王弟殿下は黒鳥を愛でる
有木珠乃
第1章 それぞれの陰謀
第1話 毒を盛られた黒鳥
目が覚めた時、そこが私の部屋だとは思わなかった。
何故なら……。
「デルフィーヌ!」
王弟、エルネスト・ストー・ダルモリー殿下の顔が間近にあったからだ。
私は驚いて、再び目を閉じる。いや、
あの紫色の髪に青い目は確かにエルネスト殿下だった。お声も……。
けれど、この王宮には同じ色彩を持つ人がもう一人、いらっしゃる。エルネスト殿下の兄であり、ダルモリー王国の王、ファビアン・ユーラ・ダルモリー様だ。
私は恐る恐る目を開ける。
もしも、ファビアン様をエルネスト殿下だと勘違いしていたら大変だ。
何せ私、デルフィーヌ・グラヴェル公爵令嬢は、ファビアン様の王妃候補。失礼があってはならなかった。
「良かった。確かに意識があるのだな」
もう一度聞こえた声に、私は確かめるように、そっと名前を呼んだ。
「エルネスト……殿下?」
「どうした、デルフィーヌ。いや、デルフィーヌ嬢。あぁ、兄上ではなく、俺がいたからか。すまないな」
「そんなことはありません。ただ、驚いただけで。それに、これはどういう状況なのでしょうか」
目覚めて早々、エルネスト殿下に尋ねたのには理由があった。
「君は毒を盛られた」
「……やっぱり」
直近の記憶だと、私はお茶会の席で血を吐いた。
会話を楽しみ。王宮の庭園で咲き誇る薔薇を愛でながら、お菓子を摘み……ティーカップに口をつける。
喉を潤す程度の一口だったのに……。
飲んだ直後、喉が焼けるように熱くて、苦しくなった。助けてと叫ぼうとした口から出たのは、薔薇と同じ真っ赤な色をした血。
思わず口元を手で覆った。
「相手はミュゼット嬢ですか?」
私は静かに、もう一人の王妃候補、ミュゼット・コルネイユ侯爵令嬢の名前をあげた。
何せそのお茶会の主催者だったからだ。
王妃になれるのは一人。けれど候補は二人。
対抗馬である私の存在を、一番邪魔に思うのは彼女しかいない。
私が候補から外れれば、いや、この世から消えれば必然的に王妃になるのはミュゼット嬢。
よって、私に毒を盛ったと思われる人物はただ一人。つまり、自然と犯人はミュゼット嬢、もしくはその息のかかった人物のどちらかだろう。
コルネイユ侯爵家の手先とも考えられるが、結局は同じことである。
けれど、エルネスト殿下は首を横に振った。
何故?
「まだ確定されていない」
「お茶会の主催はミュゼット嬢ですよ」
「……うーん、そうだな。デルフィーヌ嬢が去った後の話をしようか」
やんわり言うエルネスト殿下の言葉に私は頷いた。すると、横になった状態で聞くのは失礼、というよりも会話がし辛いと思い、起き上がることにした。
エルネスト殿下は当然の如く、私の背中を支え、クッションを当ててくれる。その後、髪を整えている間に、カーテガンまでかけてくださった。
お礼を言うと、今度はエルネスト殿下が頷いた。
「デルフィーヌ嬢が王宮に運ばれた後、他の者たちも勿論、ミュゼット嬢を疑った。が、そこに兄上がいたのが悪かった。いや、いたからこそ仕掛けたんだろうな」
「……あっ、そうでした。あの場にはファビアン様も……。なるほど、
「正解だ。『このようなことをすれば真っ先に疑われるのは目に見えているというのに。そんな、愚かな女だと思われていたなんて、酷すぎますわ』と兄上が否定するまで泣き続けていたらしい」
美しい銀髪を乱しながら、金色の瞳から流れる涙を、白い頬が濡らす。
その顔をわざと周囲に見えるようにしゃがみ、下から見上げるのだろう。ミュゼット嬢のいつもの手口だ。
可愛らしい容姿と相まって、それはそれは悲劇のヒロインのように見えたのではないだろうか。
私はミュゼット嬢の行動に呆れつつ、エルネスト殿下の最後の言葉を思い出した。
「『らしい』ということは、エルネスト殿下はその現場にはいらっしゃらなかったんですか?」
「王宮にあるデルフィーヌ嬢の部屋に運び、医師を呼ばせていたんだ。俺の体が二つない限りは無理だろうな」
「そ、それは失礼しました。いえ、ありがとうございますと言う方が先ですね」
私は命の恩人ともいうべき人に、何てことを……!
「後の出来事を思えば、デルフィーヌ嬢のことを部下に任せ、ミュゼット嬢を追求するべきだった。だから、礼を言う必要はない」
「……本当にエルネスト殿下の体が二つあれば良かったですね」
「そうだな。そうすれば、デルフィーヌ嬢の自作自演という汚名を作らせなかったのに」
「え? 自作、自演? 待ってください! 何で……何でそんな事態に!」
ここでいう自作自演は一つしかない。
私は驚きのあまり、声を荒げた。
「私が自ら毒を飲んだと? 死にそうな目に遭ったのに、誰がそんな馬鹿げたことを!」
「ミュゼット嬢だ」
「っ!」
「デルフィーヌ嬢は黒鳥だから、と。白鳥の自分を陥れるためにやったのだと吹聴している」
黒鳥……己の銀髪とは対照的な私の黒髪を、揶揄した言葉。
自らを清らかな白鳥に見立てるための演出。
どこまでも卑しい女。それがミュゼット・コルネイユ侯爵令嬢の正体だった。
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