第26話 フラグが向こうからダッシュでやってくる

「助けてはくれないの?」

「え?」


 女性にそう言われ、少年はどういうことかと考える。既にゴブリンに囚われていた女性達を結果的には助けたのだからと。


 だが、女性が言いたいのはそういうことではないとなんとなく分かっている。魔物が跋扈しているこんな所で女性と子供達だけ置いて行かれても困るということを。


「でもな~」


 そう理屈では分かっていても少年が過ごしているのは崖を掘って作った横穴だ。そんな場所に少年を含め、女性と子供達五人の計七人も暮らせるはずもなく、少年は心を鬼にして断ろうと口を開くが、女性が少年の手を取り胸の前に持って来ると、その手を女性は両手で握り込み少年の前に座り込んで懇願する。


 当たってはいないが、微かに触れるその感触に見る人が見れば「当ててるの」と言うことだろう。少年も思わず鼻の下が伸びきっているのを自分でも感じてはいるが、物理的なことはどうしようもないと、勿体無いと思いながらも頭を振る。


「私のことはどうとでもしていいから、お願いします!」

「……ごめんね。本当は僕も助けたいと思うよ」

「なら「だから、話を聞いてね」……ごめんなさい」


 やはり、この女性の猪突猛進な感じは苦手だなと思いながらも少年は自分が置かれている状況を女性達に説明する。


 先ずは自分だけで精一杯であること。そして食糧も何もないことを説明し、とてもじゃないが自分以外の人の面倒を見ることなど出来ないと丁寧に話したつもりだが、女性が引くことはない。


「私達の面倒を見る必要はありません。自分達で出来ることは自分達でしますので。そりゃ、出来る範囲でとなりますが。必ずあなたに迷惑を掛けるようなことはしません。ですから、お願いします!」

「「「お願いします!」」」

「おねがい!」


 女性の横で子供達も少年に対し、また頭を下げるが少年は頷くことはない。


「どうしてですか!」

「それ!」

「え?」

「先ず、お姉さんのその直ぐに『自分が!』ってのが苦手だから。それに結果的にゴブリンからは助けたのに未だにお礼を聞いてません。お金も持っていったのに」

「「「あ……」」」


 女性と子供達の間でなんとなく分が悪いと感じているのか、空気が悪くなる。多分、今から少年にお礼を言っても遅すぎるし、それこそお礼を催促されたから言ったという感が拭えないため、どう転んでも女性達の立場が悪くなる。


 しかし、お礼を言わないことには何も進まないと女性は気を取り直して、少年に対し深々と頭を下げる。


「申し訳ありませんでした。本来なら、助けて頂いた直後にお礼を言わなければいけないのに突然の状況に気持ちが追いつかず失念しておりました。ですが、助けて頂いたお礼を言わないのも大変、失礼なことです。今更ですが、助けて頂きありがとうございました」

「「「ありがとうございました!」」」

「ました!」


 少年は女性が自分に対し頭を下げるのを黙って見ていたが、その様子から嫌な予感が走る。


「ねえ、助ける助けないは別として一つ聞いてもいいかな?」

「はい。なんなりと」


 少年が苦言を呈したからなのか、女性は少年の気分を害さないようにと丁寧な言葉遣いになる。そして、少年はその礼儀正しさから嫌な予感の気配が段々と強くなっていくのを感じてしまう。


「あ~もうフラグ立ちまくりな感じがするけど、これ以上放置しておくのも気がかりだし、ここは覚悟を決めて聞くしかないよね」


 少年は「ふぅ」と息を吐き、深呼吸してから女性に対しどうして奴隷になってこんなとことろでゴブリンに捕まっているのかと聞いてから、「あ、質問が二つだ」と思ったが「ま、いっか」と気を取り直して女性の回答を待つ。


「そうですね。では……っと、まだ私の名前もお教えしてませんでした。失礼しました。では、私の名は『マリアンヌ・フォン・テレジア』と申します。ですが、今は単に元奴隷の立場なので『マリア』とお呼び下さい」

「はぁ」

「そして、名前からお気付きかと思いますが、私は伯爵家の長女として過ごしていましたが、父である『ゴリアテ・フォン・テレジア』伯爵の後妻として迎え入れた『ジョセフィーヌ・フォン・テレジア』の奸計により、伯爵家より追い出され奴隷として売られました。そして、その後は奴隷商の馬車に乗せられ、街道を進んでいたところゴブリンの集団に襲われました。その際に奴隷商の主人は私達奴隷が乗っていた馬車を囮としてその場に残し、護衛をしていた冒険者と共に逃走しました。後は、ご存知の通りです」

「……ハァ~」

「あの、どうしましたか?」

「……」


 想像通りと言うか、それ以上の面倒ごとを背中一杯に背負っている女性が少年の目には疫病神に映る。それが顔に出てしまったのか、女性は少年の顔を覗き込むように窺う。


「すみません。あの、よろしければお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「あ……」


 女性……マリアからそう言われ、少年自身も名乗っていなかったことを思い出し、慌てて名を告げようと思ったが、ここで『池内 直樹いけうち なおき』と名乗る訳にもいかずどうしようかと逡巡した末に「ナキです」と答える。


「ナキ様……ですか」

「うん。『様』とか敬称はいらないから。ナキでお願いします」

「ですが「僕もマリアと呼ぶから」……はい。分かりました。では、ナキ。お願いします」

「うん。それと、その言葉遣いも止めて貰えますか」

「え? 何か不快にさせましたでしょうか」

「うん。不快と言えば、不快かな。最初の頃の言葉遣いが素なんでしょ。だから、それでお願いします」

「ですが、ナキも私に対し敬語ですよ」

「僕はこれが素なので気にしないで下さい」

「分かり……分かったわ。これでいいの?」

「うん、それでお願いします」

「ハァ~まあ、私もこっちの方が楽だからいいんだけど、あなたも相当変わっているわね」

「そうなのかな? 僕自身はそう思っていないのだけどね」

「まあ、いいわよ。それで私達のことは納得してくれたの?」

「まあ、大体は分かりました。それともしかしてだけど、同じ馬車にあの子達の親も一緒だったのかな」

「……そうよ」

「ああ、だからあの時……」

「そうね。で、どうなの? 私達のことは助けてもらえるの? やっぱり、嫌なの?」

「……」


 ナキと名乗った少年は他の子供達に聞かれないようにと子供達を結界で包んだ後に『遮音』を掛け、こちらの声が聞こえないようにしてから、マリアに対して「今から話すことは他言しないと約束して下さい」と言い、マリアが頷いたのを確認してから「実は……」と今までのことを全て話す。


 これでマリア達が自分から離れてもしょうがないと思いながらもナキは「ま、いっか」と思う。

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