第18話 先に行け

 にっこりと笑った白蛇だったが、次の瞬間には風花を殴り飛ばしていた。


「がはっ」

「風花!?」


 要が叫ぶ間もなく、風花は清涼殿の柱へと叩きつけられる。激しく咳込み、風花はよろめきながらも立ち上がった。

 動けなくなると思っていた白蛇が「へぇぇ」と薄く笑うのを見て、風花は咳込みながらもその眼光を鋭くした。


「貴様ら、何者だ?」

「きみ、意外と丈夫だね? 一発で仕留められると思ったんだけどなぁ」

「問いに答えろ!」


 ふざけた態度を崩さない白蛇にいら立ち、風花が力を使う。暴風が起こり、近くにあった木々から多くの葉が狂い落ちた。

 風の勢いは、そのまま風花の気持ちを表す。しかし白蛇は余裕の表情で彼の風を受け止めると、受けた右手を軽く振った。

 その瞬間、倍速の風が巻き起こり、風花を再び吹き飛ばす。再び背中から叩きつけられた風花は、流石にすぐには動けないようだ。

 突然の出来事に硬直していた火沢が、我に返って瞳に炎を灯す。


「風花に何をする! お前たちは何者だ!?」

「名乗ったじゃん。白蛇と黒曜だってば」

「だからっ……誰の差し金だ!」


 激しい火花と共に炎の柱が立ち上る。火沢はいつになく真剣な表情で、倒れた風花を守るように前に立った。そして、拳を突き出したまま振り返らずに叫ぶ。


「水彩!」

「か、火沢……」

「ここはあたしが食い止める。だから、要様と土宿と一緒に逃げて!」

「――逃げる?」


 何を言われたのかわからなかった。頭が理解することを拒否し、水彩の動きを鈍らせる。


「みず……」


 いち早く風花のもとへと向かい手当てをしていた要は、そんな彼女に声をかけようとした。しかし、それよりも早く小さな影が動く。


「水彩殿、要様と風花殿と、早く!」

「つち、やど……」

「ぼくが本気を出す。そうしたら、きっとこの辺り一帯が吹っ飛んでしまうから。他の人たちも早くここから逃がして下さい」

「つち……」

「お願いします」

「土宿殿!」


 水彩の制止を振り切り、土宿は動かない黒曜の足元を割った。普通ならばその割れ目に体を取られ、動けなくなる。

 黒曜は足元が崩れると見るや、すぐに地を蹴り割れ目の届かないところへ移動した。軽く息をつき、ぎろりと少年を睨み付ける。


「良いのか? ここがお前の墓場となるぞ」

「簡単に死ぬとでも? ぼくらは、ずっとあの方を支えると決めているんだ。その約束を果たすために、死ぬわけにはいかない」


 敵の煽りに冷静に返し、立ち去る様子のない水彩を振り返りざまに怒鳴りつけた。


「早く!!」

「――っ、後でね!」


 まさか、あの幼くあどけない土宿が怒鳴るとは。それ程、事は深刻なのだ。咄嗟に理解した水彩は、風花をおぶった要と頷き合って駆け出した。


「まだ朝早い。……大内裏にいる全員をそれぞれの邸へ転移させる」

「要様!?」


 全員の転移が出来るのか。水彩が問う前に要は人差し指と中指を立て、口元に指先をあてて何かを呟いた。それが転移の呪文だったと水彩が知ったのは、一帯から人の気配が消えた後のこと。

 要は気を失った風花を背負い直すと、走る速さを上げた。


「水彩、俺たちも行くぞ。――手を」

「は、はいっ」


 差し出された手を掴むと、再び要が何かを呟く。彼の額から玉のような汗が噴き出し、その力がかなりの消耗を必要とすることがわかった。


(せめて、負担を軽く出来ますように)


 体が浮かぶ感覚に陥り、水彩は繋いでいた要の手をしっかりと握り締めた。そのまま、視界は真っ白に染まる。




「行きましたね」

「うん」


 水彩たちの気配が消え、土宿と火沢はほっと息をついた。何かあってはいけないが、あったとしても要と風花がいれば何とかなる。

 二人は彼らとまた会うために、目の前の敵を倒さなければならない。全力で。


「――にーげちゃったかぁ」

「!?」


 胸を撫で下ろしたのも束の間、至極残念そうな声に、土宿と火沢は振り返る。そこには、欠伸をする白蛇と腕を組む黒曜の姿があった。


「残念。一気に片付けて、土産にしたかったのに」

「仕方がないだろう、白蛇。こいつらをさっさと片付けて、後のを捕えれば良い。それに、王のお望みは龍神の命だけだ」

「それもそう……だね!」

「させない!」


 白蛇に正面から襲い掛かったのは火沢だ。手には炎で形作られた剣が握られている。火の粉を撒きながら燃え盛る剣の刃を持っていた得物で受け止めた白蛇は、つまらなそうにそれを弾く。

 引き下がった火沢に代わり、土宿が土を操って盛り上がらせる。二つの壁のように土を形作らせ、黒曜を挟み撃ちにしようとした。その間、瞬き一つ分の時しか要していない。


「おっと」

「――っ」


 しかし、黒曜はそのわずかな間であってもひらりと躱し、着地する。息を吞んだ土宿は、胸の前で両手をパンッと合わせた。


「火沢殿、ぼくの後ろに」

「――わかった」


 火沢を背後に隠し、土宿は渾身の力で拳を地面に叩きつける。ドッという音と共に土が丸く凹み、その凹みの範囲は一挙に拡大する。丁度大内裏と同じ広さを沈ませると、建物が音を立てて崩れ始めた。

 バキッバキッという轟音を聞きながら、土宿は更に力を籠める。地面の凹みは地割れへと発展し、一帯を吞み込んだ。

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