第17話 侵入者

 赤羅を退けた数日後、都では恐ろしい出来事に出会ったという知らせが急増していた。水彩たちはそれらを史年らから聞いたのだが。


「邸の裏手に黒い影が!」

「夜、何かにつけられて……」


 そんな可愛いものならば、方違かたたがえでもしておけ、物忌ものいみでもしておけと言うことが出来るからまだましだ。


「め、目の前で牛車の牛の頭が消えた!」

「昨晩、主を迎えに行ったら奥方の邸で皆死んでいたんだ!」


 そんな話が聞こえてくるのに、一晩もかからなかった。顔面蒼白の人々を休ませ、屋敷に帰らせ、ようやく水彩たちが集まったのは夕刻になってからのこと。

 要は腕を組み、苦々しさを目一杯出した顔で口を開いた。


「向こうが本気を出してきたかな」

「赤羅のみなら、ここまでにはならないだろうね。他の誰かを向かわせたと考えるのが自然か」

「風花、そう思うか?」

「正直、あまり考えたくはないけどね」


 風花の眉間にしわが寄り、人差し指をそこへトントンと当てた。


「黄泉国の王が、本格的に動き出したんだろう。奴がどこまで本気で現世を手に入れようとしているかはわからないけど……」

「龍神と黄泉の王は表と裏の関係だ。あいつは、俺を飲み込み一体化してどちらの世界も統べようと企んでいるんだ」

「黄泉の王……。黄泉国には、王がいるのですか? 豊原国に龍神様がおられるように」


 要と風花の話は難しい方向へと進んでいく。その前に、と水彩は二人に問い掛けた。黄泉国と敵対関係にあることはわかっているが、あちらにも大きな力を持つ誰かがいるということだろうか。

 見れば、火沢も水彩と同様に状況を飲み込めていないようだ。反対に、黄泉国に血筋を持つ土宿は、神妙な顔をして黙っている。

 水彩の問いに対し、要が頷く。


「そう。豊原国で人のまつりごとを司るとは帝だが、その他の目に見えないものは俺の領分だ。黄泉国では、王がそれらを全て担っている」

「あちらは現世の裏側。日の光はなく、永遠の夜のような場所だと聞いている。そこには黄泉醜女を始めとした存在が生きていて、虎視眈々とこちら側を狙っているんだ」

「奪うだけでは、何も満たされない。それを知っているのは、満たされたことがあるものだけなのかもしれないな」


 それぞれの世で平穏に暮らせればそれで良いではないか、と要は昔黄泉国の王に言ったことがあるという。しかしその言葉は拒絶され、以来一度も言葉を交わしていない。


「二つの世を結ぶ道には、一つ橋が架かっている。その上で一度だけの邂逅だったが……」

「要様……」


 愁いを帯びる要の瞳に、水彩は何も言うことが出来ない。圧倒的に知識も経験も不足しているという自覚があるだけに、力になる一言を思い付きもしない自分が歯がゆかった。

 そんな水彩に気付き、要は努めて明るく笑ってみせる。


「そんな顔をしないでくれ。交わらないのなら、真正面からぶつかるだけだ。俺たちの世を奪おうというのなら、抵抗し続けるしかない。差し出してしまえば良いのかもしれないが、それでは俺の役目を果たせないからな」

「わたしも、お手伝いします」

「ありがとう、水彩。……きみは昔と変わらず、優しく強いな」

「昔? わたしと何処かで会ったことがあるんですか?」

「……さて」


 首を傾げた水彩に気付いているだろうに、要はそのことに関しては何も言わない。代わりに、全く別のことを口にした。


「水彩、きみの力で黄泉国からの新手がこれから向かう場所はわかるか? 自分自身の力を操ることはまだ難しいかもしれないけれど」

「やってみます」


 水彩は一つ息を吐き、大きく吸い込む。そして皆が注目する中で目を閉じ、神経を集中させる。都の何処かに潜んでいるはずの黄泉からの新たな敵、その向かう先を見付けるために。


「……」


 目を閉じている水彩は気付いていないが、彼女が力を使う時に体が淡く光る。それは点滅するように不安定なおぼろげな光だが、何度も力を使うことで徐々にその光は強くなっていく。

 水彩の瞼の裏に、ぼんやりとした人影が現れた。それらは近々、彼女のよく知る場所にやって来るとわかる。それは何処か、いつなのか。二つがわかった時、水彩は目を開けるよりも先に叫んでいた。


「火沢、後ろ!」

何奴なにやつ!」

「――おっと、危なかったぁ」


 炎が噴き出し、火沢の背後にいた誰かに向かって襲い掛かる。しかしその者は軽い動作でそれを躱すと、けらけらと笑いながら水彩たちを見回す。

 月明かりの中でも映える白い髪を頭の後ろで束ねた青年が、その黒い目を丸くする。


「驚いたぁ。流石、現世の御子みこの先見の力」

「お前が気を抜き過ぎなんだよ」

「手厳しいー」


 現れたのは、一人ではない。土宿の後ろに立った黒髪黒い瞳の男が、白い男を見てため息をつく。


「……気配、感じなかった」

「そりゃあ、見付かる前に全員見付けて殺すつもりでいたからな。そこにいる御子のせいで『見付かる前に』という前提は崩れてしまった」


 土宿の呟きに対し、黒い男は冷静に応じてみせた。小さく肩を竦めつつも、男の眼光は固い。


「殺す前に、我が名を教えておいてやろう。――黒曜という」

「俺は白蛇。でも、すぐに全員死んじゃうから。知っていても関係なんてないと思うけどなぁ」


 ケラケラと笑い、白蛇と呼ばれた男が伸びをする。次の瞬間、彼の手には大ぶりの剣が握られてた。


「さあ、死をいざなう戦いを始めよう」

「王のために」


 白蛇だけでなく、黒曜も得物を手にした。

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