第9話 王の態度に戸惑う黒鳥

「これはどういうことですか!」


 私は怒りを露わにした。目の前の男性に向かって。

 普段は感情をあまり表に出さないでいたからか、相手は一瞬、驚いた顔をした。しかし、すぐにいつもの穏やかな表情へと戻る。それが私の感情を逆撫でするとは知らずに。


 だから私は、今一度言う。王の執務室で。


「何故、罪に問わないのですか?」

「ミュゼット嬢は罪を犯していない」


 ファビアン様の言葉に、私は眉をひそめる。

 エルネスト殿下の調査を精査なされた結果、オルガが拘束された。けれど、ミュゼット嬢はそのままだった。

 その言い分が、先ほどのファビアン様の言葉なのだ。


「けれど侍女の罪は主の罪です!」


 国民が海外で罪を犯せば、国の評判に関わるのと同じこと。私は詭弁を聞きたいのではない、とばかりにファビアン様に正論をぶつけた。


「しかし、オルガはミュゼット嬢の名前どころか、コルネイユ侯爵の名前も言っていない。頑なに自分の意思でやったと言っているんだ。デルフィーヌ嬢なら、これ以上はもう無理だって分かるよね」


 分かりません! という言葉をグッと呑み込んだ。代わりに別の言葉を口にする。そう、目的を忘れてはいけない。

 皆の努力を無駄にしないためにも……!


「けれど、これでは無責任ではありませんか? 侍女を止められなかったのもまた、主の罪だと思います。王妃候補として相応しくありません」

「いいえ。それは違うわ、デルフィーヌ嬢。侍女の罪を素直に認めて引き渡す覚悟もまた、王妃となる者に相応しい行為だと、私は思います。ファビアン様も、ですよね」


 ミュゼット嬢が奥の部屋からやってきた。まるで娼婦のようにファビアン様に近づく。

 それだけでも不愉快だというのに。自分のために動いてくれたオルガを、トカゲの尻尾のように切り捨てたことが許せなかった。


「そうだね。王としての立場としては、ミュゼット嬢の言い分が正しい。個の感情を優先することはできないんだよ、デルフィーヌ嬢」


 だから、私に贈った赤いチューリップなど、ここでは関係ない、と言われているように感じた。

 いや、執務室の奥からミュゼット嬢が出てきた時点で、信じられなかった。ファビアン様が。


「それにあと数日で、隣国ヘイジニアの王子と王女がやってくるのもあるしね。彼らにこんな醜態を晒すわけにはいかないだろう?」

「ファビアン様の王としての立場は分かりました。逆にヘイジニアの王子と王女が帰国した後であるのならば、再び問いただしても、ということですよね」


 一時休戦なら無理やりでも納得します。


「……それでいいかな、ミュゼット嬢」

「えぇ。構いませんわ」


 ファビアン様の肩に手を置き、まるで勝ち誇ったかのように言うミュゼット嬢。


 もう、何が何だか分からなかった。今すぐ執務室を出て、エルネスト殿下にお会いしたい……。

 ミュゼット嬢は勿論のこと、どちらが本心なのか分からないファビアン様の顔など、見たくなかったのだ。



 ***



 逃げるようにしてファビアン様の執務室を出ると、まるで待っていたかのように、エルネスト殿下がいた。


「デルフィーヌ嬢……」


 ダメだと分かっているのに、涙が出そうだった。すると突然、強い力で手を引かれる。私はバランスを崩し、開いた方の手を伸ばした。途端、体がふわりと浮ぶ。


「顔色が悪い。このまま部屋まで送ってもいいだろうか」


 そうか。突然手を引いたのは、私が眩暈を起こしたように見せるため。


 辺りを見渡すと、廊下には騎士やメイドの他、貴族たちの姿もある。私が浅はかな行動に出る前に、エルネスト殿下は止めて下さったのだ。


「ありがとうございます」

「いや、兄上もそれを見越して俺を呼んだのだろう。気にすることはない」


 きっとこれも嘘なのだろう。ファビアン様が呼んでいたのなら、執務室の外ではなく、堂々と室内に入って来たと思うから。


 私はエルネスト殿下の演技に合わせて俯いた。右手でそっと服を掴み、体温を感じながら、小声で再びお礼を言う。


「ありがとう、ございます」


 涙声になってしまったからか、エルネスト殿下は何も言わずに歩き出した。

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