第34話 復讐よりも先にすることがたくさん
「なあ、本当にあの子は追放されるほどのことをしたのか?」
「ふぅ~あなたはまだ私を疑うのですか?」
「い、いや疑うとかそういうのではなくてな……私にとってあの子……マリアンヌは先妻『リリアンナ』の忘れ形見でもある。だから、出来ることならなんでもしてあげようと……」
「そうですか。ですが、あの子がしたことはとても看過出来ることではありません。それに、あの子を庇えば、この伯爵家に対しても悪い評判が立つことでしょう」
「しかしだな……」
「あなたがおっしゃりたいことも分かります。なので、その場で断罪することなくこの街からの追放としたのです。それが私がマリアンヌに対してしてあげられる最大限の譲歩です」
「……そうか。分かった。色々心配かけたようで悪かった」
「いいえ。あなたの手助けをするのも妻である私の役目なのですから。どうか、お気になさらずに。では、失礼いたします」
「ああ……」
ジョセフィーヌが執務室を出たことを確認すると、ゴリアテは執務机の椅子の背もたれにドンと背中を預けてから「はぁ」と嘆息する。
「いや、まだ間に合うだろう」
ゴリアテがそう独り言ち天井を見上げ「いるか」と呟けば『ハッ』と天井裏から返事が返ってくる。
「アイツの裏をもう少し探ってくれ。マリアになぜあれだけ執着するのかもな」
『ハッお任せを』
「それと……」
『ハッ』
「マリアの消息を出来る限りでいいから、探ってほしい。マリアが静かに暮らせているのなら、それでいい。だが、そうでなければ出来るだけ持ち帰れるものがあれば持ち帰ってほしい」
『ハッ承知しました。では』
「ああ、頼む」
『……』
ゴリアテは執務机の上で両手を組むとそこに額を着け「私が気付くのが遅かったばかりに」と呟く。
「いや、反省は後だ。今は、あの目狐の正体を早く暴くことだ」
ゴリアテが気を取り直し机に向かっていた頃、執務室から出たジョセフィーヌは「そろそろ向こうに着く頃よね。ふふふ」と何かを思い出すようにほくそ笑む。
やがて屋敷内の自室に戻ったジョセフィーヌは自分の娘が昼寝をしている側に近付き「よく眠っているわね」と優しく頬を撫でる。
「ふふふ、ミリア。美しく育つのよ。私はあなたにしてあげられることは全部、してあげるからね。だって、そのために……」
ナキ達がいる場所を挟み、キュサイとは反対方向にあるこの街『テレジア領』の領都でもある『ゴリアーテ』の街にある屋敷では、娘の無事を願う父親『『ゴリアテ・フォン・テレジア伯爵』と、その娘マリアンヌをどうにかしようと企む『ジョセフィーヌ・フォン・テレジア』が住んでいた。
ゴリアテ伯爵はまだ、ジョセフィーヌが何を企み何を為し遂げたいのかは知らない。何かがおかしいと気付いたのは、娘であるマリアンヌの罪が発覚し、領都であるゴリアーテから追放されると決まったあとだったのだ。
ゴリアテ自身も何故、マリアンヌがそんな罪を犯したのか、その理由は今も分からないままだ。何故、自身の娘のことなのに何も分からないままなのかと言われてしまえば、何も反論することは出来ないが、実のところを言えば本当に何も分からないのだ。一つ、言えるのならば、マリアンヌが追放されるまでの全てのことはジョセフィーヌ主導で行われたと言うことだろう。
ゴリアテもどうしてそうなったのかとマリアンヌが追放されてから、今まで考えてみるものの全く分からなかったが、手の者から「もしかして」と言われ気付いたのは寝室に置かれている香炉だった。
手の者によれば、その香炉の中には人の考えを誘導する効果がある物が使われた痕跡があったということだった。では、誰がと考えた時、その時のゴリアテは自分の考えは纏まらないがジョセフィーヌは逆にさくさくと物事を進めていたことから自ずともある人物へと導かれる。
そして、遅蒔きながらそれに気付いたゴリアテは、マリアンヌの無事を信じながら、ジョセフィーヌという目狐の尻尾を掴むために奔走するのだった。
「で、マリアはどうして、奴隷に落とされたのかな」
「ぐっ……ごほごほ……いきなりなに?」
「あ、食べている時にゴメンね。ちょっと気になってね。だって、伯爵令嬢と言えば貴族位も高いよね。だからそこのところが気になって」
マリアは口の中に残っていたボア肉を咀嚼し呑み込んだところで「それはね」とゆっくりと話し出す。
マリアの話によれば、父であるゴリアテがある日突然、「今日から私の妻であり、お前の母となる女性だ」と紹介されたのがジョセフィーヌだった。マリアからすれば母が亡くなってから一年経つか経たないかというのにもう次の女性をマリアに平然と紹介する父親がどこか気持ち悪く感じる。だが、当主である父親に逆らうことも出来ない。それに既に十五歳を迎えていたマリアにしてみれば、父親がどんな女性と愛し合おうが自分の母親は亡くなったリリアンナただ一人だと強く思うだけだ。
だが、そんなマリアを快く思わないのか、ジョセフィーヌはことある毎にマリアに対して「伯爵令嬢としてどうなのか」と嫌味を言ってくるのだ。
マリアはマリアで「私のことをそれほどコケ下ろすのであれば、ジョセフィーヌはさぞかし立派な家の出なのでしょうね」と言い返せば、ジョセフィーヌは眉間に皺を寄せてマリアを睨み付けるに留まった。
マリアはそんなジョセフィーヌの行動に対し不審に思い、父親には無断で自分で色々と調査を進め、もう少しで何かが掴めそうと思っていた所で、ジョセフィーヌに「この恥さらし!」と頬を叩かれ、身に覚えのない罪で訴えられ、知らない内に奴隷商へと売られ、馬車に乗せられ、ゴブリンに囚われ、ここへ来たということらしい。
「ふ~ん、じゃあマリアはその……」
「気を使わなくてもいいわよ。あんなの母親でもなんでもないのだから」
「分かったよ。マリアはその女に復讐したいとか考えているの?」
「ん~どうかな」
「するつもりはないってこと?」
「ううん、違うの。今は自分が生き抜くことが大事だから。復讐するにしても相手は腐っても伯爵夫人だから、元奴隷の私じゃ手が届かないわよ」
「僕が手伝うと言ったら?」
「え?」
マリアが復讐するつもりなら手伝うと言って来たナキの目をジッと見る。ナキの目はマリアに対し気を使っているわけでも嘘を言っている様な雰囲気は感じられない。
それにナキの力はほんのちょっとだけ知っているが、かなり強いと言えるだろうことは分かっている。でも、今のマリアはさっきもナキに言ったように「今を生きる」ことが第一目標なので正直に言えば、復讐はしたいと思うが、まだその時ではないと考えたマリアはナキに対し微笑みながら「その時は力を貸してね」とだけ答えるのだった。
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