第19話 強い味方を得る黒鳥
「お疲れ様」
声をかけてきたのと同時に、私の右手を取るエルネスト。その行為が
「どうして、ここにいらっしゃるのですか!? ボニート王子様たちに同行するはずでは? それに、ここでこのようなことをするのは……」
「大丈夫。兄上には許可を……いや、宣戦布告かな。ミュゼット嬢を不快にさせたから、デルフィーヌを送り方々、護衛してくる、と言ってきたから」
私は狼狽えながらも、辺りを見渡す。皆、ボニート王子とカシルダ王女の方を向いているため、エルネストの発言に気づいていない。
「き、気をつけてください。ここは公の場と変わらないのですよ」
「どうやら腹を括れていないのは、デルフィーヌの方らしいな。グラヴェル公爵はもう、その気だぞ」
「うっ……申し訳ありません。私からお願いしたことなのに」
しかも、上手く立ち回らなければならない位置にいるというのに、私は。けれどエルネストが好きな気持ちは変わらない。
今だって、こうして迎えに来てくれたことが嬉しくて堪らなかったのだ。
「構わない。が、やはり兄弟だなって感じたよ」
「何が?」
「他の男にデルフィーヌが触れられていると思うと、我慢できないところが。さすがのボニートも、兄上の機嫌を損ねるからやらなかったんだろうな」
そういって、エルネストが私の右手にキスをする。挨拶のようなものだから、誰も気にも留めないが、ふと視線を感じて振り返る。
すると、ファビアン様と目が合った。
「あっ……」
「俺が言ったこと、嘘じゃなかっただろう」
「……はい」
エルネストの言葉を疑ったわけではない。実際、市井の視察と言われて出かけた時のファビアン様は、私を抱き締めようとした。突き飛ばしてしまったけれど……。
だが、表立って好意を示されたことなんて……あったようには思えなかった。
「さすがに鈍いと言われた私でも今のは……分かります」
「それでも、気持ちは変わらないか?」
ファビアン様への心変わりを問いつつも、目は自分を選んでほしいと切望している。
それが何とも愛おしく見えてしまうのは、惚れた欲目だろうか。
「勿論です。だから、私の手を離さないでください」
「あぁ」
「……腕を組みたくなってしまうので」
「っ!」
未だ、ファビアン様に見られているとも知らずに、私とエルネストは照れくさそうにお互いの顔を見て笑い合った。
***
その日の夜。私はある一室で、尋問のような目に遭っていた。
いや、相手はただ質問をしているため、私が勝手にそう感じているだけなのだが。けれど仕方がない。内容もそうだが、相手がカシルダ王女なだけあって、勢いが凄いのだ。
「なるほどね。それでグラヴェル嬢はエルネストを選んだわけか。そっか。そっか。納得だわ」
カシルダ王女は、初めて会った時のボニート王子のようにうんうんと頷いた。
あれは夕食を終え、明日の予定を確認している最中のこと。
カシルダ王女の手紙を携えた侍女……ではなく、直接ボニート王子がやってきたのだ。
まさかここで、出迎えの場で見せた、双子の力関係を再び見ることになるとは。驚きを通り過ぎて、お疲れ様だと言いたくなった。
私は念のために支度をした後、ボニート王子に連れられてやってきたのが、この客室、というわけである。
そこで私は、根掘り葉掘りとエルネストのことやファビアン様について質問攻めにあっていたのだ。
「ファビアンはねぇ。私でもどうなのかなと思っていたから」
「ヘイジニアでも、何か噂があるのですか?」
エルネストを王にすると決めた以上、国外の力も必要だった。国内は王太后様の支配下にあると言っても過言ではない。
王権派の力がどこまで効くのかも分からない現状、隣国ヘイジニアの力を味方につけられるのならつけておきたい、と思った。
幸い、カシルダ王女もボニート王子も私に好意的なこともあって。
「特にはね。ファビアンに代わったからといって、良くも悪くもない。まるで先代の時と同じでガッカリした、という話も聞くわ」
「……そうですね。先王の施政に満足をしていた者たちも、新王に期待は抱きます。けれどファビアン様は……」
その評価が怖かったのかしら。あれだけ努力されていたのに、王太后様のいいなりになるなんて、それしか浮かばないわ。
「期待に応えるどころか、逃げたって感じかしら」
「っ!」
「ごめんなさいね。エルネストから事情は聞いているの。他国に内情を漏らしてはいけないのは分かるんだけど、それだけどうにかしたかったのでしょうね」
だから始め、私に王妃になるように言ったんだわ。でも、今は違う。
「カシルダ王女様。いざという時、お力をお貸しいただけませんか?」
「メリットは? と聞きたいところだけど、すでに得ているのも当然だからいいわ。でも、相手は強敵よ。勝算はあるの?」
「今のところは何とも言えません。準備段階ですし、備えも不十分です。何せ、明後日の舞踏会で協力者を集うほどですから」
「まぁ! でもそうよね。仮に野心があったら、グラヴェル嬢が王妃候補になどなっていないでしょうから」
カシルダ王女の言葉に私は顔を赤らめた。
ファビアン様が王となる前に、エルネストが私を妻に迎えていた、とカシルダ王女は言っているのだ。
さらに王座もエルネストの物に……。
グラヴェル公爵家並びに王権派の後ろ盾は強い。ファビアン様が王となる前に動いていれば、容易く王座を手にできていただろう。
けれど、頻繁に王が代わることを、国民は望んでいない。新王への期待よりも、不安が勝るからだ。ましてや王弟の即位など。
だから今は、味方が多ければ多いほど良かった。それが、隣国の王族であったとしても。
「カシルダ。デルフィーヌをいじめるのなら、そろそろ返してもらえないか」
すると後ろから、嫉妬にも似た声が聞こえてきた。さらに私の肩に手を乗せる。
「どちらかというと、エルネスト。貴方を揶揄していたのよ」
「ならば余計、ここから退散しなくてはな」
「……もしかして、ボニートが呼んだの?」
私を席から立たせ、今にも歩き出しそうなエルネストに向かって、カシルダ王女は怪訝な声で尋ねた。
「他に誰がいる? デルフィーヌが寝不足になって倒れたらカシルダのせいだからな」
「エ、エルネスト!?」
私は思わず口に手を当てた。
公の場ではないとはいえ、カシルダ王女の前で敬称を取るなんて……!
「ふふふっ。気にしなくていいのよ、グラヴェル嬢。二人の事情はすでに聞いたんだから」
「だったら、尚更いいだろう」
「えぇ。十分よ。グラヴェル嬢は勿論のこと、必死なエルネストも見られたことだしね。私が王位を継ぐのを手伝ってくれるのなら、二人に協力するわ」
「むしろその方がボニートも安心すると思うぞ」
すでに双子の力関係を見ているだけに、私は心の中で強く頷いた。
「ありがとう。じゃぁね、グラヴェル嬢。いい夜を」
軽く手を振るカシルダ王女に私はカーテシーで応え、エルネストと共に客室を後にした。
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