都での出会い

第3話 橙色の瞳の少女

「大きい……」


 息を呑む、とはこういう場合に使うのだと悟る。そんな当たり前のことを改めて考える程には、水彩は浮き足立ってた。

 都に入るための門は、朱に塗られて日の光に輝いている。水彩何人分かという高さを持つそれには門番が二人いて、史年らと挨拶を交わした。

 彼女は今、馬の上にいる。史年の体温を背中に感じながら、彼の手綱さばきに感嘆していた。何せ、馬に乗るという行為そのものが初めてなのだ。

 生まれ故郷を出る前、馬におっかなびっくり触れる水彩を見た史年はわずかに目を細めた。


「物珍しいか、水彩殿?」

「は、はい。こんな風に立派な馬を、これまで見たことがありません。こ、この馬に乗るのですか?」

「何だ、水彩殿。怖いのか?」


 はっはっはと笑いながらやって来た更絵は、自ら引いてきた馬の首を撫でて言う。それに対し、水彩は緩くかぶりを振った。


「怖くはない……と思います。綺麗な目をしているから」

「ならば、こいつも貴女を受け入れるだろう。どれ、手伝ってやるから乗りなさい」

「は、はいっ」


 史年の手を借り馬に乗ったのが、今から何日も前のことだ。今都を目の前にしながら、水彩はこの長かった馬上の旅を振り返る。

 大人の男二人との三人旅など、経験にない。それは史年たちも同じらしく、かなり気を遣ってもらった感覚があった。三度の食事も旅のものながら不味いものはなく、抵抗なく食べることが出来た。

 更に、二人は水彩の問いに全て答えてくれた。彼らの都での役割、家族のこと、龍神様について。

 史年は主に都にいて、文官をまとめる長の立場にあるという。各所の長たちをまとめ、導くのが役目だとか。基本的に遠征はせず、今回のようなことは珍しいらしい。

 対して更絵は武官の長として勤め、時には地方へも赴くらしい。龍神様の統べる国の中で、反旗を翻す者がいないか見回るのだという。


「大内裏に着いたら、水彩殿には龍神様に会ってもらう。あの御方から、貴女を呼び寄せた訳を伝えられるはずだ」

「は、はい」

「緊張するな、という方が無理か。心もとないだろうが、私たちも傍に控えてる。むしろ、こちらが無理に連れてきたのだから」


 遠慮する必要はない。そう言って、史年は焚き火に薪をくべた。

 そんなこんなで旅は無事終わり、水彩は都を歩いている。朱塗りの門から入り、だだっ広い大通りを真っ直ぐに歩く。最初は市場などが見えて賑やかだったが、徐々に雰囲気が落ち着いて貴族の区画へと入る。

 寝殿造りと称される邸は建物以外の範囲が広く、池や川、丘が作られているのだと更絵が教えてくれた。

 そして、辿り着いた大内裏。都へ入る時にくぐった門より一回り小さなそれは、同じく朱塗りの門だ。門番の男たちは長い槍を持っていて、史年と更絵を見ると深々と頭を下げる。


「お疲れ様です。武官長、文官長」

「そちらが……?」

「ああ。入るぞ」

「お、お邪魔します」


 屈強な男たちに囲まれ、水彩はおっかなびっくりしながらもきちんと頭を下げた。すると門番の男たちも会釈し、道を開けてくれる。

 水彩が大内裏へと入ると、そこは都の町並みとはまた違った雰囲気を持っていた。

 幾つもの大きな建物が軒を連ね、それぞれが渡殿わたどので繋がっている。木々や花々が所々に植えられ、何処からか水の流れる音が聞こえた。更に渡殿を歩く人々は、水彩の村の人々とは比べ物にならない程上質な衣を身に着けている。

 きょろきょろと視線の忙しい水彩に苦笑し、史年が手招きした。


「こっちだ」

「物珍しいだろうが、後で案内してもらえ」

「は、はいっ」


 二人に置いていかれては大変、と水彩は慌てて二人の後を追おうと振り返った。しかし、一歩足を前に出すよりも先に背後から何かに体当たりされる。


「きゃっ!?」

「わわっ! あ、ごめんなさい。怪我はない?」

「あ……はい、こちらこそぼーっとしていて」


 ぶつかったのは、水彩と同年代の少女だった。ただ目を引いたのは、長く伸びた黒髪が美しいとされるにもかかわらず肩にも達しないその短い髪だ。更に瞳は夕日のような橙色で、少し吊っていて勝気な印象を与える。衣は、瞳と似たくすんだ橙色の狩衣かりぎぬだ。

 彼女は尻もちをついた水彩の手を引いて助け起こすと、にこりと笑った。


「初めて見る顔だね? もしかして、貴女が噂の?」

「えっと?」

火沢かたく殿、龍神様はおられるか?」


 史年に『火沢』と呼ばれた少女は彼の顔を見て、こくんと頷く。


「今朝から、少し浮足立っていましたよ。あたしたち以外だったら気付かないかもしれませんけどね」

「そうか。これから行くことを伝えてもらえるかい?」

「わかりました」


 頷いた火沢は軽い足取りで近くの階段を上がり、くるりと水彩を振り返って手を振った。またね、と唇が動く。

 少女の背中を見送りながら、水彩は史年と更絵に「あの子は一体?」と尋ねる。すると二人は顔を見合わせ、別々の表情を見せた。史年は全くとでも言いたげに眉をひそめ、更絵は苦笑交じりに肩を竦める。


「あいつは、龍神様のり人の一人だ。火沢という、火の一族の娘だな」

「火の一族……?」

「後二人守り人はいるが、きっとこれから会える。彼らについても、龍神様にご説明願おう」

「わかりました」


 どうやら、会うべきは龍神だけではないらしい。

 水彩は緊張と期待に胸を高鳴らせながら、二人の後について大内裏を更に奥へと進んで行った。

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