第18話 双子は黒鳥に興味津々

 数日後。ずっと曇りの日が続いていたというのに、その日は快晴だった。

 澄み渡る青空と、厚みのある雲。さらには太陽さえも連れてきてくれたのではないか、と思わせる人たちがやってきた。


 そう、ダルモリー国の東に位置する、隣国ヘイジニアの王子、ボニート・ヘッサ・ヘイジニア様と王女、カシルダ・オルド・ヘイジニア様が来日されたのだ。

 透き通るプラチナブロンドに、エメラルドを彷彿させる緑色の瞳。双子というだけあって、お二人が並ぶと壮観だった。


「ようこそ、ダルモリー国へ」


 馬車から降りてきたボニート王子に向かって、手を差し伸べるファビアン様。その後ろには私とミュゼット嬢がいる。


 実は王妃候補となってから、このような外交を伴う公務は初めてだった。

 これまでも大小様々な公務に同行していたことはあったけれど、両手で数える程度。それ以外のほとんどは、ミュゼット嬢に取られていた。

 だからだろうか、隣にいるミュゼット嬢は余裕が見られる。逆に私は緊張し通しだった。


 そんな中、ボニート王子がファビアン様の手を取る。


「お久しぶりですね、ファビアン。王となられて一年になりますが、いかがですか? 参考までにお聞かせ願いたい」

「ボニート。一年ではまだ何とも言えないよ。日々公務をこなすだけで手一杯だ」

「ふふふっ。相変わらずですね、ファビアンは。そんな陰りを一切見せないで、そんなことを言うのですから」


 人知れず努力をし、それをひけらかすどころか隠していることを知っているなんて。

 ボニート王子との親交の深さが垣間見えた。


 ずっとファビアン様を支えなくては、と思っていたからか、自然と笑みが溢れる。すると、ボニート王子が少しだけ体を傾けながら、こちらを見た。


「おや? まだご成婚されていないと聞きましたが……」

「うん。この二人は僕の王妃候補なんだよ。今後も顔を合わせることがあるだろうから、参席させたんだ」

「そうでしたか」


 人懐っこい笑顔が印象的なボニート王子。私とミュゼット嬢の前に立ち、手を差し伸べる。いや、正確には手を取られたのだ。


「初めまして。君がグラヴェル公爵令嬢、だよね」

「はい。デルフィーヌ・グラヴェルと申します」


 右手を取られているため、左手でスカートを摘み、カーテシーをする。


「うんうん。なるほどね。分かった気がするよ」

「え?」


 王族、それも他国の王族に向かって、「何が?」とは言えずに固まっていると、ボニート王子の背後から救世主が現れた。


 プラチナブロンドをなびかせた美女。縦巻きロールが似合うのではないか、と思わせるほどの麗しい容姿。

 颯爽と現れた様が凛々しくて、思わず見惚れてしまいそうになる。が、次の瞬間、自らに似た風貌のボニート王子の首根っこを掴んだ。


「正式に向こうが挨拶の場を設けていないのに、何を勝手にやっているの! この愚弟が」


 カシルダ王女は、その全てが台無しになるほどの勢いで言い放った。


「そういう姉上こそ、周りを見渡してみたら? 皆、驚いているよ」

「あら、やだ。私ったら、愚弟の失態を正すという使命に駆られてしまったわ」


 オホホホ、とカシルダ王女は場を誤魔化そうとしていたが、逆に空気を重くさせていた。お付きの者たちでさえも、目を閉じて俯いてしまうほどに。


 こ、これはどうにかしなければ、と思っていると、今度はファビアン様に手を取られた。ボニート王子と同じ右手を。そして、まるで内緒話をするかのように囁いた。


「彼らとは親交の名目で、何度か手紙のやり取りをしているんだ。それでまぁ、デルフィーヌ嬢のこともね」

「あっ、それで。納得致しましたわ。ボニート様のお気持ちも。私も、実際は会っていないのに、お話を聞くだけで、その方と知り合いにでもなったかのように感じることがありますから」

「さすが、グラヴェル嬢。話が分かるね。手紙はファビアンだけじゃなく、エルネストともやり取りをしていたから、余計に親近感が湧いちゃって」


 思わずその言葉に胸が跳ねる。

 いけないと思いつつも、エルネストの名前に頬が緩むのを感じた。


「ありがとうございます」

「だからって手順を間違えるのは良くないわ」

「それを姉上が言いますか……」

「仕方がないでしょう。私だってグラヴェル嬢と話をしてみたかったんだから。ねぇ、いいでしょう?」


 さすがは双子というべきか、言っていることは結局、同じことだった。


 しかし、ボニート王子とカシルダ王女の今後の予定はすでに決められている。私が公務に参加するのは、出迎えと舞踏会、見送りの三度のみ。

 その後の視察や懇談会などはミュゼット嬢がファビアン様に同行するため、私はここで、お役御免となるのだ。


「カシルダの頼みとあっては仕方がない。ミュゼット嬢。すまないが、今日の予定はデルフィーヌ嬢と変わってくれないかな」

「え? 何を仰るのですか? わざわざ交代せずとも、一人追加すればいいんですよ」


 当然、ミュゼット嬢は反発すると思った。それも、追加という言葉を使って、暗に邪魔だと言う。


「あら、その分の経費はどうするの? まさか私に支払えと?」


 ミュゼット嬢が空気を読まないのなら、カシルダ王女はその空気すら悪化させる。


「それはデルフィーヌ様が……そうよ。こういう場合はお断りすべきではないのでしょうか」

「話を逸らさないでくれる? 私はグラヴェル嬢と話がしたいの。貴女ではなく」

「カシルダ王女様。私もこの後、用事がございますので……」

「あら、私の誘いを無下にするほどの用事なの? それは」


 先ほどまでミュゼット嬢に向けられていた、突き刺さる視線がこちらにも向けられる。けれど私も、凛として答える。何も恥ずかしい理由はないのだから。


「内務の仕事です。現在は王妃不在の為、こちらのミュゼット嬢と手分けをしていますが、ご覧の通り、両方出席するとなれば、滞ってしまいます故」

「ならば、えっと……」

「ミュゼット・コルネイユにございます」

「そう、そのコルネイユ嬢に任せられないの?」

「はい。今日中に処理する案件のほとんどが、私の担当ですから」


 厳密にいうと、ミュゼット嬢は書類仕事を一切していない。そんな人間に任せるなんて、逆に公務をしている方が心配だった。勿論、大臣たちに対してである。


「あら、それは残念ね。色々と聞きたいことがあったのに」

「滅相もございません。むしろ、そう言っていただけて光栄です」

「まぁ! それじゃ、私が誘ったら受けてくれるかしら?」


 私はファビアン様に視線を送る。これからの予定も含めて許可を求めたのだ。それをボニート王子も感じ取ったのだろう。


「姉上。僕らは遊びに来たわけではないんですよ」

「なにせ今回は、過密スケジュールになっているからね。カシルダが構わない、というのであれば、こちらもセッティングをするけど……」

「いつ、私がお茶会をしたいと? 部屋でちょっと話がしたいだけよ」

「それならばデルフィーヌ嬢もいいかな?」

「はい。けれどご無理はなさらずに、お願い致します」


 そのままカーテシーをして、場を離れた。


 初対面なのも関わらず、私に好意的に接するボニート王子とカシルダ王女は残念な眼差しを。ようやく邪魔者が消える、と喜ぶミュゼット嬢。

 ファビアン様は……穏やかな表情のままで、その胸の内は如何なものか。


 お気持ちを知ったからか、余計にそれが不気味でならなかった。

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