学友ディック視点
世の中、理解できない人種がいるんだな
「離してよォ!!なんで私が退学なの!!」
「黙れバカ娘!!退学じゃなくて転学だ!!」
目の前の騒動を冷ややかに眺める。
学長室で暴れるのは、今日付けで転学になったミーナ・ウェーバー。殿下に付き纏っていたあの羽虫だ。暴れる彼女を抑えるのは彼女の父親であるウェーバー男爵。
なんでも、殿下から「あなたの娘が妄言を吐いているせいで、グェンジャー侯爵家の品位を貶している」と話があったようで、すっ飛んできたらしい。
半信半疑ながらもやってきた彼の目の前に差し出されたのは、最近開発された映像を保存できる魔導具。そこに表示された殿下がやんわり断った上でも付き纏い、はっきりと断られたにも関わらず明後日な方向の発言をしている光景を見ればまあ、まともな親なら連れて帰るよな。成績もここまで酷いとは思わなかったらしい。
学長はため息をつくと、淡々と事実を告げた。
「王族とその婚約者に迷惑をかけた上、この成績では我が学園では面倒を見きれません。レベルに見合った学園へ転学していただかないと」
「何よ!がんばってもこの成績なんだから仕方ないでしょう!?」
「ミーナ!!」
「あなたは男爵令嬢、貴族は貴族。マナーに関しては家庭教師を雇えずとも母親等から最低限学べるはずですし、普通はそうです。平民は通常授業のほか、一からマナー講習を受けているので時間が足りず成績も低迷しやすいですが、最低限のマナー講習が完了すれば自由受講になり、時間が確保できます。すでに成績が上がっている生徒もいるんです。当然ですよね、あの入試試験を突破できる最低ラインの実力を持っているのですから。ところが、あなたは努力の形跡が認められない。マナー担当やあなたのクラス担当の教師から聞き取りましたが、授業態度もあまりにも酷い。あなたは最低ラインをクリアしてきましたが、学ぶ意欲があって本当に来たのですか?」
どうせ、いい嫁ぎ先でもと思って探しに来ただけで勉強はする気がなかったんだろう。見つけた後、どうするつもりだったのかは分からんが。
目を付けられた殿下はご愁傷様としか言いようがない。
真面目に勉強すれば殿下までとは行かずとも、良い嫁ぎ先があっただろうに。
言い返せなかったのか言葉に詰まったミーナだが、オレに気づくとギッと睨みつけてきた。
「大体、なんなのよアンタ!!無関係なのになんでここにいるのよ!!」
「第二王子殿下から事を見届けるように、との命令を受けてこの場にいます。見習いではありますが警衛隊所属ですので」
命令書を出しながら答える。
するとミーナはなにか勘違いしたようで、キラキラと目を輝かせた。
「ゲオルグ様から命令されてきたのね、私を連れてくるようにって!」
「私が受けた命令は、見届けよ、という命令のみです。ウェーバー嬢の処遇については何も任されておりません」
「嘘よ!ゲオルグ様は私を助けてくれるわ、だって好きだと言ってくれたのだもの!ジャネット様だって私を愛人として受け容れると認めてくれたわ!」
「ミーナ!!お前は何を言ってるんだ!!」
こっわ。勘違い女ってこっわ。
ミーナが「この本はどうですか?私好きなんです」と聞かれて「私もだよ」って答えたときの「好き」じゃね?オレ、たまたまあの場にいたから変な勘違いしてる気がするって思ったけどガチだったのか。
それにグェンジャー様だって認めるだなんて一言も言ってねぇわ。あの人ちゃんと「わたくしの一存ではお答えできないわ」って言ったわ。覚えてるとは言ってたけど平民のオレでも「言ったお前の顔覚えたからな」って意味だって分かったぞ?
殿下も言ってたけどウェーバー男爵どんな教育してんだよ。ドン引きだわ。
思わず珍獣を見るような目で向けたのが気に入らなかったのか、ミーナは男爵の腕を振り払ってオレの胸元の服を思い切り掴んできた。
「何してんのよ!早く私を助けなさいよォ!!」
「ですから、私は」
「ミーナ止めなさい!!」
「うるっさい!!」
男爵を振り払った瞬間、バランスを崩した男爵が転倒する。ついで振り回した彼女の腕がオレの顔にぶつかりそうになったので掴み、ひねり上げて拘束した。
悲鳴を上げるミーナの声がキンキン響いて耳が痛ェ。
どうすんだ、とこの場の最高責任者である学長を見れば、振り払われた拍子にテーブルの角で頭を打ったらしい男爵の様子を見た学長は深く、深くため息を吐いた。
「離しなさいよ!!か弱い女性に何すんのよォ!!」
「か弱いんなら父親なんざ振り払わねェわ!!つーか自分の親父の心配しろよ、頭打ってんぞ!!」
「離せ離せ離せ離せ離せェええ!!!」
「ディック!傷害容疑として彼女を送致できるかね!」
「はい、可能です!」
「応援を呼ぼう。それまですまないが彼女を拘束してくれ!」
「ゲオルグ様、ゲオルグ様助けてくださいゲオルグ様!!きゃああああああ!!」
うっせぇ!!耳が潰れる!!どっからこの音量出るんだよ!!
大方悲鳴あげてオレの拘束が緩むか、隙を見て脱走するつもりなんだろうが見習いだがオレは警衛隊の一員だ。ある程度訓練を受けている。
あまりにも大騒ぎするもんだから教師が様子見に来て、学長が男爵のための医者を呼ぶように言付けたのと、拘束用の縄と猿轡を持ってくるように依頼した。
縛られても尚大暴れしてモガモガとする彼女のスタミナにある意味感心を抱いていると、男爵が意識を取り戻したらしい。
「大丈夫ですかな」
「あぁ…学長、申し訳ありません…このような、このような娘ではなかったのに…」
幸いにも頭から血は出ていないようだった。
はらはらと涙を流す男爵だったが、そんな父親を見てもミーナは暴れている。
「大事なお嬢さんですが、このままでは更に周囲に被害が出ると判断し、彼女を警衛隊に引き渡すことにしました」
「ええ、ええ、そうしてください。こんなの、私の娘ではない…!」
「…転学は、いかがされますか」
入学できたもののこの学園の授業についていけない、という生徒も一定数はいる。
その生徒たちのために転学という制度があって、他の学園に移籍することができる。落ちこぼれとも言われるが、何よりあの入試試験を突破した実力はあるわけだから、他所に行ったら好成績を叩き出すなんてこともよくある話だ。
学長の言葉は、ミーナにとって最後の命綱だった。
だがミーナはすでにその綱を自分で引き千切っている。
「とんでもない!退学させてください!」
退学、という言葉を聞いてますますミーナが暴れる。そりゃそうだ。
親が死んで衣食費すら払えないとなっても、本人の希望さえあれば半額返済は必要になるが奨学金が出るんだから。贅沢せず、慎ましく勉強に励んでいれば無理なく返済できる金額になってるし。
それでもその返済すらできる見込みがないから、と退学していくやつはいる。
だが、そういった事例を除いて退学なんて
そしてそういった事例を除いての退学であれば、他所の学園への再入学は絶望的だ。
ノック音。
学長が返事をすると、警衛隊の先輩たちがぞろぞろとやってきた。
暴れるミーナを先輩たちが連れて行く。ああ、やっと終わった。まだ耳鳴りしてる気がする。
◇
「ーー ということがあったんだ。兄貴褒めて」
「うん、ディックはがんばった」
よしよしと頭を撫でられてふへへ、と笑う。
今日は兄貴に会える日だった。
兄貴とオレは血が繋がっていない。
入学する数年前に行き倒れていた兄貴を見つけたのがオレで、まあ記憶も混乱しているようで自分が「ユーリ」という名前以外は覚えていないようだったから、うちが引き取ったんだよ。
国や役人にもきちんと記憶喪失の人間として届けて、その上で養子としてオレの家族になった。
そんな兄貴は普段、王宮にいる。ゲオルグ殿下の姉貴…つまりは王太女殿下だな。王太女殿下が兄貴のあらゆる言語を読み書きできる能力に目をつけられたからだ。
なんでも王太女殿下、外国語が壊滅的だったらしい。それをカバーできる兄貴は喉から手が出るほど欲しかったらしく、逃げられないように結婚までしてしまった。
平民から未来の王配への大出世だ。結婚した当時は世間が大騒ぎになった。
でも、兄貴はすっげー人見知り。
だから兄貴にとって王宮は息が詰まるらしく、たまに学園寮のオレの部屋に遊びに来る。寮監も最初は王太女殿下の夫君がやってきてビビってたが、今では慣れたもんだ。
「でも、なんでそんな勘違いしてたんだろうって感じだよ。オレのクラスメイトに聞いてもあんな勘違いする要素がなかったって言ってたぜ」
「自分を中心に世界が回ってると思ってる子なんか特にそうじゃないかな。たぶん、彼女もそういう類の人間だっただけ。運命の番を探す傾向がある獣人や竜人が身近にいたら、そっちに行ってたと思うよ」
納得した。
運命の番、なんてワードはあの女にとっては甘美な言葉に聞こえるに違いない。
「…オレ、あいつに悟られなくて良かったって思った」
「ディックは獣人の血を引いてるんだっけ」
「おう」
オレは獣人の特徴である獣の耳も尻尾もない。
先祖の誰かが獣人だった、というだけでほぼ人族だ。だが見た目が人族でも運命の番を嗅ぎ分ける本能は残っているらしい、とは聞く。
だから念のため、法律で決まっている番の認識を阻害する魔道具を身に着けてはいるからか、今のところそういった衝動を感じたことはない。
不意に、兄貴がぼそりと小さく呟いた。
「……ま、お前は小説だと名前も設定も出てこないから眼中になかったんだと思うよ」
「え?」
小説?何の話だ?
「いや、独り言…そういえばゲオルグ様とジャネット様、とても仲が良いんだね。この前のお茶会でフィーからお願いされたからお菓子出したんだけど、食べさせ合いっこしてたよ」
「マジかよ」
「基本、ゲオルグ様が甘やかして時々ジャネット様が反撃する感じかな。フィーが『今日は甘くないお菓子がいいわ』って言ってたぐらい」
「恋愛小説を参考にしろとは言ったけどさぁ…」
「ああ、そうなんだ。僕もフィーにやってあげた方がいいのかな」
かくりと首を傾げる兄貴に、苦笑いを浮かべる。
…強引な王太女殿下に振り回されて泣いてた兄貴だけど、今はもうなんだかんだ仲いいんだよな。
まあ、兄貴の性格からして殿下がジャネット様を甘やかすみたいに、兄貴が王太女殿下を甘やかすのは難しいと思う。
「むしろ兄貴が甘えていけばいいと思う」
「え?もう十分甘えてると思うけど…」
「何回か話しただけだから勘だけど、王太女殿下は兄貴をめちゃくちゃ甘やかしたくて仕方ない気がする」
男前だからな、王太女殿下。
そうかなぁと悩む兄貴に「いっぺんやってみたら?」とだけ告げて、兄貴のお菓子を口に放り込んだ。美味い。
数日後、兄貴が「ディック助けて!」と泣きながらオレのところに来て、ゲオルグ殿下が苦笑いしながら回収していった。
そのときに殿下から王太女殿下直筆の手紙を手渡された。「ユーリに素直になるよう説得してくれたようだな。ありがとう、とても嬉しかった」と書いてあったけど一体何やらかしたんだよ兄貴…と遠い目になったオレは悪くない。
第二章 Fin.
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