土と共に生きるもの

第14話 土宿の正体

「はぁっ!」


 ザンッという音が響き、水彩の前で小鬼が灰となって消えた。肩で息をしながらも、初めて倒したという達成感を得て彼女の瞳は輝く。

 その背後で、炎が走る。敵を燃やし消した火沢が微笑み、ポンッと水彩の肩をたたいた。


「やるね」

「ありがとう! だけど、まだまだ足りないね」


 水彩の言う通り、小鬼は二体だけではない。

 再び赤羅と遭遇した水彩たちは、彼女の繰り出す小鬼に手を焼いていた。一方の赤羅はその場を離れるわけではなく、じっと彼女らを見詰めている。


「お前、何がしたい? 殺されたいからここにいるのか?」

「おおっと、怖いこと言うわねぇ。お前たちの力など、我々の力を持ってすれば風前の灯火。生かされていると思いなさい」

「――っ、一切当たらないか!」


 ヒュンッと音がした。風花が鎌鼬を放ったのだが、赤羅は涼しい顔で躱してしまう。

 彼女の豪語は豪語ではないのだと理解したが、それと倒すために動かないことは同党の意味を持たない。

 風花はそれでも赤羅を追い、赤羅はそれを鬱陶しく思いつつも一切手を抜かずに相手をしていた。

 風を躱し、赤羅は戦いの舞台となった廃屋の塀に手をつく。


「なかなか、しぶといわねぇ」

「しぶとくなきゃ、国を守ることなんて出来ないからな」

「それは大層な……っと」

「惜しい。躱されちゃったか」


 風花との無意味な会話を続けている間に、赤羅は己の足元が膨らんでいることに気付かなかった。突然ボコリと浮き上がった地面に足を取られ、体の均衡を崩しかけて持ち直す。

 見れば、風花の後ろに隠れるようにして土宿が立っていた。小鬼の相手は水彩と火沢に任せ、男二人はこちらに来たらしい。面倒な、と赤羅は眉間にしわを寄せる。

 一方加勢を受け、風花は軽く肩の力を抜いた。


「助かったよ、土宿」

「いえ。ぼくも共に」


 ぐっと拳を握り締め、土宿は赤羅と目を合わせる。


「ぼくの方が、おそらく彼女とは戦い慣れているので」

「……」

「あら、ぼうや。

「ぼくはそのままのぼくで良い、と認めてくれる人に出会った。だから、ここにいるんだ」


 赤羅の煽り文句にも、土宿は動じない。それどころか右手の拳を前に突き出し、土から飛び出す岩の塊で赤羅を追い詰めようとする。


「……土宿、どうしちゃったんだろう?」


 小鬼のほぼ全てを倒し終え、ようやく余裕の生まれた水彩が呟く。彼女の知る土宿は、大人しい少年で、あれほど好戦的ではなかったように思える。

 軽い驚きを見せる水彩を見て、結界の修復に力を裂いていた要が近付いて来た。


「まだ言うつもりはなかったんだが、彼女がいつ言うかわからない。先に伝えておこう」

「何をですか、要様?」


 ドクン、と水彩の胸の奥が痛む。何か、重要な秘密を打ち明けられる予感がした。


「……」


 火沢はと言えば、最後の小鬼の生き残りを倒し終えたところだった。燃やし尽くし、水彩たちと風花たちを見比べている。もしも赤羅が要たちに向かって動けば、すぐさま応戦する用意があるのだ。

 彼女に見守られながら、水彩は要の言葉を待つ。要の更に後方では、風花と土宿が赤羅と一戦交える様子が鮮明に見えた。

 あの子は、と要が言う。


「あの子は、人ではない。土蜘蛛という種族の子で、鬼に近い存在なんだ」

「土蜘蛛……」

「そう。大昔、黄泉国から現世へと住まいを移し、龍神への忠誠を誓った一族。その一族の末裔が、土宿なんだよ」

「もともとは黄泉の者だったということですか?」


 それは、初耳だ。水彩は目を丸くし、要越しに土宿を見やった。

 都での暮らしに慣れない水彩を気遣い、風花らと共に何度か都の中を歩いたことがある。市場は賑やかで、水彩は祭りでもやっているのかと思い違いをしたくらいだ。土宿はおいしい桃や栗を売る店を教えてくれたり、道案内を買って出てくれたりした。見た目は年下で、かわいらしい。そんな土宿が鬼に近い黄泉国に源を持つということに、水彩は少なくない驚きを嚙み締めた。

 水彩の問いに、要は頷く。


「何世代かに一度、土蜘蛛の中でも先祖返りをする子が生まれる。そういう子は出来る限り早く、俺の……龍神のもとへと行くよう世話されるらしい」

「その先祖返りが土宿ということなんで……っ」

「水彩? どうした、水彩!?」

「水彩!」


 要と火沢の声が遠く聞こえ、水彩はその場にうずくまった。頭が割れるように痛み、その痛みの向こう側に何かの風景が映し出されている。頭痛を感じながらも目を凝らした水彩は、未来視の結果だと思われるそれに目を見張った。

 見えたのは、うずくまる土宿の姿。彼は土ではなく闇の気をまとい、叫びながら血の涙を流している。彼の傍には、赤羅とは違うが雰囲気のよく似た誰かが立ち、肩に手を置いていた。


(誰、あれは……?)


 顔は見えない。しかし、少し離れて立つ水彩にも、その者が嗤っていることは明らかだ。声もなく、肩を震わせることもなく、ただ蔑むように嗤っている。哀れだな、と。


「……せよ。わ……よ」

「貴方は誰? 土宿から離れて」


 ぼそりぼそりと呟かれる枯れた声に、水彩は言い返す。聞こえるとは思っていないが、言わない理由もなかった。

 しかし、水彩は驚くことになる。土宿の姿がゆっくりと薄くなり、消えていく。反対に謎の人物がぐりんっと水彩の方に首を向けた。

 変わらず、表情は黒く塗り潰されて見えない。しかし、その笑みは感じ取ることが出来た。ぞっとする声が、水彩に叩きつけられる。


「……は、いつ……だろう」

「何が言いたいのかは知らない。だけど、だけど……わたしたちは負けない。貴方の思い通りには、絶対にならない」


 撥ねつけるように、自らを鼓舞する意味を込め、水彩は言い切る。震えそうになるのどを叱咤し、キッと険しい表情を浮かべて。

 黒いそれが、何を言い返してきたのかはわからない。不意に目覚めた水彩は、要に抱きかかえられていることを知って、一気に赤面した。


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