見ている目

第10話 赤羅

 ある夜、水彩たちは鬼門近くのあばら家にいた。黄泉のモノが集まっており、近くに住む人々が怖がっていたのだ。

 火沢が黄泉のモノだけを燃やす炎で全てを灰に帰すると、ようやく気が変わる。機嫌の問題ではなく、その場の空気が清らかなものへと変化したのだ。

 息がしやすくなり、水彩は大きく息を吸って吐いた。傍に戻って来た火沢をねぎらってから、炎の美しさを思い出して微笑んだ。


「凄く綺麗だった、火沢の炎。橙色で」

「ありがとう。炎には、浄化の働きもあるからね」

「風で吹き飛ばすか、炎で焼くか。そして、土に埋めてしまうか。この辺りがおれたちの戦い方だな」

「……埋めるというより、潰すじゃない?」


 風花の説明に、火沢が冷静に突っ込みを入れる。水彩はまだ見たことはないが、土宿のそれは容赦ないらしい。

 それほどまでなのかと水彩が土宿を見ると、彼はぶんぶんと首を横に振る。


「そんなことないです。ぼくは、二人よりもまだまだ弱いから……もっと色々出来るようにならないとです」

「確かに、土宿は守り人になって日は浅い。だが、その分相当の努力をしている。決して卑下する必要はないよ」

「……ありがとうございます、風花殿」


 自信なさげに微笑む土宿の頭を優しく撫で、風花は傍観していた要へと目を移す。要はと言えば、目を閉じて右の手を広げて腕を伸ばしている。


「要、今回はどうだ?」

「うん……、ここにはいないみたいだ」

「そうか」


 嘆息した風花もまた、そよ風を空き家の周囲に巡らせた。黄泉のモノの気配は完全になくなり、水彩も今は何も視えない。

 要と風花の様子を不思議に思い、水彩は要に問いかけた。


「要様、何かお探しなんですか?」

「ああ、そうだ。探しているというか、こういう時何処かにやつらが隠れているんじゃないかって思ってね」

「やつら?」

黄泉醜女よもつしこめと呼ばれる、黄泉国の将軍たちだ」


 黄泉醜女とは、神話の時代に黄泉国の神の手先として前線に出ていた者たちの総称だという。女という文字が使われているからと言って、女であるという縛りはない。黄泉退治で相手をするモノは力の強くないものが多いが、黄泉醜女はその格が違う。


「彼らは姿かたちだけを見れば、ただ人と何も変わらない。ただし光を嫌い、血を見ることをいとわず、現世を憎悪している。……やつらにこの国を渡さないためにも、俺たちは結界を守り続けなければならない」

「黄泉国の目的は、現世をも我がものとすることだ。瘴気しょうきで包み込んでしまえば、日の光は届かないから」

「黄泉醜女……」


 要の話を引き継いだ風花が話すのを聞きながら、水彩もまた瘴気の残滓を探そうと感覚を研ぎ澄ませる。しかし当然のごとく、捕まえることは出来ない。土宿と火沢は出会ったことがあるのだろうか。聞いてみると、二人は首を横に振った。


「ぼくもまだ、出会ったことはないよ。話に聞くだけ」

「あたしも。いつでも迎え撃つ支度は済んでるのにな」

「何を言って……っ!?」


 残念だと肩を竦める火沢に微苦笑を向けていた水彩は、不意に強烈な寒気を覚えてその場に立ち尽くした。それは火沢や要たち以外の敵が発する気迫とはまた違う殺意に似たもので、水彩は気配の方向に目を向ける。

 そこに立っていたのは、一人の女だった。肌の露出の多い小袖を着崩したような黒い衣を身に着けている。


「あらぁ、こんなに虫けらが。ここ最近一掃されるのが早いなと思ったけれど、あんたたちの仕業だったのね」

「誰……?」


 水彩は喉を鳴らし、傍にいた火沢の袖を掴んだ。怯えが浮かぶ瞳に映るのは、長身で勝気そうな鋭い目線を送って来る女。

 現世では見たことのない真っ赤な血のような色の長髪が風になびき、深淵のような真っ黒な瞳には感情が見えない。にこにこしているはずなのに、そこに冷気しか感じられないのだ。ちらり、と髪の間から角が覗く。少なくとも、人ではない。

 女は初めて水彩の存在に気付いたかのように目を見開き、それから舌なめずりをする。その舌は、鮮烈な赤さだ。


「あんた……最近入っただね。先を視る瞳を持った、難儀な」

「あ、貴女は一体誰ですか!?」

「――黄泉醜女の一人だろう。俺は初めて会うけれど」

「この、人が」


 人と言って良いのかすらわからない。困惑しながらも、水彩は要の言葉を頭の中で反芻はんすうした。角を持ち冷たい雰囲気をまとう彼女が、黄泉国の実力者の一人なのだと。

 黄泉醜女と言い当てられた女は、ふっと目を細めて何処からか取り出した真っ赤な扇を口元にあてる。


「おお、怖い怖い。龍神の貴方がそんな顔をしていては、現世の者たちは怯えるでしょうに」

「憂いなど要らない。お前たちがいなければ、俺もこんな顔をせずとも済む」

「ま、お互い様だね」


 クッと鼻で笑った黄泉醜女は、さてと見回し扇を畳んだ。


「わらわの名は、赤羅せきら。今宵は挨拶代わりに、こちらを置いて行こうか」


 赤羅と名乗った黄泉醜女は、再び扇を開いて風を起こすように振った。するとその風に乗り、赤黒い塊が幾つも舞い上がる。それらは地に着く前に形を変え、うごめく。


「あれは、何……?」

「黄泉醜女の眷属の中でも雑魚だよ。だけど……数が多いね」


 チッと舌打ちした火沢が炎を散らすが、難なく避けられてしまう。明確な形を持たないそれは、四本の足を生やして動き始める。


「我が眷属、小鬼とでも呼ぼうか。……まあ、名なんて何でも良い。お前たちが二度と見ることはないだろうからねぇ!」

「待て!」


 赤羅は高笑いと共に黒煙の中に姿を消し、追おうとした要は小鬼に進路を阻まれた。


「くっ」

「要、こいつらを浄化するのが先だ。道を通ったのなら、こちらには打つ手がない」

「わかっている。……始めよう」


 要の一声を受け、守り人対小鬼の戦いが幕を開けた。

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