第8話 壊れる日常

 いきなり帰ってきた父親に頬を叩かれ、その痛みを少しでも和らげようと左頬を押さえながら父親を睨み付ける。


 だが、父親はそんな政美を睨み付け、「お前のせいで俺は解雇されるかもしれないんだ!」と叫ぶ。


「え? なんでそれが私のせいなの?」

「お前のイジメのせいだ!」

「え? なんで……なんでお父さんがそのことを……ハッ!」

「ふん、やっぱりな。イジメの当事者はお前か。そのせいで俺は仕事を失うかもしれないとはな。これもアイツがちゃんと躾けないからだな……そうだ、コイツがこうなったのはアイツのせいだな」

「え? お父さん、何を言っているの?」

「……ふぅ~当事者のお前が何も知らないのか」

「知らないわよ。皆、何を言っているのか、さっぱり分からないわよ!」

「見ろ」

「え?」


 父親は自分のスマホを取り出し、操作するとその画面を政美に向け「見ろ」と一言だけ言う。


 政美は差し出された父親のスマホの画面を覗き込むと「ウソでしょ」と呟く。


「ウソじゃないさ。そこに書かれているのは紛れもない真実だ。ご丁寧にお前達の関係性だけでなく家族全員の名前にそれぞれの生年月日に血液型に電話番号にメールアドレスにSNSのIDにパスワード、それに勤め先や婚姻関係に付き合いがある人まで逐一全部が乗せられている。そいつのお陰で俺を名指しに電話を掛けてくる連中がいるからって、俺は会社から追い出されたんだ。分かるか? お前のしたことがどれだけのことを引き出したのか!」

「ウソ……ウソよ。だって私はアイツを虐めただけだし……」

「そのイジメが原因なんだよ。分かんねえのかよ! ったく、どうすんだよ!」

『バシッ!』

「痛い……」

「その動画の音声な、もう解説付きで回っていたぞ。まったく泣きたいのはこっちだ。なんでこんなのがいるんだよ。これから、どうすりゃいいんだよ!」


 苛立ち紛れに父親からまた殴られた政美は頬をさすっているが、そんな様子さえ父親には煩わしく思えるらしく苛立ちを隠すことすらしない。


 政美は泣けば更に父親をイラつかせるだけだと思い、泣くのをなんとか堪えているとまた玄関が開かれる音がして政美は母親が帰ってきたのだと直感し慰めてもらおうと部屋を出ると上へと上がってくる母親と目が合う。


「お母さん、お帰りなさい」

『バシッ!』

「え? なんで」

「なんでじゃないわよ!」

『バシッ!』

「痛い……」

「私は痛いどころじゃないわよ! 一体、どうしてくれるのよ!」

「お母さん……ねえ、お願い話を聞いて!」

「ふん、あんたの話を聞いてどうなるっていうの? それであんたが虐めていた事実が消えるとでも言うの? ねえ、どうなの? そうなら、いくらでも聞いてあげるわよ。ほら、話してみなさいよ。どう言い訳するの!」

「お母さん……」

「あんたにお母さんって言われるだけで虫唾が走るわ。あ~あ、好き勝手にさせていたのがこんなところで足を引っ張られるとはね。やっぱ、あんたは疫病神だわ」

「お母さん……」

「おい、そりゃ、どういうことだ?」

「あら、帰っていたの」

「ああ、お前と同じ理由だ」

「そう、じゃ似たもの同士仲良くしなさいよ。私はもう出て行くから」

「そんな、お母さん。待ってよ! お父さん、お父さんも何か言ってよ!」

「「……」」


 今まで政美を好き放題に甘やかしてくれた母親なら、政美を慰めてくれるだろうと思って側に寄れば父親と同じ様に政美の頬を思いっ切り引っ叩かれ政美が驚愕していると母親は政美に対し不満を漏らして家を出て行くと言い出した。


 家を出るのなら、自分はどうなるのかと。それなら、自分も一緒にと口に出そうとしたところで、さっきまでのやり取りが、政美の口を重くする。


「あんたも自分のしたことは自分でケジメを付けるのね」

「なら、お前はソイツを産んで育てたケジメを付けるんだな」

「はぁ? 何言ってんの。産ませたのはアンタでしょうが!」

「ふん! そいつがホントに俺の子ならな」


 愕然としている政美に向かって、母親は自分でなんとかしろと言い、その言葉を放った母親に対し父親は更に追い討ちを掛ける。


「ちょ、ちょっとそれどういう意味よ!」

「どういうってそのままの意味だろう。もし、俺に責任を擦り付けるのなら、ちゃんとした所で鑑定してもらってからだ」

「だから、それはどういうことよ!」

「そのままの意味だ。何も難しいことはないだろう」


 父親と母親の二人の間で政美の押し付け合いが始まるが、話の矛先が政美の遺伝子の提供元へと向かいだし政美は混乱してしまう。


「え……お父さん、お母さん、何を言っているの?」

「もう、俺はお前の父親じゃない。話しかけるな! それと、この家も近々処分するからな」

「なら、私も半分はもらうからね」

「それは、鑑定が終わってからだな。俺も何も材料がないまま喋っている訳じゃない。そのことはお前も自分の胸に聞くがいい」

「……どういうことよ」

「もう、それが答えだろ。後で離婚届を送るから住所だけは分かる様にしといてくれよ」

「ちょっと!」


 父親はそれだけ告げると自分の部屋に入っていく。残された母親と政美はその場にペタリと座り込む。


「ねえ、お母さん。さっきのお父さんが言っていたことって……」

「ふん! ね。ふふふ……」

「お母さん? 何を言っているの?」

「……」


 政美は母親の気がふれでもしたのかと心配になるが、母親はそんな政美の様子に「全部、お前が撒いたタネだよ!」と言い、母親も自分の部屋へと入る。


「なんで……どうして私がこんな目に……」


 その場に座り込み動けなくなった政美を遠くから見詰めている視線の持ち主が呟く。


『どうして……あの子も何度もそう言ったけどね。さあ先はまだまだ長いわよ』

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