第2話 水彩
豊原国は、名の通りに実り豊かな四季集う国だ。春の花、夏の空、秋の実り、冬の雪。それぞれが美しく、次の季節へと繋がっていく。
そんな国のとある村には、少し変わった少女が一人で暮らしていた。
「
「――去年よりは少ないかもしれない。だけど、年貢を納めても余るくらいには採れると思いますよ」
「そうかいそうかい。ありがとね」
米作りを生業とする壮年の男に手を振り、水彩と呼ばれた少女は駆けて行く。長く伸びた黒髪を一つにまとめて流し、髪は風に遊ばれている。瞳は苔のような淡い緑色をしており、柔らかな光をたたえていた。
水彩は村の端、山が傍に迫った場所にある自宅に入るとほっと息をつく。
「何で見えるんだろう? 秋になって、黄金色の稲穂が揺れている風景なんて」
首を傾げつつも、初めてではない現象への答えは未だに見付からない。
水彩は現在十六歳。
十五回目の生まれた日、朝目覚める前から予感があった。今日から何かが決定的に変わる、という予感。
目覚めた時、水彩の目に自分の姿が視えた。村の中で知り合いに何かを尋ねられ、応じる自分の姿だ。
当初はそれが何か特殊なことだとは思わなかった。不思議だとは感じつつ、朝餉を食べ終わる頃には忘れてしまうくらいで。しかし、外に出て同じものを経験した時、ぞっとした。
(わたしの中で、何かが変わった? あの予感は間違いではなかったんだ)
誰にもその事実を打ち明けられないまま、水彩は空の変化を感じ取って大雨を振る前に知らせたり、森で迷子になった子どもを難なく見付けたりした。そんなことを繰り返して、一年経つ頃には村で占いを求められるまでになっていた。
そして彼女自身、これが先を視る力なのだと理解し始めた頃のこと。水彩は
村長の家は集落の中でも奥まった場所にあり、塀に囲まれている。滅多に見かけない馬が二頭繋いであるのを横目にして、水彩は外から声をかけ、許しを得て「こんにちは」と挨拶した。
「おお、よう来たな。こちらに座りなさい、水彩」
「はい。……あの、これは一体?」
村長の隣に座り、水彩は目の前の光景に戸惑っていた。
水彩と村長の前には、この辺りでは滅多に見かけない鮮やかで洗練された衣服を身に着けた男たちが胡坐をかいている。一人は体が細く真面目そうに眉間にしわを寄せ、もう一人は大きな体に角ばった顔には威圧感がある。
若干の怯えを感じつつ水彩が村長に尋ねると、彼は微苦笑を浮かべた。
「わしもな、お前を呼んで来てくれと頼まれただけでまだ何も詳しい話を聞いてはいないんだよ。何でも、お二人は都からお越しになったとか」
「都って、あの?」
時折村を訪れる旅芸人や商い者からの話でしか聞いたことのない都、その名を聞いた水彩は思わず訊き返す。すると、彼女らの話を聞いていた客人のうち、真面目そうな男が頷いた。
「はい、あの都です。私は龍神様のお傍に仕えております、
「私は
破顔一笑、更絵と名乗った屈強な男は相好を崩す。それだけで場の雰囲気を変えてしまったようで、史年もふっと肩の力を抜いた。
「あまり固い態度でいるのも良くはありませんね。……私たちは、貴女に会いに来ました。水彩殿」
「わたし、ですか?」
きょとんと目を丸くして、水彩は自分を指差す。史年と更絵に頷かれるが、その理由にピンと来ない。
戸惑いを深める水彩を哀れに思ったのか、更絵が史年の後を引き継ぐ。
「私たちは、普段都において龍神様のお手伝いをしています。史年は文官として、私は武官として。都には私たちの他にも多くの役人が働き、また様々な人々が暮らしています」
「あの、龍神様について、わたしはおとぎ話の中でしか知らないんですが……本当に都におられるんですか?」
龍神とは、豊原国を創り出した神様だ。多くの言い伝えや物語の題材となり、紙が貴重な田舎町であっても、口伝によって誰もが知る創造神である。
しかし、そんな存在が現実にいるということは誰も教えてはくれなかった。
「龍神様については、貴女がこれから私たちの言う頼みを聞いて下さるかどうかでお話しましょう」
「頼み、ですか? ——あ」
史年の言葉に首を傾げた水彩だったが、不意に頭の中にこれから起こることが視えた。彼らが何を言おうとしているのかがわかり、水彩はその真偽を確かめるために先手を打つ。
「……『水彩殿、我らと共に都に来ては頂けないでしょうか』そう、おっしゃろうとしましたか?」
水彩の問いに、史年と更絵、更に村長も瞠目した。
「それは……」
「史年、あの御方のおっしゃった通りだな」
「ええ。間違いなく、彼女があの御方の……」
頷き合い、史年と更絵は水彩を真っ直ぐに見据えた。そして、同時に深々と頭を下げる。
「水彩殿、我らと共に都へ来ては頂けませんか? 貴女のお力を貸して頂きたいのです」
「貴女の『先を視る力』で、龍神様を助けて欲しい」
「……どういう、ことですか?」
「龍神様が、黄泉に狙われているのだ」
「ヨミ?」
首を傾げた水彩に、史年と更絵は頷いて見せた。
「貴女の力が必要だ、と龍神様はおっしゃいました。未来を見通す力を持ち、あの御方を助けたという水彩殿の力を」
「――わたしに、出来ることがあるならば」
何処か、そんな気がしていた。いつか自分は何か大きな事柄に自ら望んで巻き込まれる、という予感が。その時、全てが動き出すのだと。
真っ直ぐな水彩の瞳を受け止め、史年たちは詳しく語り始めた。
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