第2話 欲のない黒鳥が目覚める時
赤い目をエルネスト殿下に向ける。それが非難しているように見えたのだろう。目を逸らされた。
「黒鳥……思った以上に浸透しているんですね。王宮内では」
「兄上がミュゼット嬢を
確かに。最近のファビアン様は公務にミュゼット嬢を連れて行っている。さらに、舞踏会も必ずといっていいほど。
「お陰でデルフィーヌ嬢を部屋に運んでも、何も問題はなかった」
「私が自作自演で毒を飲んだ、という謂れのない噂を流すのに必死な連中がいますからね。どちらがスキャンダルか、分かっていないんですよ」
「どうだろうな。一応、俺も王族だ。敵に回したくない、という思考はあるんだろう」
「一応って。……それよりも、今後のことを考えなければ」
そう、問題はそこだった。ミュゼット嬢が作り出したこの状況を、どう打開するべきか。
「下手したら候補から外れて、王宮を出されてしまうかもしれません」
「向こうはそれが狙いなんだろう。何せ、デルフィーヌ嬢は王宮から出ることもなく、始末されるのだから」
「え? 何故ですか?」
今までも、王妃を選定するために候補者が立てられた事例はあった。なのに、始末? そんな話は聞いていない。
「グラヴェル公爵から、何も聞いていないのか?」
「お父様はただ、グラヴェル公爵家らしい風格と品性。さらなる努力が必要だ、としか助言を受けていません」
今思うと、それだけでこの戦いに勝てというのは無理がある。
それでも、グラヴェル公爵家で受けてきた淑女教育のお陰で、王妃教育の評価や大臣たちの受けはいい。
ただミュゼット嬢のような愛嬌がないため、人気に繋がっていないのは残念で仕方がないけれど。
それでも、これが個性であって、相手を揶揄して陥れていい理由にはならない。
だから私は、同じ土俵には立たなかった。それによって、今の立場が危ぶまれたとしても……。
故に私は、愚痴をいうかのように本心を打ち明けた。
「元々、王妃になりたくて候補にしてもらったわけではないんです。王権派に祭り上げられたようなもので……」
そう、ミュゼット嬢の生家、コルネイユ侯爵を筆頭とする貴族派を牽制するための駒として、私は送り込まれたのだ。
だから、熱の入れ具合に差があるのは仕方がないでしょう。候補から外れたらどうなるかなんて、それこそ興味のないことだった。
そんな私のことを、エルネスト殿下の目は変わらずに、真剣な眼差しを向けてくれた。冷めた言い方をしたのにも関わらず。
「兄上に思い入れは?」
「エルネスト殿下を前にして言うのはお恥ずかしいのですが、全くありません」
だから、ミュゼット嬢を野放しにさせていた、という気もする。好きでもない殿方に尻尾を振るつもりはないし。ましてや権力欲もない。
グラヴェル公爵家という生まれだからか、そこに対しても興味が湧かなかったのだ。
「なるほど。だから、候補者が敗れた時の待遇も知らなかったわけか。てっきり勝つ見込みがあったから、知る必要はない。またはミュゼット嬢を泳がせて、何か策を練っているのかとも思ったのだが」
「ただ相手にするのが面倒だっただけです。今までも、勝手に対抗意識を向けてくる人物はいましたから」
「しかし今回ばかりはそういっていられない。何せ、敗者は新たに王妃となる人物の侍女をするのが習わしなのだからな」
「え? 侍女ですか?」
それは……確かに嫌だわ。あのミュゼット嬢の侍女なんて……。
公爵令嬢として屈辱という意味じゃない。ミュゼット嬢がもう、生理的に受け入れられないのだ。
多分、ミュゼット嬢も同じように感じているのかもしれない。なるほど、だから――……。
「私を毒殺しようと思い至ったわけですか。けれど、何でそんな嫌な……いえ、おかしな……ではなく、妙な……も違いますね。えっと……」
「大丈夫だ。言いたいことは何となく分かるから」
クククッと笑うエルネスト殿下に釣られるように、私の頬も緩くなる。
「ともかく、俺は安易に毒に手を出すミュゼット嬢が王妃になるのは反対だ。王宮が血の海になる」
「そ、そんな大袈裟な!?」
「デルフィーヌ嬢は随分と寛容なのだな。毒殺されそうになった割に」
「……魔が差した、可能性も捨てきれません」
「黒鳥というあだ名をつけられ、毒を盛られ……さらに自作自演とまで言われたのにも関わらず、ミュゼット嬢を許すというのか、デルフィーヌ嬢は!」
エルネスト殿下の言葉に、体全体が反応する。
あんな苦しい思いをしたのに許す? 許せる?
息をしたいのにできない。
口の中に溢れる血を吐き出しても止まらない。
吐くことしか許されなかった、あの瞬間。
息が……吸えない……! 誰か、私に空気を! 空気をちょうだい!
「……ーヌ嬢! デルフィーヌ!」
「っ! はぁはぁはぁ」
「大丈夫。大丈夫だからゆっくり」
エルネスト殿下の声に、私は震える唇を一度閉じて、再び開ける。
首に触れていた手を胸の位置に置き、息をそっと吸った。
「そうゆっくりと息を吸って」
吐いた。
それを何度か、繰り返していく内に、安定していく私の呼吸。いつの間にかベッドの端に座り、それに合わせて私の背中を撫でてくれるエルネスト殿下。
見上げると、声とは裏腹に、心配そうな青い瞳が私を見つめていた。
「あり、がとう、ございます」
「いや、俺の方こそ悪い。配慮が足りなかった」
「いいえ。私がミュゼット嬢を軽視していたから、起こった出来事なのに、また同じような態度を取ったんです。エルネスト殿下が怒るのも無理はありません」
そうだ。エルネスト殿下は怒っていらっしゃった。
ミュゼット嬢は王妃に相応しくない、とも。
「まさか私を王妃に、と考えていらっしゃるのですか?」
「……そこまでは言っていない。が、この事件を暴けばミュゼット嬢を貶めることができる。協力してもらえないだろうか」
なるほど。私を足がかりに。
「分かりました。ならば、もっとお茶会の出来事を思い出す必要がありますね」
私もやられっ放しというのは嫌だったし、誰かの。そう、エルネスト殿下の為なら、頑張れるような気がした。
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