第22話 背徳の黒鳥
私の想いが通じたのか、部屋に入った途端、信じられないものを見た。
「送ってくださり、ありがとうございます、ボニート王子様。カシルダ王女様にも、お伝えいただけますか? とても助かりましたと」
「ううん。これから大変になるんだから、こういう時は甘えたらいいよ」
扉の前で交わした時、その言葉の意味が分からなかった。ただ配慮してくださったのだと。
しかし、まさか『甘えたら』の本当の意味がこれだったなんて……!
私は名前を呼び、駆け寄った。
「エルネスト!」
すると、腕を引かれてそのまま抱き締められた。苦しいくらい、強く。
けれど不思議と辛くなかった。私も同じ気持ちだったからだ。もっと強く抱き締めてほしい。そう、望んでしまうほどに。
「デルフィーヌ」
名前を呼ばれると余計に胸が苦しくなった。思わず涙が溢れ、出したくもない嗚咽で何も言えない。話をしたくて堪らないのに。
それはエルネストも同じだったのか、横抱きにされて、ソファーの上へ。私ごと座った。
「泣きたい気持ちは分かる。俺もそうだったから」
抱き着いたままの私をあやすように髪を撫でて、優しく抱き締めてくれる。
「悔しかった。悔しくて堪らなかった。やり方はともかくとして、今までデルフィーヌを傷つけていたミュゼット嬢や母上を排除する役目は、俺でありたかったから」
「エスコートの件は?」
「ん?」
「ファビアン様に、私をエスコートするようにと、本当に頼まれたのですか?」
あの時は、希望的観測で否定だと捉えた。けれど、肯定にも捉えられる行動が、未だに私の胸をざわつかせる。
「俺の初恋はデルフィーヌだ。兄上も知っている。だから、あぁして俺を牽制したに過ぎない」
「ならばやっぱり、違うのですね」
私はエルネストから体を離して向き合った。
「勿論。実は堂々とエスコートできるのが、密かに嬉しかったんだ。それにデルフィーヌも喜んでくれていたから、内心、舞い上がってもいた」
「良かった。でも、全く舞い上がっていたようには見えませんでしたよ」
「それはやっぱり、好きな女性の前では格好つけたいからな」
愛おし過ぎて、私はエルネストの顔に手を触れた。
「私は情けない姿ばかり見せています。今もこうして泣いてばかり。それでもエルネストは――……」
「誰にも渡したくないくらい愛している」
「これから私が、ファビアン様の婚約者にされても?」
「デルフィーヌの気持ちが俺に向いている限り……いや、向いていなくても、それは変わらない」
お返しとばかりにエルネストも私の頬に触れる。目を閉じて、その手に頬ずりした。温もりと感触を確かめたくて。
それでも不安は消えない。だからもう一度尋ねる。いや、多分これが一番聞きたかったことなのかもしれない。
私だけの力では、エルネストのところへは行けないから。だからお願い。
「……迎えに来てくださいますか?」
「あぁ。力をつけて絶対に。だから……」
「待っています。私の気持ちもまた、エルネストと同じですから」
その気持ちに応えたくて堪らなくなる。
私は溢れ出た感情をそのまま言葉にした。
「愛しています」
どちらが先に近づいたのか。互いの唇が触れ合い、求め合った。それが背徳だと世間が思われても、私たちにとってはこれが正しい形だった。
***
翌日、王太后様の処遇について、パルメに調べさせたところ。昨夜の舞踏会でファビアン様が言っていたことは、本当だった。
「それで今、お父様は大忙しなんですね」
「えぇ、そうなのよ。全く、ファビアン様も強引よね。デルフィーヌも詳しくは知らないだろうから、今後の方針も含めて、私がやってきたの」
「ありがとうございます、お母様」
本来ならお母様も忙しいのに、と思いつつも、こうして訪ねてきてくれたことが嬉しかった。
今はとにかく、誰かと話がしたくて仕方がなかったからだ。しかし、舞踏会であんなことがあったため、エルネストが来るとは思えない。
直接言われたわけではないけれど、今は距離を取る方が懸命だ。
本当は毎日だって会いたい。今だって……!
昨夜のことを思い出すだけで、胸が熱くなるのを感じた。
「デルフィーヌ、聞いているの?」
「あっ、はい。すみません、お母様」
「貴女も混乱しているのは分かるけど、しっかりなさい。自分のことなのだから」
話の前後は分からないが、恐らくお説教をしていたのだろう。十九年間も娘をやってきたのだ。言葉や声のニュアンスで、だいたい分かる。
故に、思い切って話題を変えた。
「はい。それで、婚約の件は……」
「王太后様の件で、王権派も貴族派も混乱しているから、それを理由に長引かせることができるかもしれない、とお父様は仰っていたわ。だけどね。昨日みたいに強引な手を使ってきたら難しい、ともね」
「そうですか……」
パルメとお母様の話によると、ミュゼット嬢の件も王太后様の件も、正式な手続きを踏んでいなかったらしい。
故に、コルネイユ侯爵も寝耳に水状態。手も足も出せなかったのは、それが最大の理由だった、ということなのだ。
「ファビアン様の貴女に対する執着も強いから、そっちも気をつけるのよ。王太后様のように、夜中に襲われでもしたら……」
そう、ファビアン様は一昨日の夜、王太后様のところへ行き、西の塔に連れて行ったのだという。
噂では、王太后様がたまたま起きていたから、連行という形になったが、寝ていたら暗殺していたのでは、と密かに囁かれているほどだ。
それほどに王太后様への恨みが募っていたのだろう。
「ここは王宮ですから、エルネスト殿下にこっそり頼んでみます。ウチの隠密よりも、王宮に詳しい者の方が、私も心強いですから」
「えぇ。その方がいいでしょうね。そうだわ。帰りに私が殿下のところに行って、直接頼んでこようかしら」
「あっ、でしたら、私の手紙も届けてもらえますか? 今から書くので」
私はそう言うと立ち上がり、机の方へ向かって行った。
引き出しから、お気に入りの便箋を取り出す。
王妃候補と王弟が手紙のやり取りをしていることが判明したら、きっと大変なことになる。いくらお母様を介していても。だから、この手紙はすぐに処分されるだろう。
けれど、いやだからこそ、良い物を選びたかった。
◆◇◆
親愛なるエルネストへ
昨日の舞踏会の影響で、普段から慌ただしい王宮が、騒ぎになるほどの事態に発展していると聞きました。
そのため、お父様も忙しく動いているそうです。
エルネストは大丈夫ですか?
私はそれが心配でなりません。しばらく会えなくなるので、余計気がかりです。
それから、お母様からお聞きになると思いますが、エルネストの隠密を貸していただけると助かります。
会えなくても、手紙のやり取りをしたいです。
エルネストもまた、同じ想いでいることを願って。
デルフィーヌ
◆◇◆
貴方の、と入れたくなった気持ちを、手紙と共に便箋にしまい込んだ。
――――――――――――――――――
最後までお読みいただきありがとうございます。
これにて第二章完結です。
ミュゼットを断罪させるために、先に王太后には退場してもらいましたが、後々復活しますので、ご安心ください(?)
その前に、ファビアンがヤンデレ暴走したり、王vs王弟があったりなど……。
デルフィーヌの不憫が続いてしまうかもしれません。
コンテストが終わりましたら、続きを書きますので、その時はまた読んでいただけると幸いです。
王弟殿下は黒鳥を愛でる 有木珠乃 @Neighboring
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