第21話 その結末に絶望する黒鳥

 会場内は静まり返っていた。誰一人、余計な声を発しない。

 静かに。そう、静かにことの成り行きを見守っていた。しかし私を含め、皆の心情はその反対だったことだろう。


「その行為がさらに、デルフィーヌ嬢とエルネストの不貞を広めた結果になる、とは予想できなかったのかな。加えて、僕とエルネスト。両方に対する不敬罪にも値する行為だとも。そう思わないかい、エルネスト」

「……兄上の仰る通りかと」


 ファビアン様は、エルネストに答えを求めることで、私たちの不貞を否定する。それと共に、弟に王妃候補を寝取られた、という不名誉を受けたとも言っているのだ。

 この矛盾に誰一人、手をあげる者はいない。


 だから代わりに、ミュゼット嬢は別の指摘で反撃をした。


「あれは王太后様がファビアン様、並びにエルネスト様をご心配してのこと。親心に他ありません。お二人を同時に、などとまさしく黒鳥の羽の如く、内面も黒い。悪女の所業にございます」

「だけど、それだけ魅力的だとも捉えられるよね。僕が母上の頼みでミュゼット嬢をエスコートをせざるを得ない時、一人になってしまうことを危惧して、デルフィーヌ嬢のエスコートをエルネストに頼んだんだ。そうだったよね?」


 そんなことはないと思いつつも、エルネストの表情を窺ってしまう。この場で「違う」と主張できないのも分かっている。

 これだけの面前で、表情を読まれるわけにもいかないことも。


「……はい」

「っ!」


 エルネストはそう言いながら、顔を背けたのだ。


 肯定しながら、否定?


 自惚れでなければ、「違う」と言っているようにも見えた。


「これで分かったよね、デルフィーヌ嬢。僕は君を蔑ろにしていたわけじゃないんだ。寂しい思いはさせたことは悪いと思っている。でも、赤いチューリップの意味を、知らずに受け取ったわけじゃないよね」


 ダメ……それ以上は言わないで……!


「僕が愛しているのは、今も昔も君だけだ」


 王妃候補として、正しい回答を……回答をしなければ。

 今はまだ、その時じゃない。否定をすれば、エルネストも潰される。

 だから分かって。信じて。私の本心じゃないことを……!


「ありがとうございます。私――……」

「……――王太后様。王太后様の意思に背くのですか? いえ、背けるのですか? ずっと言いなりになっていたファビアン様が!」


 私の言葉を遮り、ミュゼット嬢が言い放つ。お陰で口を閉じることができた。しかし、この言葉は……!


「デルフィーヌ嬢への侮辱だけでも飽き足らず、僕にまで……。ミュゼット嬢、その意味を分かっているのかい?」

「ファビアン様こそ、分かっていらっしゃるのですか? 私を排除することは王太后様に逆らうことと同じです」

「勘違いしているようだけど、王は僕だ。母上ではない」

「ならば何故、王太后様の意見を聞くのですか? 大臣たちに言及されても反論せず、王太后様にお任せだとか。それはつまり、お一人で国政を全うできる自信がないからですよね?」


 ミュゼット嬢の発言に辺りがざわつく。


「王となってまだ一年だからね。僕も完璧な人間じゃない。先人の意見を聞くことは悪いことかな?」

「……いいえ」

「それにね。母上からは十分、学ばせてもらったからお礼に、素敵な隠居先を提示したんだ。西の塔にね。朝方、発たれたよ。残念だけど、ミュゼット嬢を庇ってくれる存在は、この王宮にはいない」

「「えっ!?」」


 西の塔とは、罪を犯した王族を幽閉する場所。隠居先というレベルの話ではない。

 貴族たちのざわつく声が大きくなる。けれどファビアン様が声を発せれば、忽ち静まり返る。不評を買えば、明日は我が身だと思わざるを得ないからだ。


「故に、ミュゼット・コルネイユを捕らえよ。罪状はそうだな。不敬罪とデルフィーヌ嬢の毒殺未遂。異論がある者は前に」


 出られるわけがない。この場にいるはずのミュゼット嬢の父、コルネイユ侯爵でさえ姿を見せないのに。


 ファビアン様の命令を聞き、衛兵たちが会場に押し寄せる。捕らえられるミュゼット嬢は、唖然とした表情のまま、抵抗することもなく会場の外へと連れて行かれた。

 先ほどの勢いから、もっと喚き散らすのかと思っていただけに、その姿は呆気なかった。


 それだけ、王太后様という後ろ盾を笠に着せて、やりたい放題していたのだろう。

 もしかしたら、先ほどの罪状以外にもあるのかもしれない。それを思えば、喚いている余裕がないのも頷けた。


 そして私も、ミュゼット嬢の心配をしている場合ではなかった。王妃候補が一人、去ったということは……。


「デルフィーヌ嬢。これで正式に君を婚約者として迎えられる。構わないよね」

「わ、私は……」

「ファビアン。先ほどの手腕は……時と場所をちゃんと選びさえすれば、悪くはなかったわ。そう私が感じるのだから、勿論、グラヴェル嬢も同じじゃないかしら」

「……そうだね、カシルダ。僕が性急過ぎた」


 今一度向けられる視線に、私は顔を強張らせる。今度は何を言う気なのだろう。

 その予測できない行動が怖くて仕方がなかった。近づいてきたカシルダ王女の体に触れてしまうほどに。


「ほら見なさい。あんな強行突破のような真似をするから、怯えているじゃないの。ボニート、貴方がエスコートをして、グラヴェル嬢を休憩室に……。いえ、自室の方がいいわね。王宮にあるのだからそちらに。ファビアンもいいわよね、グラヴェル嬢を愛しているんだから」

「……分かった。デルフィーヌ嬢、この話は日を改めてからにしようか。あと、怖い思いをさせてすまなかった」

「いいえ。けれど、これからが大変かと思います。なので、私のことは後回しにしていただいても大丈夫ですから。その、気にしないでください」

「相変わらずデルフィーヌ嬢は優しいね。ボニート。すまないが、任せたよ」


 カシルダ王女の助力の元、私はボニート王子の手を借りて、会場を後にした。

 この舞踏会は本来、彼女らの歓迎のためのものだったのに……。何故、こうなってしまったのだろうか。


 部屋への道すがら、私はエルネストに会いたくて仕方がなかった。

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