第30話 やっぱり使えた

 マリア達が横穴の中を探検している間にナキは昼を用意する為に川へと向かう。


「問題は食べられるかどうかなんだけど、モノは試しってことで。よっと」


 ナキは川の中に結界を使用して作った魚を捕るための仕掛けを投じる。


「まさか、テレビで見ていた芸能人の無人島生活が役に立つ日が来るなんてね」


 川の上流に口が広い方を向けて魚が入るのを待っているが、罠に掛かるかどうかは魚次第なので、当然ナキはその間は暇になる。


「魚もいいけど、ガッツリと肉を食べたいな。ラノベだと豚の代りに猪の魔物が出て来るんだけど、ここにはいないのかな」

『ブハァ』

「そうだね。こんな感じで鼻息が荒いんだろうね。ん?」

『プギィ!』

「え? まさか、ホントにいた!」

『ブヒ!』

「うわっ!」


 川辺で魚が罠に入るのをジッと待っていたナキの後ろでなんだか鼻息が荒いのがいるなって雰囲気を感じて振り返ったナキの目に映るのはナキよりも大きく日本で見た牛よりも大きい見た目が猪っぽい何かだった。


 その猪みたいな何かはナキを襲うつもりなのか、前足でガシガシと地面を削り気分を高揚させているように感じる。


「もしかして、アレが止まったら襲ってくるのかな。でも、僕はそんな必殺技を出すのを黙って待っているタイプじゃないからね。ゴメンなさい」

『プギ?』


 猪っぽい何かは地面を削っていた前足を止めてから、一瞬だけ体を後方に沈ませるとナキに向かって飛び掛かろうとしたが既にナキにより結界内に閉じ込められている為に身動きが取れなくなる。


「先ずは食べられるかどうか鑑定しないとね。もし、食べられないなら放してもいいし。『鑑定』と……えっと、あ~良かった。この猪っぽいのは『ボア』で『食肉として良』『毛皮も可』『モツは浄化が必須』ね。じゃあ、後は解体の方法だけど、確か血抜きとか上手くやらないと生臭くなって食べられたもんじゃないって何かで読んだ覚えが……」

『プギィ~』


 結界の中に閉じ込められたボアはナキを縋るように見ているが、ナキは『肉を食べたい』という欲が勝ち、結界内のボアに手を合わせて『電撃スタン』と呟く。


『キュッ』


 ボアは気絶させただけなので鞄には入らないため、結界で作った荷台に載せると、それを浮かせて横穴の前まで運ぶ。


「え? これ、どうしたの?」

「どうしたって、川の近くにいたら、僕を襲おうとしてきたから、返り討ちにしたんだけど、誰か解体方法を知らないかなと思って」

「解体……するの?」

「え? だって、解体しないと食べられないでしょ」

「そうだけど、それって殺すってことよね」

「まあ、そうなるのかな」

「かわいそう……」

「え?」


 マリアは目の前で気絶しているボアを見てナキに殺すのかと聞いてくる。ナキは妙なことを聞くもんだなと思うが、殺さないことには食べられないのだから、そのつもりだと言えばマリアは可哀想だと呟く。


 ナキは聞き間違えたかと思ったが、どうやら本気で思っているようだ。元は貴族だったから、自分が食べている肉がどうやって捌かれているのか気にしたことはないのだろう。


 だが、子供達はそうは思わないようで、子供達の中でも年長と思われる男の子がナキを見上げながら「兄ちゃん、これ食うのか」と聞いてくるのでナキも正直に答える。


「うん、そのつもりなんだけど、捌き方が分からなくて困っているんだ」

「なら、俺が教えてやるよ」

「え? 知ってるの?」

「おう! 父さんと一緒によくやっていたからな」

「へぇ凄いね」

「父さんはもういないけどな……」


 父親のことを思い出したのか、急にしょんぼりとした男の子に悪いことしたかなとナキは思ったが、男の子は直ぐに顔を上げ「早いとこやっちまおう!」とナキに言ってきた。


「ねえ、君の名前を教えてくれるかな」

「いいぞ。俺の名前はハジだ。ついでにあの一番小さいのが俺の弟でオジ。他のは……まあ、また後でな。ほら、兄ちゃん捌くんだろ」

「あ、う、うん」


 その後はハジの指示に従い、周りをボアの血で汚さないようにボアの下に浴槽の様な形の結界を用意するとボアの後ろ足を結界で固定させてから、高く吊り上げる。


「よし! これでいいだろ」とハジはナキから借りた解体用のナイフでボアの首筋の血管を切る。切った瞬間に血が回りに飛散するが、予め結界を張っていたお陰で被害はハジだけで済んだ。返り血で真っ赤になったハジだが、それを気にすること無く腹を割き、内臓を傷付けない様に注意しながら取り出し、可食部位とそうでない部位に切り分けていく。


 ナキはハジがモツまで捨てようとしたのを「それは食べるから」と止めるとハジに嫌そうな顔をされるが、ハジは「兄ちゃんが食べるのなら」と可食部位とはまた別に分けるのだった。


「これで大体終わりだよ。後は、この毛皮は鞣せば使えるんだけど、俺には出来ない。誰か出来る奴を探して」

「うん、分かったよ。ありがとう」


 ナキはボアの毛皮と骨を鞄にしまう。食べられそうにもない部分は横穴から離れた場所に穴を掘り、そこの中に流れ出た血液と一緒に遺棄してから、解体場所へと戻る。


 ハジが食用にと切り分けた部位は意外に多く、これは全部は食べきれないだろうと肩ロース以外の部位を鞄へと収納する。


 するとその様子を見ていたハジは「兄ちゃん、スゲ~な。なにもんだ」と聞いてくるが、ナキもちゃんとした答えはないので「さあ」と曖昧に返事をする。そして、まだボアの返り血で真っ赤になっているハジを気の毒に思い『クリーン』を掛けようと思ったが、ちょっと待てよと思いとどまる。


 子供達の奴隷紋を消した時に結界を掛けたままだったことを思い出したので、もしかしたらと考えハジに試してもらうことにした。


「でも、なんでハジは汚れたんだろう? 結界は僕以外だとまた違うのかな」と思うが、ハジに試してもらえばハッキリするだろうと、ハジに『クリーン』を試してもらうことにした。


「ねえ、ハジって生活魔法は使えるのかな?」

「無理!」

「え?」

「兄ちゃん、何も知らねえのな」

「どういうことなの?」

「あのな……」


 生活魔法は誰でも使えると思っていたのでナキは少し困惑するが、ハジの説明で納得する。


 ハジが説明してくれた内容では、生活魔法は教会に喜捨することで神官から与えられる物で、平民にはとてもじゃないが得られがたいものらしい。


「えっと、生活魔法なんだよね?」

「そうだよ。俺達がいた町の教会はちょっとした『ヒール』でもバカ高いって父ちゃんが言ってたから、生活魔法を授けてもらおうと思ったら、結構取られるんじゃないかな」

「へ~そういうものなんだ。じゃあさ、ハジも試してみよう」

「あ? 兄ちゃん、俺の話を聞いていたいのか?」

「うん、聞いてたよ。ハジは生活魔法は使えないんだよね」

「そうだよ。なんだよ、ちゃんと聞いてるじゃないか。じゃあ、聞いているのになんでそんなことを言うんだよ」

「まあまあ、モノは試しって言うじゃない。ちょっとだけだから、ね。多分、痛くないから」

「……兄ちゃん。なんか怪しいぞ」


 ハジに疑いの目で見られるナキだが、試してもらわないことには説明のしようがないので、「一回でいいから」と頼み込む。ハジもあまりにもナキが必死に頼むものだから「じゃあ一回だけな」と漸く試してくれる気になったところで、ナキも生活魔法の使い方を簡単に説明する。


 結界に包まれたままだったハジを鑑定したところ、魔力はあるようなので多分上手くいくだろうと考えている。


 なのでナキは「弱くだからね。最初は弱くだから!」としつこいくらいにハジに言い聞かせるとハジも「分かったから」と半信半疑の状態で先ずは「クリーン」を唱えると『シュッ』という音がしたと思ったら、ハジから一瞬で血糊が消える。


「え? なんで?」

「やっぱり、使えた……でも、まだ検証しないとね」

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