第20話 黒鳥と白鳥。二人の戸惑い

 その二日後。メインイベントとも言うべき舞踏会が開催された。

 私は勿論、エルネストから贈られた、メージウムのドレスに身を包んでいる。首元にはあの日、実家から持ってきたピンク色のネックレス……ではなく。


「うん。よく似合っている」


 後日、エルネストから贈られた、紫色のネックレスを選んだ。それを満足そうに触れる姿に、思わず頬が緩む。


「ありがとうございます。けれど、その……大丈夫でしょうか」


 紫色はエルネストの色であり、ファビアン様の色でもある。


「兄上が勘違いするかもしれないと?」

「それもありますが、本当は……違うことが周りに知られるのも怖いです」


 本当は知ってほしい。そんな欲の方が大きかった。今だって、会場入りするために腕を組んでいるのが堪らなく嬉しいのだ。


 普段ならばできない。けれど、舞踏会なら許される。

 ファビアン様はいつものようにミュゼット嬢のエスコートをしているため、私がエルネストにエスコートされていても、誰も気に留めないからだ。


 いつもの光景に彩りを添えるのは、隣国の客人。

 私とエルネストが入場した途端、周りがざわめいた。まるでそれを狙ったかのように近づく、カシルダ王女とボニート王子。


「まぁ、思った通りだわ。グラヴェル嬢も似合うと思ったのよ」


 よく見ると、カシルダ王女のドレスは、私と同じ形のものだった。そう、メージウムを使った、エメラルドグリーンのドレス。私は思わずエルネストを見る。


「実は合わせたいとゴネられたんだ」

「え?」


 カシルダ王女とは今回の来日が初対面だ。いくら手紙で私を知っていたからといっても、好意的過ぎる。


「ふふふっ。ちょっとしたサプライズよ。嫌だったかしら」

「そんなっ! 滅相もございません。逆に私の立場を気にしていただいて……」

「敵は強大よ。これくらいやっても、打撃になるとは思えないほどの」

「はい。肝に銘じます」


 協力者を募るのにも、このサプライズは効果的だった。未だ、黒鳥と揶揄してくる者たちは多いけれど、カシルダ王女が背後にいると分かれば、また違う反応もするだろう。


 それは、何も味方だけではない。


「ふふふっ。あの小物にもいい刺激になったみたいね」


 カシルダ王女は扇子を閉じて、私の背後に向ける。


 小物……確かに、カシルダ王女様にとってはそうよね。


「どのような顔をしていますか? ミュゼット嬢は」

「睨みつけているわ。この私に向けているわけではないのでしょうけれど、不愉快ではあるわね」

「恐らく、新作ドレスが霞んでしまったのを根に持っているのでしょう。周りにひけらかしていましたから」


 確か『ボードリエ・ブティック』の新作……だったかしら。

 振り返らなくても分かる。取り巻きたちにチヤホヤされていたところに水を差されたのだろう。


 思わず口元を手で隠した。すると、楽団の演奏が始まる。ファーストダンスの合図だった。


 初めはエスコートの相手とダンスを嗜む。そのため、私はエルネストの方を向いた。勿論、向こうもそのつもりだったのだが……。


「すまないが、ダンスの前に僕と一緒に来てくれないかな?」


 ファビアン様に手を取られた。尋ねているのに、有無を言わせない行動に、体がビクッと跳ねる。

 私の気持ちはエルネストにあるが、今の立場はファビアン様の王妃候補。断るのは至難の業だった。


「ダンスが好きなデルフィーヌ嬢を引き止めたくはないんだけど、音楽は聴けるから」


 穏やかな口調はそのまま。言っていることも、百歩譲っていいだろう。

 けれど、私の脳裏には先日の光景が浮かび上がる。それと同時に嫌な予感も。だが、答えは一つしかなかった。


「分かりました」


 エルネストは今、どんな顔をしているのだろう。ファビアン様に手を引かれながら、頭の中はそのことでいっぱいだった。



 ***



「皆のもの、聞いてもらいたいことがある」


 音楽が鳴り響く舞踏会の中で一番目立つ、階段下までやってくると、突然ファビアン様が高らかに宣言した。途端、止む音楽。


 話が違う、と言おうとしても、皆の視線と雰囲気がそれを許さなかった。


「先ごろ、ここにいるデルフィーヌ・グラヴェル公爵令嬢の身に起こった出来事の、調査報告が僕の元に届いた」


 え? その案件はカシルダ王女とボニート王子が帰国した後に再調査をする話ではなかったのですか?


 私は驚きと嫌悪感が交じる……そう、軽蔑にも似た眼差しを向けた。


 何故なら、この場でいう案件ではなかったからだ。しかし、ファビアン様はただ微笑むだけで、伝わるどころか、止める意志さえないようだった。


「この王宮で起きた事件、さらに僕も出席していたお茶会で起きた、王妃候補の毒殺未遂。慎重に慎重を重ねて精査している者たちを嘲るように、ある噂が出回っていたのを憶えているだろうか」


 私がミュゼット嬢を陥れるために自作自演をした、という噂。今更それを持ち出して、何をする気なの?


 会場内の皆も同じ考えなのだろう。シーンと静まり返っている。一人を除いては。


「そ、その者は捕まったではありませんか。何故、今更蒸し返すようなことをなさるのですか?」

「ミュゼット・コルネイユ侯爵令嬢。確か、そなたの侍女をしている者だったね」


 飛んで火にいる夏の虫の如く、ファビアン様だけでなく、皆の視線もミュゼット嬢に向く。


「しかもその侍女は、真犯人を殺害した罪でも裁きを受けた。だけど、その真犯人とデルフィーヌ嬢の接点はないんだよ。それなのにミュゼット嬢の侍女は、ピンポイントで真犯人を殺害した。誰のためだと思う?」

「わ、私ではありません」

「そう。裁判でも尋問でも、ミュゼット嬢の侍女は自分の意思でやったと言い張った。だけど、デルフィーヌ嬢の噂も真犯人の殺害も、何かしらの理由、またはメリットがないと、ここまでやらないよね。そなたの侍女なのだから、思い至る節はあるかな?」


 ミュゼット嬢のため。主が出世すれば、侍女もまた価値が上がる。


 ファビアン様の質問は全て、その回答しかできないようにさせていた。


「……真犯人の殺害は、侍女本人にしか分からない事情だと思います。けれど、噂については。そうです。噂を流す行為なら、私の侍女だけでなくともデルフィーヌ様の侍女だってしているではありませんか!」

「それは最近の話だよね、ミュゼット嬢。確か、母上と共に、デルフィーヌ嬢とエルネストを呼び出した、とか」

「えっと、その……」


 ファビアン様の鋭い視線がミュゼット嬢に向けられる。何せ呼び出した内容が、私とエルネストの不貞を確認するもの。


 火に油を注いでどうするのよ、と私は内心、ミュゼット嬢に毒づいた。

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