第10話 王弟殿下の想い(エルネスト視点)

 自身の毒殺未遂事件で、ミュゼット嬢が罪に問われないと知り、デルフィーヌ嬢が兄上の執務室へ向かってから数分。

 俺は共に行くべきだったかどうか悩んでいた。


 すでにデルフィーヌ嬢に対して色々と介入し過ぎだという自覚はある。周りから非難を受けていないのは、兄上がミュゼット嬢を贔屓にしているからだ。

 けれどお茶会の時のように、俺とデルフィーヌ嬢の不貞を疑う者も少なからずいる。


 それはデルフィーヌ嬢の足枷となり、さらに孤立させてしまうことだろう。

 二度と手助けできないところにまで、追いやられるわけにはいかなかった。


「兄上も何故……」


 デルフィーヌ嬢のことが好きだったじゃないか。

 俺もそうだから分かる。

 昔からデルフィーヌ嬢を見る兄上の視線は、いつもそうだった。声に出していなくても、ただ傍にいるだけでデルフィーヌ嬢に伝えていた。


 第一王子と公爵令嬢。


 まるで結ばれることが決まっていたかのような肩書を持つ二人。

 王位継承権二位を持つ俺では、デルフィーヌ嬢に求婚書を送っても、払い除けられるだろう。だから諦めていたというのに。


「昔からの慣わしを持ち出して、王妃候補などと」


 そんなものを無視して婚約すれば俺だって……!

 いや、デルフィーヌ嬢だって傷つかなかったんだ。


「もしかして、これも母上の意向か?」


 そうだとしたら、デルフィーヌ嬢が兄上のところに行っても、結果は見えている。


「デルフィーヌ……」


 俺は急いで兄上の執務室へと向かった。



 ***



 結果は案の定というべきか。兄上の執務室から出てきたデルフィーヌ嬢は、今にも泣きそうだった。


 俺は抱きしめたいのを我慢して、彼女の腕を引っ張る。


 慰めたい気持ちと、抗議しに行きたい気持ちがせめぎ合う。

 好きな癖に、デルフィーヌ嬢をこんな目に遭わせる兄上が許せない。が、彼女をこのままにしておくこともできなかった。


 あぁ、力があればデルフィーヌ嬢を守れるのに。


「ここなら泣いても平気だ」


 さすがにデルフィーヌ嬢の部屋までは遠かったため、空いている部屋に入った。

 兄上の執務室からも離れているから、大丈夫だろう。そう言った途端、泣き崩れるデルフィーヌ嬢。

 誰も見ていないのをいいことに、俺も流れる黒髪をくように撫でる。


「申し訳、ありません。エルネスト殿下を始め、皆が頑張って調べてくれたのに……」

「この結果には驚かされたが、覆すことは難しい。だからデルフィーヌ嬢が重荷に感じることは――……」

「いいえ。いいえ」


 美しい黒髪を振り払うように首を横に振る。


「当事者の私が抗議にいかなくては、ファビアン様に届きません。けれど……」

「ミュゼット嬢、もしくは母上が現れたか?」

「っ!」


 やはり。


「ミュゼット嬢が現れて、ヘイジニアの王子と王女がやってくるから、醜態を晒せない、と」

「恐らく母上に言われたんだろうな」

「……噂はお聞きしていますが、その、そうなのですか?」

「常に顔色を窺っている節がある、としか今は言えない」


 王宮内でも、兄上が母上の言いなり。傀儡かいらい、マザコンなど揶揄されているのは知っている。

 現に国政を担う大きな会議では、二人の意見が対立している場面など、見たことがないくらいだ。


 同腹として恥ずかしい、と感じるほどに。


「エルネスト殿下、一つお願いがございます」


 嫌な予感がした。が、デルフィーヌ嬢からの願い。出会ってから一度もされたことがない、頼み事。

 その嬉しさの方が勝ってしまった。


「何だろうか」

「王太后様に、謁見することはできないでしょうか」


 俺は目を閉じる。

 そういうと思っていた。だから問わずにダメだと、言うべきだったんだ。答えを問う前に。


 何故なら、火を見るよりも明らかだったからだ。

 あの母上を説得するなど、兄上でもできないのに……デルフィーヌ嬢ができるとは思えない。


 けれど……叶えてあげたかった。兄上のように、表立って花をプレゼントできなかったから。その代わりに。


「分かった。そのように手配しよう」

「ありがとうございます」

「だが、デルフィーヌ嬢が考えるほど容易くないぞ」

「それでも、何もしないことは肯定を意味します。この結果に納得したと、思ってほしくはないんです」


 確かに。時には声を出すことは大事だ。俺がデルフィーヌ嬢を手助けしているように。


「ダメでも何でも、公の場で言うことに意味があります。その相手がただ、王太后様というだけで」

「兄上には、すでに話をつけてしまったからか?」

「はい。しかも聞いていたのは、ミュゼット嬢と側近の者たちだけです。後で口裏を合わされても困ります。今回の件、ヘイジニアの王子と王女の帰国後に再度、調査する旨も了承してもらわなければ、安心できません」

「再度?」


 許すとは思えないが……。


「はい。ファビアン様の言質は取れました」

「……母上に揉み消されそうだが」

「エルネスト殿下。先ほども言いましたように、公の場で言うことに意味があるのです。多くの人々の目と耳が証人になるのですから。また、公爵令嬢としての肩書、毒殺未遂の被害者、赤いチューリップ、押し花など、幾つものカードがありますわ」


 それでもデルフィーヌ嬢に、結果を覆せるほどの力はなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る