第5話 赤い未来
「守り人……」
守り人、初めて聞く名だ。水彩がぽかんとしていると、火沢が右手の人差し指で己を指して微笑む。
「そっ。あたしたちが剣となり盾となり、お守りしてるの」
「要には戦う力がないからな」
「てっ、手厳しいね。風花どの……」
天真爛漫な火沢。要と呼び捨てる風花。おどおどとした印象の強い土宿。個性豊かな三人と、彼らに守られている要。四人と出会うことは運命的だ、と何故か水彩は直感した。
三人三様の態度に苦笑し、要は「そして」と水彩の前に片膝をつく。
「水彩、貴女もここに加わる。豊原国を守るために、貴女の力が必要だ」
「わたしの……? い、今のままでも充分な力を持っておられるように感じられますが……」
「戦うという意味において、俺は無力だ。助けてもらうために彼らと共にいる。けれど、それだけでは黄泉国に遅れを取る」
だから、と要は立ち上がると右手を水彩に差し出す。戸惑う彼女に、言葉を重ねた。
「貴女の力を借り、魔がこちら側へ来る入口を突き止めたい。先に到着して迎え撃つことが出来れば、魔を防ぐことが出来る。……この手を取ってくれないか?」
「……」
「勿論、無理強いはしない。嫌だというのならば、すぐさま貴女を生まれ故郷に帰す手筈を整えよう」
水彩は迷った。目の前に差し出された手を取らなければ、村に戻って今まで通りの暮らしをすることが出来るだろう。要もすぐに帰してくれると言っている。反対に手を取ってしまえば、村に帰ることは出来ない。両親はもういないが、村の人々には会えない。
(——あっ)
迷う水彩の頭の中に、一続きの光景が浮かび上がった。
雑音が酷く、他の音は何も聞こえない。しかし確かにその場に自分がいる感覚で、水彩は胸に後悔と悲しみの感情が広がっていることに気付いた。その気持ちが何故湧き上がって来るのか、その訳を唐突に理解する。
「え……」
見えたのは、土砂降りの中の景色。当然月もない夜闇の中、誰かが倒れている。唇が半端に開いていて、土や赤い何かで汚れた顔や衣服。視線を移せば、虚空を見詰める瞳には光がない。死んでいるのだ。
死人は一人ではない。四人いた。そしてその全員を、水彩は知っている。
何故ならば、目の前にいる四人が未来では死んでいるということだから。そして水彩自身も、震える自らの手を眺める。土や血で汚れ、ボロボロの自分自身だ。
更に不穏な音に気付いて振り返れば、そこには得体の知れない黒い塊が幾つも蠢いている。それが黄泉国のモノだということは、感覚で理解した。
地面には、幾つもの血だまりがある。その一つが己の足下にあると気付いた時、水彩は要の手を取っていた。
水彩が未来を視ていたのは、ほんのわずかな間だ。
「良いのか? 自分で言っておきながら何だが、後戻りは出来ない。都の美しい面だけでなく、裏の部分にも目を向けることになる」
「――はい。必ず、皆さんと一緒に護り切ってみせます」
「ありが……水彩、どうして泣いているんだ?」
「泣いてなんかいま……っ」
要に指摘され、水彩は初めて気付いた。視界が揺れ、要の顔がにじんでよく見えない。ボロボロと流れる涙を止められず、水彩は要の手に乗せていない左手の甲で涙を何度も拭う。
「どこか痛いの? 水彩、大丈夫?」
「何がどうしたというんですか。ほら、まだ何もありませんから」
「み、水彩さん。泣き止んで?」
「――っ」
火沢を始め、初対面である風花と土宿も慌てた様子で水彩を励ましにかかる。しかし彼らの死を視てしまった水彩は、より多くの涙を溢れさせた。
「ごめ、んなさ……。何でもな……ので、気にしないでくださっ」
「いや、無理だろう。史年、更絵」
「「はっ」」
引き寄せた水彩の背中を軽く撫で、要は困り顔で二人の側近を呼んだ。史年たちも突然泣き出した水彩に驚き、内心狼狽えていたが手出しをしなかっただけでいた。
「水彩の部屋は支度してあるんだったよな?」
「ええ。もう既に」
「なら、一度そこで休むと良い。火沢、送って行ってくれるか?」
「任せて。……ほら、水彩」
「すみません……」
火沢に支えられ、水彩は部屋を出た。
二人の足音が充分に遠退いてから、風花が口を開く。
「彼女が、要の言った存在か?」
「ああ。先の出来事を見通し、告げる『先視の姫』だ」
「先視、ね……。先が見えるのは、楽しい事ばかりではないだろうな。特に、これからは」
これから。風花の言うそれに、否を唱える者は誰もいない。彼ら自身が経験してきたことが、水彩のこれからの裏付けとなっているからだ。
重々しくなりかけた雰囲気を憂い、土宿がまだ甲高い声を上げた。
「で、でもっ。視た先が必ず起こることとは限らないでしょう? 例えば、危険を回避出来たりするかも」
「そうだね。そのために、あの
身を乗り出した土宿の柔らかい髪を撫で、要は頷く。
「これから、俺たちと黄泉国の戦いは激しさを増す。闇に対抗し得るのは光だけ。……水彩が落ち着いたら、明日にでもまた全員で話をしよう」
要は柔らかい眼差しを誰もいない、水彩たちの去った方へと向ける。それに気付いた更絵が、ふっふと笑った。
「随分と、あの娘をかっているのですね」
「ん? ……そうだな」
くすっと笑い、要は「ずっと、会いたかったから」と呟く。そこに籠められた想いを知る史年と更絵は、顔を見合わせるだけで何も言わない。風花は軽く息をついてから「仕方ないな」という顔で肩を竦め、土宿はきょとんとしてから首を傾げた。
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