第36話 すでに主犯格だと気付かされる

 中学から帰り、部屋着に着替えゆっくりしていたところに玄関ドアのチャイムが鳴る。


「は~い、どちら様ですか」

「橋口様より速達です」

「橋口……え、うそ」


 川村は橋口の名前を聞くと、なんの根拠もないのにその郵便物が自分にとって良い物に違いないと心が躍る。


「では、受け取りのサインをお願いします」

「はい、これでいいのかな」

「はい、確かに」

「ご苦労様……さてと」


 川村は玄関を閉じると橋口からの贈り物訴状を鼻歌まじりで封を切り、中味を確認する。


「なんだろうな。まさか、婚姻届だったりして……キャッ! って、何よこれ!」


 川村は自分が勝手に有り得ないことを想像していながら、その封筒の中味を見た瞬間に激怒する。手に取った書類には「訴状」と書かれており、その内容としては池内直樹の虐めに対し、対応しないどころか無視したことに対し損害賠償を行うというものだった。


「なんでよ! なんで私がお金を払わないとダメなのよ。しかも何、この金額は。どう考えても払えないわよ。こんな額なんて」


 そう川村が憤慨するのも無理はないだろう。損害賠償額としてそこに書かれていたのは『五億円』だった。だが、その金額の下には『対象者個人で払うのは困難でしょうから請求者達で話し合って按分してお支払いすることをお勧めします』とも書かれていたのに気付くと「じゃあ私は払わなくてもいいかも知れないってことじゃない」となる。


 そして同じ頃、各家庭では「どうして」となるのだった。


 翌朝、職員室では各々に届いた訴状について内容を確認し合い、ほぼ書かれている内容が同じだと分かり、全員がホッとするが問題はここからだった。


「では、誰がどれくらいの額を払うのか」と喧々囂々となるのだ。しかし、対象者は教員だけではなかったので、朝も早い時間から保護者の一人がどういうことなのかと職員室に怒鳴り込んでくると堰を切ったように後から後からやって来る保護者ですぐに職員室は一杯になり収拾が付かなくなった校長は全員を体育館へと集める。


 当然、こんな調子で授業が行えるハズもなく生徒達は自宅へ帰宅するようにと言われる。だが、教室にはイジメの当事者である田村政美と高橋隆一の二人が他の生徒に取り囲まれていた。


「お前達、なんのつもりだ?」

「そうよ。何よ」


 池内直樹のイジメ首謀者の二人はいきなり同級生に囲まれ、訳が分からないと言うと一人の生徒が「お前、知らないのか。それとも聞いてないのか」と言ってくる。


「だから、なんのことだよ!」

「……お前ら、親から聞いてないってどういうことだよ」

「だから、なんのことなのってさっきから、聞いているでしょ!」

「まさかお前らの親は知らない振りをするつもりか? それとももう親に見放されているのか?」

「はぁ? お前、さっきからなんなんだよ。やんのか!」


 隆一がそう言って、同級生の一人に食ってかかろうとするが、他のクラスメイトが「止めろ。今はそんなことしている場合じゃないだろ」と二人を分ける。


「だから、なんのことだってさっきから聞いているだろ! いいから、言えよ!」

「分かったよ。じゃあ、教えてやる。俺達はほぼ全員が池内の父親から訴えられているんだよ」

「はぁ? 何言ってんだ?」

「何言ってんだっていいたいのは、こっちだよ。お前らの悪ふざけに少しだけ付き合ったつもりだったのに池内が死んだら、コレだよ」

「しかも警察も動いているって聞いたぞ」

「冗談だろ?」

「冗談ならいいな」

「ちっ」


 隆一は面白くなさそうに舌打ちをすると「そもそもはお前のせいだろうが」と今度は田村政美に食ってかかる。


「何よ! 私一人が悪いって言うの! 皆、楽しそうにやっていたじゃないの!」

「「「……」」」

「あんたも、あんたもそうでしょ。アイツが飛び降りる前に楽しそうにしていたじゃないの!」

「「「……」」」


 政美はそこまで一気に言うと興奮したせいか、息も荒くふぅふぅ~と肩で息をしている。


「でも、私は自殺しろとは言ってない!」

「そうだ! それは俺も言ってない!」

「俺も!」

「私も!」


 一人の生徒が自分は直樹に対し自殺しろとは言ってないと政美に訴えれば、私も僕もと次々に声が上がる。


 政美もそう言えば誰が言い出したのかと隆一を見れば、隆一の目が泳ぐのが分かる。


「隆一……」

「な、なんだよ。俺が言ったとでも言うのかよ!」

「そういや、隆一が部活の後輩に言えば、アイツの弟を虐めるのは簡単だって言ってたよな」

「あ、そうだ。確かに言ってた」

「なんだよ! 俺だけが悪いのかよ! お前らだって楽しそうに俺の提案に乗ったじゃないか!」


 そんな風に教室内では主犯格の二人だけがつるし上げられるところだったが、主犯のふたりから、皆が楽しそうに虐めていたと言われてしまえば、誰も反論することは出来ずに暗い顔になる。


 そして、体育館では按分の割合について教師と保護者達で揉めている。


「あんたが、校長として責任取って五割は出しなよ」

「そんな、五割っていくらになるか分かって言っているんですか!」

「そもそも、ここまで話が大きくなったのはあんたら教師が無視したからだろうが! 違うと言えるのかよ!」

「そ、その件に付きましては……」


 そう校長は口籠もると「お前のせいだろ」とでも言いたげに川村の方を見れば、川村は川村で「私が悪いのか」と言う顔になる。すると、担任である川村に気付いた保護者の一人が川村に対し「担任として言うことはないのか!」と罵声を浴びせる。


 すると、川村はムッとした様子で、校長からマイクを取り上げると「私は言いました」と保護者達に向かって言った後に、学年主任、教頭、校長の顔を順に見てから正面に向き直り、マイクに向かって話し出す。


「私は池内直樹君が虐められていることに気付いた初期の段階でここにいる上司の学年主任、教頭、校長へと報告しました」

「あのバカ……」


 川村がマイクに向かってそう話せばさっき上げられた三人の内の誰かが川村を否定する。そして川村が校長達には相談したという事実を聞いた保護者がまた憤慨する。


「校長、どういうことだよ! やっぱり、アンタが原因なんじゃねえか!」

「そうだ、そうだ!」

「校長一人で難しいのなら、アンタら四人と主犯の二人で分ければいいじゃねえか」

「そうだな。それが一番だな」

「え、ちょっと待って。四人って……校長、教頭、学年主任と……私ってこと? 冗談じゃないわ」

「はぁ何言ってんだアンタは。例え、校長達に止められたからって、虐め事態は教室でされているんだから、アンタが止めることは出来ただろうが!」

「え~」


 川村はさっきまではもしかしたら自分は払わなくても済むかもしれないと思っていたのに一転して責任者の一人として上げられてしまい憤慨するが、その保護者が言うことも尤もだと他の保護者もその発言に乗っかり、校長、教頭、学年主任と担任の四人で一組とされ、更に高橋隆一と田村政美の二人を加えて六人で按分を決めろと言われて緊急集会はお開きとなってしまった。


「もう、どうすんのよ! こうなれば池内君のお父さんに頼むしかないじゃないの」

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