これこそハッピーエンドというもの
ステフ様が帰国され、相変わらずベガルド語を駆使しながら一見すると他愛もない手紙をやり取りしている中、ヴァット王国で例の法律を改正していただき。
わたくしたちはヴァット国王の即位五年式典に招待された。
お兄様、わたくし、グランパス卿、ヤージェ先生でヴァット王国に赴く。
…この即位記念式典、確か小説にもあったってお父様は言っていたわ。
ヴァット国王が渋々ステフ様をエスコートして、パレードにふたりで参加。国民からは「国王陛下万歳」の声しか上がらず、王妃たるステフ様を国民総出で無視したって。
しかも、幼い子どもの「どうして王妃様は呼ばないの?」という質問に親は「悪い王妃様だからいいのよ」ですって。物語の中とはいえ、ステフ様がおいたわしい。
ふふ、でも大丈夫よ。
だってもう、物語とは変わっているもの。
わたくしたちが王宮に赴くため、城下町の脇道を馬車で走っていると、メインストリートから歓声が響いた。
「国王陛下万歳」「カタリナ様万歳」と。
「ふ、ふはははは!!」
「あらやだお兄様。笑っちゃいけませんわ」
「ははは、そういうツェツィも笑いが堪えきれていないぞ」
「うふふ」
だってしょうがないじゃない。
本当にコロコロと手のひらの上で転がってくださるのだから。
「…早くステフを取り戻したい。こんな国…!」
「まあまあ、分かるけれども落ち着きなさいグランパス卿。それからその続きの言葉は誰の前であっても口に出してはいけないよ」
「…はい、申し訳ありません。ヤージェ先生」
「あとはステファニー様が我々の出迎えに出られれば、
ふふ、と楽しそうに青い瞳を細めて笑いながらヤージェ先生はメガネのブリッジを押し上げた。
御老体にも関わらず、その見た目が愛くるしいと思うのは獣の姿に近い虎の獣人だからかしら。
ガタゴトと馬車は進む。
王宮に入り、馬車止めで馬の足が止まった。御者によってドアが開けられ、お兄様方男性が先に降りて、わたくしは最後にお兄様のエスコートで馬車を降りる。
騎士がわたくしたちに敬礼し、王宮の玄関口へ案内してくれた。
そして、そこに立っていたのはステフ様と宰相のレガール卿。
ああ、本当に。コロコロとよく転がってくれて助かるわ、ヴァット王とその側妃様。
「ようこそ、エインスボルト王国第一王子エヴァン殿下、第一王女ツェツィーリア殿下。まあ、シェル…グランパス卿にヤージェ先生ではありませんか」
「お招きありがたく、王妃殿下。従者二名までは許可いただいていたので、学生時代共に王妃殿下と仲良くさせていただいたおふたりをお連れしました」
「……ステフ…いや、ステファニー王妃殿下。お久しぶりです」
「お久しぶりです、ステファニー王妃殿下。国元に帰られて以来ですかな」
エインスボルト語で話していたのにレガール卿の目が一瞬、大きく見開かれた。
気づいたわね。そう、気づいてもらわなければ困るわ。
グランパス卿とステフ様が、お互い愛称で呼び合う仲だったということに。
「ステフ様!お誘いいただいてとても嬉しいわ!…あら?側妃様は?」
「ツェツィ様、来ていただいて嬉しいわ。カタリナ妃はいま、陛下に付き添っていらっしゃるの」
「そう…またあとで、ゆっくりお話できるかしら?」
「ええ、もちろん。夜もありますので、まずは長旅のお疲れを癒やしてくださいな」
「ありがとう、お言葉に甘えるわ」
ステフ様とは一旦ここでお別れ。
侍女と騎士に案内されて、城内を歩いていく。
ステフ様にお任せしていたのはここまで。
あとはわたくしたちの番だわ。
侍女と騎士に案内された貴賓室に腰をおろして一息つく。
連れてきた毒見役の侍女や侍従たちによって、配膳されたお茶や菓子に問題がないことを確認した上で、手をつけた。
…あら。この紅茶、わたくしやお兄様が好きな茶葉だわ。よく見ればお菓子もそう。
恐らく各国の貴賓たちの好みに合わせて出しているのでしょうね。当然、指示はステフ様でしょう…こんなに心を砕いてくださるステフ様を蔑ろにするだなんて、とんでもない国だわ。
この部屋からヴァット王国の侍女や侍従たちが下がり、我が国の侍女や侍従しかいないタイミングでお兄様が切りだした。
「手筈通り、我々がまずヴァット王とステファニー様に挨拶する。そして頃合いを見計らい、ツェツィが扇子を大げさに閉じるのでそのタイミングでシェルジオはステファニー様に求婚を。その後法律の件を言い出したら、ヤージェ卿お願いします」
「うむ。承知した」
「…はい」
やや俯き気味のグランパス卿の表情は固い。
衆目を集める場で求婚なんて大役でしょうし、一歩間違えれば非難を浴びるから緊張しているのかもしれないわね。
…と思っていたのだけれど、顔を上げたグランパス卿の瞳はギラついていた。
「必ず、ステフを」
そうね。その意気よグランパス卿。
ステフ様を救って頂戴。そうして、彼女を幸せにしてあげて。
今夜はまず、その一歩を踏み出しましょう。
◇
「…それで?どうだったの?」
「ステフ様がヴァット王の色をひとつも身に着けず側妃のティアラを、側妃様がヴァット王の色を纏って正妃のティアラを被られてました。そこでもう、グランパス卿ったら殺気が出かけてて危なかったのですよ、ヤージェ先生のお陰でなんとかなりましたが。その後は颯爽とグランパス卿が求婚し、法律を盾に反論してきたお相手方をヤージェ先生がこてんぱんに叩きのめしていましたわ」
「ふふ、そう。それにしても知らなかったわ、ヴァット王国が裏で条約を違えることをしていただなんて。ちょっと取引は見直した方がいいわね」
優雅に紅茶を飲むお母様 ―― 女王陛下は、にっこりと微笑む。
ああ、ご愁傷さま。我が国の女王陛下は有言実行する方なのよ。
皿の上にあるケーキをフォークで切り分け、一口。
軽く、とてもふわふわな食感のケーキに驚いた。まあ、新しい触感だわ!
「お父様、とてもおいしいわ!これは何ていうケーキなの?」
「スフレチーズケーキっていうんだよ。好き?」
「わたくし、こういうケーキがとても好きだわ!」
「うーん…俺はもっとずっしりしたのがいいな…食った気がしない…凄くうまいんだけど」
お兄様の反応にお父様は笑って「ディックと一緒だね」と笑った。
ディック叔父様にも振る舞ったそうなのだけれど、全く同じ感想を言われたそう。ええ、とてもいい食感なのに。お茶会に出したいぐらいだわ。
お父様のお菓子を食べられるのは家族の特権だというから、我慢するけど。
「今回のお話はこれで一件落着かしら?ステファニー様もこちらに来てくださるというし…ふふ、ご両親と一緒にグリジア皇国に行くと言われなくてよかったわ。下手するとグランパス卿まで一緒に行ってしまうところだったから」
「ステフ様が行くのであれば、自分も一緒に行くと…爵位も何もかも妹君に譲る、と仰っていましたものね」
「シェルジオが抜けるとなると俺の負担がヤバいんだが…良かった行かなくて」
グランパス卿はお兄様の直属の部下だ。
お兄様は第一王子という立場でありながら竜騎士団の団長を務めてる。そのせいか、言葉遣いも態度も気を抜けば王子らしかぬ形になるけど、ちゃんと王子として出るときは切り替えて王族らしい、品のある方になってしまうのだから凄いと思うわ。
ハルニア様も、そんなギャップがあるお兄様に惚れているのだとこの前お茶をしたときに惚気けていたほど。
…ああ。わたくしもあのお方に会いたいわ。
「あら。結婚式のあと一ヶ月はグランパス卿いないわよ?」
「え?」
「竜人は運命であろうとなかろうと、番を得たら一ヶ月は蜜月期になるからお休みになるのよ」
お母様から告げられた事実に、お兄様のお顔から血の気が引いた。
…ご愁傷さま、お兄様。
まあ、でも。
「ようやく幸せになれそうで良かったわ」
幸せになってね、ステフ様。
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