選ぶ未来

第20話 蘇る記憶

「要、さま? どうして、倒れているんですか、要様!」


 要による手助けがないにもかかわらず、水彩は懸命に体を起こして要の傍に崩れ落ちるようにして座り込んだ。どうして良いのかわからず、胸の奥が混乱している。涙はあふれているのに、妙なほど目の前が鮮明に見えた。

 要の白い髪に赤いものがついている。視線を移せば、彼の胸からは赤いものがじわじわと地面に広がっている。美しい衣が赤く染まり、白い肌が青白く見えた。

 焦り混乱し、どうしたら良いのかわからない。途方に暮れる水彩を追い込むように、赤羅がケラケラと嗤った。


「あーあー。そんなに揺すっちゃ、助かるものも助からないわよ?」

「……」

「龍神って斬れるのね。てっきり弾き飛ばされるかと思ったけれど。これで、私をコケにしてくれた白蛇と黒曜に胸を張れるわ」

「……さない」

「何か言ったぁ?」


 余裕綽々の体で、赤羅は水彩の後ろに立った。その手には黄泉醜女の力で巨大化した歪曲した剣が握られ、いつでも水彩を両断する支度が整っている。

 今まさに、無言で剣を振り下ろす赤羅。しかし、その刃を阻む一陣の風が吹き荒れる。


「!」

「誰よ!?」

「みず、さには……手を出させ、ない」

「風花、どの」


 目を覚まし、這いつくばりながらも風花は手を前へと突き出していた。そのお蔭で一命を取り留めた水彩は、振り向きざまに赤羅の剣を己のそれで弾く。


「――っ」


 カランカランッと赤羅の剣が転がった。

 思わぬ反撃に、赤羅の顔が怒りで一気に赤くなる。剣を拾う時間も惜しく、彼女は目の前で毅然きぜんと己を睨み付けてくる水彩の頬を蹴りつけた。

 声もなく飛ばされた水彩は、風花の傍に倒れ伏す。


「う……」

「水彩、生きてるな?」

「はい……」


 手で上半身を支え、立ち上がろうとするが上手くいかない。力が入らず震えていた水彩の体が、ゆっくりと浮き上がる。

 見れば、風花がわずかな力で水彩を支えていた。それに気付いた水彩は息を詰め、風花に向かってかぶりを振った。


「だめ、ですよ。力を使ったら。それは、風花殿の体に……」

「おそらく、この事態を打開出来るのはきみだけだ。だから、俺はきみに賭ける」

「何を」


 何を言っているのか。水彩は戸惑うまま、視線を上げる。目に飛び込んできたのは、今まさに要の首をねようとしている赤羅の姿だった。


「かな、め……」

「きみは、だ。だから、大丈夫」

「十年……!」


 風花の言葉で、水彩の記憶が鮮やかに蘇る。先ばかりに意識がいき、過去を振り返る余裕などない。それでも、幼き日の美しい蛇との出会いが一瞬のうちに思い出された。


(そう、だったんだ)


 あの時、寂しい自分によりそってくれていた小さな白蛇。その正体に気付き、水彩はきゅっと唇を引き結ぶ。

 やけにゆっくりと動く視界の中、水彩は己の中に生まれた光に気付く。それは烈しく輝き、外に出たいと訴えかけていた。

 水彩は光の求めるがまま、僅かに残った力を込めて一歩踏み出す。要を赤羅の刃から救わなければ、その一心で手を伸ばした。


「要様っ!」

「み、ず……」

「死ね、この死に損ないが!」


 三人分の声が重なり、響く。

 赤羅の刃よりも一瞬だけ早く滑り込んだ水彩は、胸の前で指を組んだ。祈るように重ねた手をしっかりと握り締め、声の限りに叫ぶ。


「あああぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 水彩の叫びと共に、眩い光が爆発を起こした。

 要を仕留めようとしていた赤羅は、爆風に耐え切れずに吹き飛ばされる。同様に叩きつけられることを察して覚悟を決めた風花は、自分の周りを風が避けていくことに気付いて目を細めた。


「……水彩、目覚めたのか」




 一方、水彩たちを先に行かせた火沢と土宿。二人は白蛇と黒曜を相手に善戦したものの、圧倒的な戦力差を見せ付けられ膝を折りかけていた。

 何度も斬られ、素朴で美しかった衣は破れてボロボロになっている。結んでいた髪は紐を失い、汗をかいた顔に一部が貼り付いていた。

 火沢は打ちのめされた足を引きずりながら、まだ燃えている瞳を真っ直ぐに敵へ向ける。


「――っは。諦めて、たまるか」

「よく頑張るなぁ? 正直、ここまでとは思わなかったよー」

「足止めされるのも飽きた。さっさと殺して追うぞ、白蛇」

「わかってるって」


 歌うように言うと、白蛇は足元の何かを蹴る。うっと呻くそれは、息も絶え絶えな土宿だった。

 土宿はそれでも、震える手で白蛇の足を掴む。行かせない、とその目が明確に語っている。

 しかしそれは、白蛇にとって鬱陶しいもの以外の何ものでもない。チッと舌打ちすると、赤く濡れた刃をかざした。


「黒曜も言ってたけど、王がお待ちなんだ。現世に幾つか仕掛けはしたけど、お前たちをればそれらの出番もなくなる」


 にこりと微笑むが、そこには冷たいものだけが宿る。


「じゃあね」


 黒曜は先に歩き出している。それを追わねば、と白蛇はその刃に力を込めた。二人が今後一切立ち上がることのないように、念入りに。

 しかし、白蛇は振り上げた手を止める。黒曜も足を止め、眉間にしわを寄せた。


「……?」

「何だ、この気配は」


 激しい、光の気配。白蛇と黒曜は忌々しげに顔をしかめると、自らが作り出した闇の中に消えた。

 一方、残された火沢と土宿はのろのろと重い瞼を上げる。そうしなければならない気がした。


「あれは……」

「みず、さ……?」


 火沢の呟きを残し、辺りは白い光に包まれた。

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