第11話 小鬼

 赤羅せきらが小鬼と名付けて放っていったモノたちは、うじゃうじゃとそこら中にいた。よく見れば体には真っ赤な線が入り、赤羅の眷属であることを示している。

 てんでばらばらに動く小鬼たちに対し、水彩たちも応戦していく。火沢が飛び出し、固まっていた小鬼の上から炎の球を撃ちつける。

 キーッという甲高い声を上げ、小鬼の一部が黒焦げになってサラサラと灰になり風に溶けて行く。残りに対して再び火炎を撃ちながら、火沢は勢いのままに叫ぶ。


「灰になれぇっ!」

「物騒だな、火沢は」

「手加減なんてしていられないでしょ」


 呆れ顔の風花に言い返し、火沢は次々と小鬼を倒していく。

 火沢にはため息交じりに言った風花だが、彼も手加減をする気はサラサラない。飛びかかって来た小鬼を目の前で風によって叩き落とし、はたくようにして横へと吹き飛ばす。更に風花の風は刃にもなり、吹き飛ばした小鬼を真っ二つにして消した。


「……これ、どれだけいるんだ?」

「作った者が姿を消しましたから、それ程長くはも

 たないと思いますけれど」

「数さえ減らせばってことか」


 土宿の答えに頷き、風花は生み出す風の勢いを強めた。風を幾つかにわけ、それぞれを別の子鬼の下へと投げつける。

 風の塊を受けた子鬼はギュッという悲鳴を上げ、飛散して消える。水彩の目の前まで迫ったモノもいたが、容赦のない風に吹き飛ばされた。


「……ありがとう、ございます」

「怪我をされても目覚めが悪いからな。水彩殿には水彩殿のやるべきことがある」

「はい」


 ふっと微笑み、風花は水彩と要を守るように風の塊を配置する。四方を囲まれたが、それで衣の裾が揺れることはない。その代わり、外側では風が暴れて子鬼たちを吹き飛ばし、切り裂く。

 水彩は火沢たちの活躍を見詰め、息を整えた。まだまだ皆の役に立つには程遠いが、視えるものが時折彼らを助けてくれる。


(お願い。……ううん、必ず見付ける!)


 自分の意志で、仲間を勝ちへと導く。水彩はちらりと脳裏に過ったものに手を伸ばし、捉えようとした。

 それは、土宿の背後に忍び寄る影。何処に隠れていたのか、積み重なって大きくなり、土宿を押し潰そうとしているらしい。その決行まで、わずかしかない。


「土宿殿!」

「!?」

「後ろ、来るよ!」

「――破っ」


 水彩の警告を受け、土宿は振り向くと同時に両手を前へと突き出した。開いた手のひらの前に、分厚い土の壁が立ち上がる。

 土の壁の外側には、水彩の視た通りに小鬼が寄り掛かった。組み上がり雪崩れるように襲い掛かろうとしていた小鬼たちは、まさか阻まれるとは思わなかったらしく、困惑の鳴き声を上げている。


「戸惑っている暇があるのなら、さっさと逃げれば良いのに」


 ぼそりと呟いた土宿が、パチンと指を鳴らす。すると、音もなくもう一枚の壁が小鬼たちの後ろにそびえる。その壁と手前の壁が引き付けられるように近付き、挟まれた小鬼たちを潰す。

 壁と壁の間から、小鬼の残骸である黒い霧のようなものがくゆって消える。それはあまりにも呆気なく、同時に大きな力が働いたことが水彩には感じられた。鳥肌の立つような感覚に陥り、水彩はその力の源を探す。


「……土宿、どの?」

「怖がらせちゃったかな。ごめんなさい、水彩殿。もう少しだけ、我慢して下さい」


 水彩の視線に気付き、土宿は申し訳なさそうに会釈した。そんな少年の表情に、水彩は痛みに似たものを覚える。だから、とっさに土宿の狩衣の袖を掴んだ。


「違う、土宿殿が怖いんじゃない。あなたが何者であろうと、共に戦う覚悟を持っています。……土宿殿が怖いんじゃないの。あなたの力に圧倒されただけ」


 凄いって思ったの。水彩は本心からの言葉を言ったつもりでいるが、土宿の表情はわずかに曇ったままだった。

 それでも土宿は力を行使し、風花や火沢を時に援護しながら小鬼を追い詰める。壁は大きく、一度に何十体もの小鬼を消し去ってしまう。

 そうして最後の小鬼を火沢の炎でこの世から消した後、ほっとする間もなく、要が場の浄化を行う。

 その姿を見て、水彩は自分が戦う力を持たないことが悔しいと感じた。


(何も出来ない。予知で必ず防げるとは限らないのに。……どうしたら)


 無事に赤羅の子鬼を全て倒した守り人たちの背中を見ながら、水彩は一人黙していた。



 水彩たちから目視出来ない距離で、一つの人影が月を背にして立っていた。とある権威ある社の屋根だが、彼女らには何の効力もない。


「……なかなかやるわね。これは報告案件かしら?」


 気配を消して眺めていた赤羅は、それ程驚いていない声色で呟く。そして、ある人物に目を留めて鋭く目を細めた。


「あれは……やはり……ふむ」


 尖った顎に指をあて、少し考える仕草をした。その上で、何かを思い付いたらしく赤い唇を弓なりに曲げる。


「イイコト、思いついちゃった」


 歌うように呟くと、赤羅の姿は闇に溶けた。後に残ったものはなく、ただ静かに月が都を見下ろしている。

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