな疑問が浮かんでエディアル様を見上げれば、彼は「ん?」と微笑んで首を傾げた。

 うっ、ま、眩しい…っ!!


「お嬢様、お気を確かに!」

「う、う…目が…」

「良かったですねアル様。リア様の反応は上々ですよ」

「そうだな。ここまで反応をもらえるとは嬉しいよ」


 エディアル様の侍従であるマックス様の言葉で頭に「?」が乱舞する。

 良かった?何が?え?というかエディアル様嬉しいって言わなかった??


「リア」

「はひ!」

「そういう反応をしてくれるということは、望みがあると思っていいのかな」


 思わず顔を上げた目と鼻の先にエディアル様の顔があって、一瞬頭が真っ白になった。

 次の瞬間には顔がすごく熱くなって、はくはくと声が出ずに口を開閉する。

 服の袖を引っ張られ「お嬢様!ファイトです!」とナリスに小声で励まされてハッと我に返って俯く。

 それから恐る恐る、繋ぎっぱなしだった手を強く握った。


「……はい」


 小さな、小さな声だ。

 けれどそれはエディアル様に届いたようで「ありがとう」と頭にキスをされる。

 ひいいっ!あ、頭にだけどキスされた!!


 するとワッと周囲から拍手や口笛が沸き起こった。


「良かったなイケメンの兄ちゃん!」

「羨ましいわぁ」

「お嬢ちゃんがんばりな!」


 ―― そうだった。今、屋台に並んでる途中だった!!


 羞恥でもう全身真っ赤だと思う。

 エディアル様の手がするりと離れたかと思えば、そっと腰を抱き寄せられて、エディアル様と今まで以上に密着した形となってしまった。

 何事!?とエディアル様を見上げれば、エディアル様はニコニコと笑って「ありがとう」と周囲の祝福に答えていた。

 ああ!!笑顔が眩しいわ!!


「ああ、順番が来たよリア。どれがいい?」

「は、ひぇ…」

「ははは!兄ちゃん、彼女にこのいちごチョコホイップとかどうだい。うちの一番人気だぜ」

「そうだな。それとバナナカスタードをくれ」

「カップル成立を記念して、彼女の方にはおまけでアイスもつけてやるよ」

「ありがとう」



 クレープ?

 おいしかったわ。

 エディアル様…アル様のクレープを一口いただいたり、アル様が私のクレープを、私が持ったままの状態で食べられたり…。

 そ、その、アル様のを一口いただいたときに口の端についてしまったチョコレートを人目を気にせず舐め取られたりとか、それに思わず悲鳴を上げてしまったり、周囲から「お似合いだね!」なんて言われたりあああああ!!!


「おめでとう、リア」

「お姉さま!!」


 先日のデートの報告をしてちょうだいとお茶会にお誘いいただき、恥ずかしながら報告したらこの一言。

 ニヤリと令嬢らしからぬ表情を浮かべて笑われているお姉さま。

 私なんてもう、顔が真っ赤だろう。熱が引かないわ。


「…あの、お姉さま。これが本当に対価になるんですか?」

「どうしてそう思ったの?」

「だって、お姉さまやグェンジャー侯爵家には何もお返しできておりません」


 そう。

 一番奔走してくれたのはお姉さま、ひいてはグェンジャー侯爵家の方々。

 だから我が男爵家としては、グェンジャー侯爵家のためであれば何でもするつもりだったのだ。

 ところが、提示されたのはアル様と私のデート。

 しかもその直後、アル様、つまりはスピネル辺境伯家から正式に婚約の申し込みまで来たのである。

 我が家は上へ下への大騒動だ。


 しかしお姉さまは「そんなこと」と笑う。


「十分対価に値するのよ。エディの嫁になってくれることは」

「え?嫁?」

「本人から聞くといいわ。盛大な惚気と共に、あなたに愛を告げるだろうから」

「ええ??」

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