第13話 鍛練

 鍛錬を始めて七日が経ち、水彩は少しずつ実践的な練習に入っていた。

 始めて数日後には風花と土宿も相手をするために来てくれ、動きの固い水彩を手助けしてくれる。

 この日、水彩は初めて剣に見立てた真っすぐに伸びた枝を持った。剣の扱い方を身に着け、赤羅たち黄泉醜女よもつしこめとの戦いに備えるためだ。


「さあ、何処からでもかかっておいで」

「はい」


 水彩の相手を買って出たのは風花だった。愛用しているという木刀は傷だらけで、凸凹している。それは彼が毎日のように鍛錬を続けた証であり、強さの裏付けだ。

 そんな彼を前にして、水彩は切り込む機会を窺う。当たり前のことだが、水彩から見れば風花に隙はない。


「……」

「どうした? 待っていては、相手に付け入る隙を与えるだけだ。自分から切り込むのは、怖いよな。いつ行けば良いのか、今で良いのかと恐ろしくなると思う。でも、自分が『今だ』と感じたら飛び込んで来い!」

「――はいっ」


 鼓舞され、奮い立たないわけにはいかない。水彩は元気良く返事をすると、一歩踏み込んだ。なるようになれ、と覚悟を決めた。


「やあっ」

「――っと」


 真っすぐに振り下ろした水彩の太刀筋は、風花に受け止められた。次はどうするのかと目で問われ、押してびくともしないことを察して一歩退く。

 退き、相手が踏み込んで来たところで身を屈めて相手の懐を狙う。勢い良く突き出された枝の先は、あと一歩のところで弾き返された。


「わっ」

「機転は良いな。後は、体が勝手に動くようになるまで何度もやるしかない!」

「――っ」


 枝を弾かれよろめいた水彩の目の前に、風花の木刀の先が突き付けられる。驚き尻もちをついた水彩に、風花は手を差し出した。


「怪我はないか?」

「はい。ありがとうございます」

「人相手の鍛錬は初めてだろう? 落ち込むだろうが、それを次に生かしてくれればそれで良い」

「……落ち込むなって言わないんですね」


 大抵こういう時、人は「落ち込むな」「気にするな」とするなということが多い。しかし風花は、しても良いと言う。それは何故なのかと水彩が思い尋ねると、風花はふっと柔らかく微笑んだ。


「おれもたくさん悩んで考えて、落ち込んで、そうやって戦ってきたからな。誰に何を言われたって、落ち込む時は落ち込むし、それで良いんだと思っているから」


 だから、きみは強くなれる。風花に背中を押され、水彩は「ありがとうございます」と微笑んだ。


「風花殿に言われると、そうなんだってすっと入って来る気がします」

「そう? ……さて、そろそろおれは引こうかな。あちらさんの気配が怖いや」

「あちらさん?」


 ほら、と風花が水彩の後ろを顎でしゃくる。そちらを振り返れば、何やら少し機嫌の悪そうな要がこちらをじっと見ていた。


「要様、来て下さったんですね!」

「あ、ああ。時折、彼らの鍛錬を見させてもらうんだよ。俺自身も相手をしてもらうこともある」

「そうなんですね」


 にこにこしている水彩に対し、要は何処か戸惑っている。まさか妬いていた手前きまりが悪い等、水彩には思いも寄らない。

 流石に要を気の毒に思ったのか、苦笑いを浮かべた風花が助け船を出す。


「要もやるか? おれは幾らでも相手になるぞ」

「助かる。思い切り行かせてもらうぞ」

「お手柔らかに」


 ガッという硬いもの同士が打ち合う音に驚きながら、水彩は火沢と土宿のもとへと移動する。二人は要たちから十分に離れたところで見物していた。


「お疲れ様、水彩」

「ありがとう、火沢。土宿殿も来てたのね」

「はい、風花殿に誘われて。……ここからは、本気の本気ですよ」


 土宿の言う通り、徐々に音が激しくなっていく。要と風花はそれぞれ余裕の笑みを浮かべながらも、その手元は鋭い手つきで木刀を操る。

 風花が跳び、要の頭上へと振り下ろす。それを間一髪で受け止め弾いた要は、一歩踏み込んで風花の懐へと撃ち込む。

 休むことなく繰り返される攻防に、水彩は啞然としていた。


「どっちも引かない……凄い」

「あの二人は付き合い長いらしいから。互いの手の内を知り尽くしているんだろうね。あたしじゃ、あんなふうにはならないよ」

「ぼくもまだ無理です。いつか、追い付きたいけれど」


 きゅっと拳を握り締め、土宿は前を向く。

 水彩たちが話している間にも、要と風花の引かない戦いは続いている。一進一退の状況で、勝敗はつかないものと思われた。

 重い音が響く中、


「……どうして、こんなに強いのに自分には戦う力がないなんて言うんだろう?」

「要様のこと?」

「そう。あれだけの身のこなしなら、子鬼くらいな難なく倒せそうじゃない?」

「そう、だね」


 歯切れの悪い火沢に、水彩は首を傾げる。どうしたのか問おうとした矢先、火沢が自ら口を開いた。


「要様、動きはああやってキレがあるんだけど……絶対に敵を傷付けられないの」

「傷付けられない?」

「そう。鍛錬なら、かなり強い。だけど、実践となるとあの方の刃は何にも届かなくなる」

「龍神は、守る力に特化した神様。水を司るけれど、要様はあくまでも化身。龍神そのものの力、水を操る力を持つわけじゃないんです」

「……つまり、要様がおっしゃる通りってこと?」


 火沢と土宿の話を聞き、水彩は再び鍛錬を続ける要と風花を見た。二人は動き続けることで汗をかいていたが、楽しげに木刀を交えている。

 その姿を、水彩は美しいと感じていた。

 二人の鍛錬はしばし続き、その横で水彩は火沢と土宿から初歩的な戦い方を教わる。土宿の力で土から人形を創り出し、それを相手に立ち回るのだ。


「さあ、かかってきて下さい」

「はい!」


 生きているかのように動く人形を相手取り、水彩は昼餉の時まで汗を流した。

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