第32話 責任の取り方

 ナキの合図で子供達は一斉に串肉に手を伸ばす。中には両手にいくつも取ろうとしていた子もいたので、なくなったら追加するからと言い聞かせて一人一本ずつ手に取ると思いっ切りボア肉に齧り付く子供達。そして、それを後ろから羨ましそうに見ているマリア。


 ナキは串肉を一本手に取ると「はい」とマリアに渡す。


「え?」

「『え?』じゃなくて食べないと……でしょ」

「でも、私は……」

「いいから。そういうのはあとでいいから。今は食べるのが先でしょ」

「でも……『ぐぎゅるるぅ~』……」


 マリアのお腹から貴族令嬢には似つかわしくない音が聞こえてきた。マリアはお腹を両手で必死に抑えると赤くなった顔でナキを睨む。


「き、聞こえてないから」

「しっかり、聞こえているじゃない!」

「そりゃぁ、あれだけ大きな音が鳴れば……」

「うわぁ~もうお嫁にいけない!」

「え? 今さらそれを言うの?」

「……」


 ナキが言うように「お嫁にいけない」とマリアが言うのは感が増し増しだ。なんせ、ナキに対し「見なさいよ!」と一糸まとわぬ自身の裸身を晒したのだから。それに比べれば、お腹の音が聞かれたくらいで「何を言っているのか」と思われてもしょうがないことだろう。


 マリアもそれを思い出したのか、開き直るとナキから串肉を奪うように手に取りそれに齧り付く。


「あら、意外に美味しい!」

「でしょ。じゃ……え?」


 マリアに串肉を渡し、自分の用は済んだので今度は自分も串肉を取りに行こうとした所で左手を掴まれる。


「なに、この既視感デジャヴ?」

「ねえ、私がさっき『お嫁にいけない』って言った時、鼻で笑ったでしょ」

「そ、そうだったかな?」

「惚けないで!」

「ごめんなさい。じゃ」

「そんなんじゃ許さないから!」

「え~じゃあどうすればいいの?」

「もらって」

「はい?」


 マリアが言うようにナキはさっきの「お嫁にいけない」とマリアが言った時に今さらと思い軽く鼻で笑ってしまったのだ。だから、それについてはごめんなさいと素直に頭を下げるがマリアはそんなんじゃ許さないという。


 じゃあ、どうすればとナキが問えば「もらって」と言われたのでナキは訳が分からずに目が点になる。すると、マリアは呆れた様に嘆息しながら「話の流れで分かるでしょ。察しなさいよ」と言ってくる。


 察しろと言われてもナキにはどうもピンと来ないので、串肉をもう一本持って来ればいいのかなと竈の方に向かおうとしたところで、マリアは掴んでいたナキの左手を引き寄せる。


「だから、そうじゃないでしょ! もう、なんで分からないの!」

「……すみません」


 前世での体験がまだ尾を引いているのか、女性から強く出られてしまうとどうしても萎縮してしまう。そして、その様子は周りから見てもマリアがナキを虐めているように見えたらしく子供達は串肉を手にマリア達の元へとやって来る。


「姉ちゃん、兄ちゃんを虐めちゃダメだろ。肉が欲しいなら、ちゃんと言えよな」

「そうだよ。ほしいならほしいっていわないとダメなんだよ」

「でも、おねえちゃんはちゃんともっているよ」

「あ、ほんとだ。ひとりいっぽんってにいちゃんにいわれたんだよ。おかわりはたべてからなんだからね」

「おにくがほしいの?」

「え、い、いやそうじゃなくてね。ナキ、ほら。あなたからも子供達に説明してよ!」

「ごめんなさい!」

「え~」

「あ~やっぱり……」

「ダメだよ」

「そうだよ!」

「ごめんなさいは?」

「おにく、おいしいよ?」


 子供達の追求に思わずまたナキに対し、強い態度で接してしまったことで、ナキは更に卑屈になり、より一層萎縮してしまう。そして子供達は疑いから確信に変わったようで、マリアに対し謝らなきゃダメだと言う。


 マリアはどうしてこうなってしまったのだろうと考えて、ふとナキの前世で同級生達から、しかもリーダー格の女性からは執拗に虐められていたと聞いたことを思い出し、やってしまったなと自己嫌悪に陥り、その場に蹲ってしまう。


 子供達はマリアの態度が変わってしまったことで、今度は自分達が虐めてしまったのかと思うが、そんなことよりも食欲の方が勝ってしまったようで「ヤバい! 焦げちゃう!」と竈の方へと戻る。


 蹲る二人だけが、その場に残されたが最初に自分を取り戻したのはマリアの方だった。やはり、年上の分、立ち直りも早いのか、それともダメージ量の差なのかは分からないが、マリアは立ち上がり、蹲るナキの背中を右手で摩りながらナキに優しく声を掛ける。


「ナキ……」

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

「ナキ、私の方こそごめんね。あなたのことを聞いていたハズなのにあんな態度とっちゃって」

「……」

「でもね、ここはもうあなたのいた世界とは違うし、あなたを虐めていた人達ももういないの。だから、あなたがそこまで卑屈にならなくてもいいのよ」

「……」

「それにね、あなたはあんな大きなボアを仕留められるし、私達もあんな大勢のゴブリンから助けてくれたじゃないの。もっと、自分に自信を持っていいのよ。ほら、自分は強いんだぞって言ってみなさいよ」

「……僕は強いの?」


 マリアが優しく声を掛け続けた甲斐もあり、ナキは漸く顔を上げ、そう呟くとマリアは優しく頷き「そうよ」と肯定する。


「……僕って強いんだ」

「ええ、そうよ。他の誰にも負けないくらいよ」

「僕は強い!」

「うん、その調子よ」

「僕は……『ぎゅるるるぅ』……お腹すいてたんだ」

「うふふ、そうだったわね。じゃあ、一緒に食べましょう」

「うん!」


 さっきまで自己暗示に掛けられたかの様に「僕は強い!」と繰り返すナキの回りにはよくないオーラっぽい何かが渦巻いていたが、ナキ自身のお腹の音を切っ掛けにそれは霧散してしまった。そして、マリアに促され子供達がいる竈の方へと二人で手を繋いで行く。


『あ、惜しい!』

『何言ってんですか! ちっとも惜しくなんてありません! もう少しでチート無双でヒャッハーの道に進む所だったんですよ! あなたが、余計なトラウマを植え付けたせいで!』

『でも、結果として異世界であんな風にいい感じになってきたんだからいいんじゃないですか?』

『……ホントにそう思いますか?』

『ええ、思っています。それが何か?』

『事件の陰に女ありって言葉ありますよね』

『ん~どこかで聞いたような気がします』

『このまま、彼女達と一緒にいると、凄まじくあちこちにフラグが乱立してしまう様な気がするのは私だけでしょうか?』

『へ~そうなんですね。では、そのフラグとやらが一本ずつ折られるのか、それとも纏めて全部をへし折るのか楽しみですね』

『私としては立ちまくったフラグに気付かずに通り過ぎて欲しいんですが』

『ん~それはどうも難しいようですね』

『どういうことです?』

『ほら、こういうことですよ。さて、何本折れるでしょうね』

『あ~もうこんなとこ絶対に辞めてやる!』

『もう、それ聞き飽きましたから』

『……』


 一番の被害者はナキではなく女神ミルラの部下であるこの下級神ではないだろうか。

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