第19話 見えない

『ほらほら~やっぱり、ヒャッハーしそうじゃないですか! どうするんですか!』

『もう、そんなに慌てる必要はないでしょ。ちょっとはしゃいでいるだけじゃない。それにあの子なら大丈夫よ』

『……私は忠告しましたからね! いいですね! 後から聞いてないはナシですよ!』

『もう、分かりました。だから、あの子は大丈夫よ。うん、大丈夫よね……』


 そんな風に遥か遠くから見られているだろうなとは思ってはいるが、まさか『異世界ヒャッハー』を心配されているとは思ってもいない少年は、足下の結界に右足を載せてから感触を確かめると「うん、大丈夫」と左足も結界に載せると、慎重に慎重にゆっくりと搾るように足下の結界に対し、重力遮断を調整する。


「捕まるところがないとちょっと怖いや」


 少年はゆっくりと上がって行く結界の上で立っているのが怖くなり、その場にしゃがみ込む。


「うん、これでいいや。でも、これって『魔法の絨毯』みたいでいいかも」


 そんなことを思いながら、ゆっくりと自分の位置が高くなっていくと周囲の状況が確認出来るようになる。


「今は、どれくらいの高さかな? 三階ぐらいかな。これ以上、高いと校舎の屋上を思い出しちゃうな」


 少年は中学校の屋上を思い出し、ちょっとだけ切なくなり、ふと残してきた家族のことが気になるが、あの女神ミルラを信頼するしかないと気持ちを切り替える。


「結構、草むらを進んできたと思ったけど、そんなに街道からは離れていないのかな?」


 少年は遠目に人や馬車が通っている街道が目に入り、どれくらいかなと思っていると「あ、ヤバい! このままじゃ向こうから見たら浮いているのが丸わかりだ」と、少年は自分を覆っている防御魔法が透過するように念じると、他からは見えなくなる。


「うわぁ! 僕が見ても透けてる……へぇいいなコレ……いや、ダメだダメ!」


 少年は男の子なら誰でも一度は妄想する「透明になれたらやりたいこと」を思い浮かべ、思いっ切り頭を振り「そもそも、そういう場所がないから出来ないよ」と顔を赤くしながらそんなことを呟く。


「あ! やっと山っぽいのが見えた! でも、人が住んでいそうな所が全然見えないけど、あの女神様はどういうつもりで、僕をここに連れて来たんだろう。もしかしたら、あの緑色の魔物に襲われていたかもしれないのに。そう言えば……」


 少年は昨日、自分を襲ってきたのが今更ながら、あれはゴブリンだったのではと思い付く。


「そうだよね。異世界定番の初級編だもんね。でも、あの草むらにゴブリンがいたってことはどこか近くに巣があるのかな。まさか……ね」


 少年はまさかねと思いはするが、悪いことほど予想は当たるもので、今、少年の下では昨日みたいにゴブリンが五,六体ほどウロついている。


「うわぁ、やっぱりいるよ。こうなりゃ巣を潰した方がいいのかな? でもな~」


 少年は足下でウロついているゴブリンを見ながら、どうしたものかと考えるが先に足下のを片付けるのが先だなと『結界』と呟けば、何をされたのかも分からないゴブリン達が慌て出す。


「まあ、そうなるのかな」


 少年は自分が乗っている結界をゆっくりと降下させると、慌てているゴブリン達を観察するが、どのゴブリンとも目が合わない。


「あれ? あ、そうか!」と自分を包んでいる防御魔法を透過させていたことを思い出し、その透過の効果を無効にすると、さっきまで慌てていたゴブリン達が今度は少年を襲おうと手に持っている武器を振り上げようとして、動けないことに気付き、また慌てる。


「もう、そんなに慌てなくてもいいからさ。じゃ、昨日出来なかったことを試そうかな」

『『『ギャ?』』』


 少年がそう言ってほくそ笑むと、それを見たゴブリン達は何をするつもりなのだろうかと不思議に思うが、その答えはすぐに分かる。


「あ~こうなるのか。じゃあ、次はこうすればいいのかな。うん、よし次いってみよう!」

『『『ギャ!』』』


 少年は昨日、出来なかった魔法の実験を行うが、一回目では思った結果が得られずに見るからに失敗だと分かる惨状に淡々としながらも、魔法の調整をどうすればいいのかと考えて、次の実験体モルモットを選抜する。


 選ばれた実験体ゴブリンは、少年から逃れようと試みるが、見えない膜に包まれているため、自由に動くことも出来ずにただただ少年に身を任せるしかなかった。


 そして、そのゴブリン犠牲者は少年に救いを求めるかのようにジッと見るが、少年はそれを無視して言う。


「あのさ、僕を襲うつもりでいたんでしょ? なら、返り討ちにあってもしょうがないよね。それとも、今まで『助けて』ってお願いされて助けることはあったの? ないよね? だって、言葉が通じないんだから。ま、言葉通じても助けてもらえることはないけど……」


 少年は日本での記憶を思い出し、「今ならアイツらに復讐出来るんだけどな」と呟くが、今は目の前の実験が大切だと考え直すと「じゃ、行きますか」と実験の続きを行う。


『ん~ちょっと私が考えていた方向とは違う方向に行っている気がするけど……うん、見なかったことにしましょう。信じていますよ、少年!』


『ギャ!』

「あ~またダメだった。うん、気を取り直して次行ってみよう!」

『『『ギャガギャ!』』』

「ごめんね、何を言っているのか分からないや。君達も応援してくれてるのかな? じゃあ、次は頑張ってもらわないとね。じゃあ、君に決定!」

『……ギャ』

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