未来を視る娘は龍神の幸せを希う

長月そら葉

第1章 未来を視る少女

豊原国のある村にて

第1話 十年前

 気付くと、そこは見知らぬ景色の中だった。

 母を呼べど、父を呼べど、誰も応じる者などいない。ただ一人、明るい森の中に取り残されていた。つまり、あの時のわたしは迷い子だったのだ。


「ははうえぇ……ちちうえぇぇ……どこぉ……?」


 泣きじゃくり、視界が不明瞭になって転ぶ。また泣き出し、立ち上がって歩く。それを何度繰り返したかわからない。

 わたしはあてもなく歩き回り、歩き疲れて偶然見付けた泉の前で座り込もうとした。しかし、足の力を抜く前に踏み止まる。


「あれ、なに?」


 目に映ったのは、泉の傍に落ちている何か。その正体を知りたいという好奇心に突き動かされ、わたしはそろそろとそれに近付いた。


「……へび?」


 白い塊のように見えたそれは、ぐったりとした白蛇だった。本物の蛇を見たことがなかったわたしは怯えつつも、元気のない蛇を助けたくて抱き上げた。

 日向にいたため木陰に連れて行き、大人の手のひらくらいの大きさのある木の葉を千切って泉の水を汲み、忘れていた懐の握り飯を取り出した。あの時、何故あれだけ動けたのかはわからないが、当時必死だったのだと思う。


「おきて。めをさましてよ」


 蛇が言葉を喋るはずもなければ、人の言葉を解するわけもない。今ならばそれもわかるが、たった五つのわたしにはわからなかった。

 それでもぐいぐいと握り飯の端を蛇の口元に押し当てていると、うっすらと深紅の目を開けた。わたしはその美しい色に魅入られそうになり、慌てて握り飯をもう一度蛇の口元へ持って行った。

 蛇は首を傾げ、それから少しだけかじってくれた。その後、完全に目を覚ましてその握り飯を食べ切ってしまったのだ。


「げんきになった? よかったね」


 白蛇はわたしにすり寄り、怖くはなかった。だからわたしも蛇の頭を撫でて、一緒に過ごせたのだと思う。

 それから数日間、わたしは泉の傍で白蛇と共に過ごした。

 蛇は握り飯を食べて水も飲んで元気になったのか、疲労で眠ってしまったわたしが目覚めると木の実を幾つも持って来てくれていた。空腹を我慢出来なかったわたしは食べられる、見たことのある木の実を頬張った。夜はふたりで寄り添って眠り、日のあるうちは食べ物を探した。


「おはよう、へびさん。……へびさん?」


 三日目の朝、目覚めた時にはもう白蛇はいなかった。探しに行こうと立ち上がった時、遠くからわたしの名を呼ぶ声が聞こえて家に帰ることが出来た。

 両親に心配したと叱られながら、わたしは白蛇とのことは胸に仕舞っておこうと幼心に決めていた。きっと、誰も信じはしないから。


 それから、十年の時が流れた。

 何処にでもいる普通の女の子だったわたしは、その日を境に運命というものに巻き込まれることになる。十五歳となった直後のことだった。

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