第15話 気持ち新たに

 激しい頭痛と共に目を覚ますと、水彩は要に抱きかかえられていた。その事実を受け入れるまで、しばしの時を要する。


「……かなめ、さま?」

「目覚めたか、水彩。突然気を失ったから、驚いたぞ」

「ここ……え? えええっ!?」

「さ、叫ばないでくれ」

「ごめんなさいっ」


 急に耳元で叫ばれ、要は困った顔をした。それでも、腕の中の少女を取り落とすことはない。

 水彩も胸の奥をドキドキと高鳴らせながら、申し訳なくなって謝る。そしてもう大丈夫だと指で示し、下ろしてもらった。

 足を地につけ、現状を把握しようと周りを見回す。すると、赤羅に対峙し激しい攻防を繰り広げる土宿たちの姿があった。


「土宿殿……」

「土宿は赤羅に、黄泉国へ戻れと言われた」

「えっ」


 思いがけない言葉に、水彩は要を見上げた。すると要は苦虫を噛み潰したような顔で頷き、土宿を見る。


「土宿は先祖返りで、使おうと思えば闇の……黄泉の力も使える。土の力でさえもあの威力だから、先祖の力を使えばどうなるか計り知れないが」

「俺たちがさせないよ、そんなことは」

「風花殿、火沢も」


 気付けば、要と水彩の傍に風花と火沢が立っている。二人は戦闘態勢を解かずに、水彩と要めがけて飛んでくる赤羅からの攻撃を全て跳ね返す。

 それから水彩の傍に来た火沢が、彼女の肩を軽くたたいた。


「水彩、土宿の名前を呼んであげて。あの子、このままなら引きずり込まれてしまうけど、水彩の声なら届くから」

「火沢……?」


 どういう意味か分からないまま、水彩は戦いに集中する土宿へと視線を移す。

 土宿はといえば、刃物を取り出した赤羅相手に岩の盾で応戦していた。手の甲から腕を覆う盾は手甲に似ていて、土宿は接近戦で赤羅の剣をさばいている。

 彼の表情は必須そのもので、普段の戦いにはない迫力があった。

 そして、見た途端に水彩は思い出す。気を失っていた間に視たものを。あれが先の時に起こることだというのならば、きっと今が変えられる好機だ。


「――土宿殿! 貴方はもう、独りじゃない!」

「水彩どの……? くっ」

「余所見させるとは、下に見られたものねぇ?」


 キンッと土宿が赤羅の刃を弾く。

 赤羅の顔に、ニヤリと余裕が生じたのを水彩は見た。しかし、彼女は呼びかけを止めるつもりはない。


「貴方が何者であろうと、わたしたちは貴方と共にいる。だから、迷わないで」

「みずさ……」

「そんな安っぽい言葉一つで……っ。ふぅん?」

「ぼくは、安っぽい言葉一つでも心が動くんだ」


 土宿の手甲が形を変え、刃を生じさせた。それが赤羅の刃を弾き、攻め進む。防戦一方だった土宿の動きが変わったことで、赤羅の戦術は変化を求められる。


「ちっ」


 足元が動き、赤羅を邪魔する。大地を味方につける土宿の戦い方は、火を操る赤羅の苦手な相手だ。土をかけられれば火は消えてしまう。

 見れば、小鬼たちも全てがされている。こちらは一人、あちらは誰も倒れていない。数の分が悪いのは明白だ。


「……頃合いか」

「……」


 土宿が刃を引くと、赤羅はトンッと後ろへ跳んだ。そしてそのまま、闇に体を溶かして消えてしまう。赤羅を見送り、土宿はようやく息を吐いた。


「ぼくは、ここで生きていく」


 呟かれた言葉は、そのまま風に乗って行ってしまう。土宿は肩の力を抜き、仲間の方を振り返った。


「驚かせてごめんなさい。水彩殿、ありがとうございます」

「そんなっ。わたしこそ、何も知らなかったから……。要様に聞いて、火沢に背中を押されなかったら言えなかった」

「知らなくても良いんです。水彩殿の気持ちが、ぼくは嬉しかったので」


 何か吹っ切れたらしい土宿の表情に、要たちも顔を見合わせ笑い合う。


「土宿は、俺たちの中でも異色の存在だから。少し気負い過ぎているように感じていたんだ」

「要様……」

「でも、水彩を加えて五人になった。これからが、黄泉国との戦いの本番だと考えている。……おれたちで、この国を守り切ろう」


 要の言葉に、水彩を含む四人はしっかりと頷いた。風花が胸を叩き、ニヤリと笑う。


「当然だろ、要。風に誓って、お前もこの国も、その平穏を守るよ」

「あたしも! 風花にも土宿にも頼るけど、一番強くなってやるから」

「ぼくも、ぼくを受け入れてくれた人たちのために頑張りたい。黄泉の血を引いていても、手を差し伸べてくれたみんなのために」

「わたしも、わたしの役割を全うしたい。みんなと一緒に、やれることは全て」

「風花も火沢も土宿も……水彩も。俺を一人にしないでくれてありがとう」


 それぞれが気持ちを新たにしたその夜、現世とは別の場所で別の動きが表れていた。


 黄泉国の城において、赤羅はとある者の前にひざまずいていた。姿勢を正し、こうべを垂れる赤羅の話を聞いていた何者かは、ふむと顎に指をあてる。


「目覚めつつあるのか、現世の御子みこが」

「はい。……早々に殺せなかったこと、お詫びのしようもございません」

「良い。鬼が一人、味方についているのだ。更に龍神と風、火の一族の末裔も。厳しい言い方をするが、お前一人では到底太刀打ち出来まい」

「……はっ」


 反論のしょうもない。事実、赤羅は小鬼の大半を喪った。彼女の力も、現世では充分に発揮することは難しい。

 黙ってしまった赤羅に視線を投げかけていた影は、ふっと息を吐くと背後に控えている者たちへと声をかけた。


「ここから、現世を崩し破壊しろ。手段は問わぬ。赤羅含め、お前たちには期待している」

「「御意」」

「……御意」


 二つの気配が影の後ろから消え、赤羅の姿も消える。己のみになった城で、影はほくそ笑んだ。

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