僕らにとってのハッピーエンド
この後、王女殿下からの返事(これも精霊魔法のやつだった)で指示された場所に行ったところ、高級そうなカフェ。え、無理。
尻込みしてどうしようと店の前でキョロキョロしていたら、王女殿下の侍女さんが迎えに来てくれた。助かった。
案内された個室で本物の貴族令嬢のおふたりと顔を合わせることになってガチガチに固まっていたら、王女殿下がテーブルの下でこっそりと手を握ってくれて…少しだけ、安心した。
握ってもらったままおふたりと話していると、言葉がスムーズに出てくる。いつもだったら知らない人の前だと言葉がうまく出てこないのに。
マリン・ハッフェンベルト様は王女殿下の御学友で、あのシャーロットに侍ってる令息のひとりであるモーリス・クライツの婚約者らしい。アリアドネ・ミベル様は第一王子殿下の婚約者。
いま第一王子殿下もこちらに向かっているから、彼も来てから、ということで紅茶をもらって気持ちを落ち着かせる。ちゃんと説明しないと。
遅れて、第一王子殿下も来て王女殿下が話を振ってくれたので、僕が調べた内容を伝える。
『あの禁薬、依存性や後遺症もそうなんですが高頻度かつ長期使用による副作用がマズいです』
「マズい?」
『あの禁薬は、肉体の疲労回復と眠気防止が主な効能だそうなんですが、副作用として液体に込められた魔力の持ち主に好意を抱く効果があります。ですが、高頻度の摂取、かつ長期使用すると手段を問わずに持ち主を囲おうとする』
出した本のページを開いて…あ、翻訳するの忘れてた。
でも第一王子殿下は特に気にせず文章を目で追っている。ということは、第一王子殿下はシェザーベル語を習得されているのだろう、良かった。
やがて眉間に皺を寄せて、苦々しげに呟いた。
「彼らがデンバー嬢を取り合い、殺傷沙汰になる可能性があるということか」
「なんてこと…!」
「自業自得ではありますが、わたくしもそこまでは求めておりませんわ。お兄様、早急に手筈を整えましょう。ごめんなさいマリン、アリアドネ様。せっかくのお茶会でしたのに…」
「いいえ、お茶会はまたできますわ。ねぇ、ハッフェンベルト様」
「ええ、もちろん」
「ユーリ、王宮に行きますわよ!」
「うぇ!?」
なんで僕まで!?
混乱する僕は部屋にいた令嬢のおふたりに頭を下げるぐらいしか挨拶できないまま、王女殿下に手を引っ張られて馬車に乗せられた。
そこで魔塔の研究員さんたちに引き合わされ、あれやこれやと彼らが持っていた外国語の資料を翻訳した。参考になりそうだと思ったものを持ってきたものの、読める人が魔塔にはほとんどいなかったらしい。
僕が翻訳に追われている間に王女殿下と第一王子殿下は国王陛下と話をつけて、騎士団を連れて学園に向かった。
あとから気づいたけど、研究員さんたち皆外国の人だった。普通に喋って(筆談して)たよ。
そのおかげで最悪の事態は避けられたらしい…が、被害者の令息たちの怪我や魅了薬の影響具合は深刻だった。エキスパート集団と呼ばれる魔塔の研究員さんたちも頭を抱える事態だったらしい。
シャーロットを囲っていた令息たちは魅了薬の解毒のため、魔塔に引き取られることになった。当然、彼らの婚約関係は解消。
聞いた話だと、シャーロットはたしかにギデリア魅了薬の作り方を知っていた。小説通り、先祖代々、直系の人間にだけ伝えられてきた製造方法だったらしい。
ところがシャーロットは母親からの注意を一部聞き間違えたか聞き流したか。隠し味入りは一ヶ月に一回、というのを守らなかった。
三日連続でクッキーを渡し、四日目から普通のクッキーにしたところ彼らから「最初にもらったクッキーが良い」と強請られたそうだ。
…それでも最初は「特別な材料で、今は手元にはない」と誤魔化したシャーロットだったが、副作用のひとつである依存性に嵌った令息たちはあの手この手でどうにか作ってもらおうとした。主に貢ぐ方向で。
それにほだされたシャーロットは、一ヶ月の間隔をおかずにまた作って渡し…というのを繰り返した結果、毎日与えるようになったという。
本来であれば彼女の実家、子爵家は二親等まで処刑対象になるはずだったのだけど…彼らは、製造法を知らないということが分かった。
製造法はたしかにデンバー家で引き継がれてきたものだった。小説には書かれていなかったが、彼女の母親が当主だったのだ。すでに祖父母は亡くなっており親戚もいなかったため、入婿だった彼女の父親の弟である叔父がシャーロットが成人するまで中継ぎで爵位を継承していたみたい。
叔父家族には継承権はない。だから小説のように「息子に爵位を」というのは、できない。シャーロットが万が一継承出来ない場合は、国へ爵位を返上することになっている。
第一王子殿下に聞いたところ「爵位返上後、叔父やその息子が相応しいと国が認定できれば彼らに与えることはある」とのことだから、小説内の叔父家族はそれを目指していたんだろうか。
そして、叔父家族はシャーロットが何をしていたのか知らなかった。シャーロットを虐げたりもしていない。これは自白魔法を使って真実だと証明されたらしい。
シャーロット自身は魔法薬の実験体として魔塔に引き渡された。…ゲームで言えば、バットエンド、というところだろうか。
それから数日は、王女殿下に連れられて魔塔の研究員さんたちと一緒に図書館巡り。
探したら意外とあの禁薬と同じ禁止レベルの製造法が載った本が見つかって、魔塔への引き渡し手続きとかバタバタしていたらしい。
研究員さんにも通訳する人がいたから、お互い伝える内容に齟齬が出てないことの確認ができたことには助かった。
というか僕、口頭での通訳もできるのか。…王女殿下に手を握ってもらわないと、まともに喋れなかったけど。
なぜか僕も招待された謁見の間で、正式に王女殿下とあの婚約者との婚約が解消された。
…無事、王女殿下も婚約を解消できたし。僕ももう用済みかな、と思っていたところ。
《もし君さえ良ければ魔塔で働かないか?》
《…え?》
《君のその翻訳能力はとても素晴らしい!我が魔塔に所蔵されている蔵書に失われた言語も多くあるんだ…そこで、君に翻訳してもらえるととても助かるんだが、どうだろうか》
《ええ、魔塔内も様々な国から来ている研究員は多い。彼が来てくれれば通訳する上でも百人力です》
魔塔から引き抜き?え?
侍従さんから聞いた話では魔法士や魔具士、魔法薬士を目指す者にとっては垂涎の環境のところから?
提案してくれた研究員さんは、僕の吃りながらも通訳なしで会話できる能力と、言語を問わず読めるであろうこの能力を買ってくれたんだと思う。
うーん…家族と離れるのも、王女殿下と離れるのも…ん?なんで王女殿下?
内心首を傾げながら周囲を見渡せば、研究員さんの通訳さんから会話内容を聞いたであろう国王陛下の顔色が若干悪くなった。
え、断っちゃいけないやつ?これ。
王女殿下を見れば、王女殿下も研究員さんの通訳さんの話を聞いていたんだろう。王女殿下の目が大きく開かれていた。
それから研究員さんと向き直ると「ユーリが通訳して」と言われたので、彼女の傍に立つ。
「ユーリのことならわたくしを通してくださいな」
《…僕、ユーリのことなら私を通してください》
《国王陛下ではなく、ですか?》
「国王陛下ではなく、ですか?」
「ええ。だって彼はわたくしの想い人ですもの」
《はい。だって彼は私の想い人…え!?想い人!?》
思わず叫ぶと研究員さんも通訳さんも目を丸くした。
慌てて王女殿下を見れば、真剣な眼差しで僕を見つめていた。凛としたその姿に心臓が跳ねる。
「あなたが怖いときはわたくしが傍にいるわ。だって、怖がるあなたも真剣に本を読むあなたも、仕事をしているあなたも好きだもの。あとあなたの作るお菓子も好きだわ!他の人には食べさせたくないぐらい!」
「は、ぇ!?」
「傍にいて、ユーリ。わたくしにはあなたが必要なの」
顔、どころか全身が熱い。
両手を掴まれて、まっすぐ、僕を見て告げられたその想い。
…王女殿下は、僕が好き?
ただ、立太子するために必要な能力を僕が持っているからというのも、あるとは思うけど。
ボロボロと涙が勝手に溢れる。
「……僕も、好き……だから、い、一緒に…いたい」
小さい、小さい声での返事に王女殿下はパッと華が咲いたように嬉しそうに笑って、高らかに宣言した。
「皆様!わたくしこの方と結婚しますわ!」
そういえばここにいっぱい人がいたんだった。
くら、と目眩がして視界が揺れる。遠くから「ユーリ!?」と声が聞こえたと同時に、僕の意識は暗転した。
そこからあれよあれよという間に、僕はフィーネ第一王女殿下の婚約者になったのだった。
平民から次期王配への大出世に、養父母は卒倒しかけたしディックはちょっと寂しそうだった。大丈夫だよディック、時々帰るから。
「まあ、ユーリ。それはなぁに?」
「え、と。シュークリームっていうお菓子…ってあ、ででで殿下!毒見!」
ぱくりと一口食べた途端、ぱあ、と王女殿下の表情が明るくなった。
口周りに粉砂糖をつけたままパクパクと食べきってしまう。
「美味しいわ!」
「…殿下、あの、お願い…だから、毒見したものを」
「いやよ。これはわたくしのお菓子なんだから、わたくしだけが食べるわ。それにユーリなら毒なんて絶対に入れないでしょう?」
それはそうだけど。僕も家族と殿下以外には作りたくないし。
殿下の口元を拭ってやると、うふふ、と彼女は嬉しそうに笑った。
一口、作った自分用のシュークリームを食べる。うん、カスタードクリームもくどくないから殿下の好みだな。
くい、と袖を引っ張られた。
そちらを見れば、むっとした表情で殿下が僕を睨んでいる。
「殿下と敬語は禁止って言ったでしょう?」
「…いや、でも僕は、まだ平民ですし」
「明日にはユーリの叙爵兼結婚式じゃないの!覚悟を決めなさい!」
そう。僕は明日、ユーリ・トゥイナーガ伯爵になる。
それと同時に、王女殿下と結婚するのだ。
だからと言って殿下を呼び捨てにするのは、慣れないというか。もうずっと殿下呼びだから…。
ムッとした表情を僕を見上げてくる殿下。
いつも自信満々で、弱い僕を守って引っ張っていく素敵な人。
だからほんのちょっとだけ、意表を突きたくなった。
実は彼女が来る前に第一王子殿下に会って、聞いてたんだ。彼女の愛称。
「…わ、わかったよ。フィー」
…あ、なんだか恥ずかしい。顔熱い。
彼女の反応が静かなので、恐る恐る彼女を見れば ―― 真っ赤な顔で、可愛い。
「フィー?ど、どうしたの?」
「…っ、なんでもないわ!」
ええ。どういうこと。
ふと、あの小説の第一部の結末が思い浮かんだ。
実現はしなかったけど、シャーロットとエリックが結婚して幸せに暮らしましたとさ、というのが結末だ。
ただ当て馬キャラであるフィーネ第一王女にも救済はあって、彼女は語学が堪能な伯爵と結婚し、立太子したってあったな。
……伯爵?
「ユーリ、どうしたの?」
「…いや、ちょっと、考え事」
…もしかして、第二部、第三部の似たようなことまで現実になったりして。
なんて考えが一瞬過ぎったけど、まあそのときはそのときだな、うん。
「あら…ユーリも口周りが汚れているわ」
「え、あ、ありが」
口元を拭おうと布巾に手を伸ばす前にぐいと胸元の服を引っ張られ、頭が下がる。
気づけば唇の端に柔らかいものが触れ………え?
殿下は至近距離でにっこりと微笑んで僕の唇に人差し指を置く。
「ここは、明日ね」
「~~~~っ!??」
養父さん、養母さん、ディック。
僕、明日無事に結婚式が終えられるかすごく心配です。
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