第5話 王は黒鳥を……?
「ファビアン様〜」
悲劇のヒロインさながらの演技で、ファビアン様との距離を詰めるミュゼット嬢。
「一体、どういうことなのか教えていただけませんか? 私、ファビアン様に蔑ろにされているのではないかと不安で」
仕方がないのです〜、と今にも泣き出しそうな顔を、ファビアン様の胸元に近づける。
全く、どっちがはしたないのよ。ミュゼット嬢の方ではなくて!
「それはすまなかったね、ミュゼット嬢。初めは二人にヘイジニアのドレスで舞踏会に出席し、歓迎していることをアピールしてもらおうと思っていたんだ」
「でしたら、私にもドレスを……」
「うん。だけど、我が国のドレス……つまりファッションだね。それをヘイジニアにアピールするのもいいんじゃないかって、母上が提案してくれたんだよ」
「王太后様が?」
ミュゼット嬢が驚くのと同時に、私は王太后、マルジョリー・ピア・ダルモリー様を思い浮かべた。先王亡き後も王宮から引き下がらず、君臨している女傑。
王妃だった頃は先王を補佐するのではなく、並び立つほどの人物だっただけに、ファビアン様も耳を傾けることが多いのだ。
そう、今のように
「そうなんだ。悩んでいる僕に解決案をね。さすがは母上だと思わないかい?」
ドが行き過ぎて、マザコンなのでは? と影で囁かれてしまっているが……。実際のところは、よく分かっていない。
私は王妃候補であって、まだ政治の中核には参加させてもらえないからだろう。それもまた、王太后様の指示なのでは、とも思っている。
「えぇ、そうですね。王太后様のご意見では仕方がありませんわ」
「良かった。ミュゼット嬢ならそう言ってくれると思ったよ」
まるで二人だけの世界にいるかのような会話を聞き、気持ちが冷めていくのを感じる。
本来なら同じ王妃候補である私が、でしゃばる場面……なんだろうけれど、水を差す気さえも起きなかった。
「ヘイジニアに我がダルモリー王国の文化を知ってもらうにしても、色々と予定が詰まっていて、無理なんだよ。少ない日数で、全てを見てもらう事自体、不可能なことだからね」
「とはいえ、装飾類や服飾系は、産業に欠かせないものだ。良い貿易相手にもなり得る。が、数が多すぎて、いちいち説明している時間もままならない。だから舞踏会で見てもらうのが一番なことなんだ。分かるだろう、ミュゼット嬢」
「……はい」
エルネスト殿下が、ファビアン様の言葉を引き継いで、さらに説明をする。ミュゼット嬢に言い聞かせているように見えて、実は周りの令嬢方にも分かり易く説明をしているのだ。
けれど私は、三人が一緒にいる光景を見て、嫌な気分になった。感心する令嬢方に混じって、同じ表情を作ればいいのに、何故かそれができない。
ミュゼット嬢が王妃になったら、この光景が当たり前になる。多分、それが嫌だったのだろう。すると、そんな私の心情を読んだのか、ファビアン様がこちらを向いた。
「デルフィーヌ嬢も予定があったと思うけど、そういうことだから、いいかな?」
「勿論です」
実質、まだドレスを作っていないのだから、何も問題はなかった。
けれど、それ以外の言葉が続かない。ミュゼット嬢のように話題を広げたいと思えないのだ。エルネスト殿下相手だと、あんなにお喋りができたのに……。
そのエルネスト殿下がこちらに近づいてくる。
「兄上。お話の最中、申し訳ないのですが、デルフィーヌ嬢をお借りしてもいいですか? 先ほど、この庭園に新種の薔薇が植えられていることを話したんです。とても興味を持たれたようなので、是非案内したく」
「いいよ、エルネスト。ヘイジニアの王子と王女にも紹介するつもりだったから、よく観察しておいで、二人共。もし説明役が必要なら庭師を向かわせるけど、どうする?」
「ありがとうございます。庭師の話も、聞きたいと思うんだが、デルフィーヌ嬢もいいだろうか?」
「むしろ、私も聞きたいと思っていたので、是非ともお願いしたいですわ。とても香りが強いというので、特にそこのところなど。ヘイジニアの王子と王女も気になるのではないでしょうか」
ほら、こんな風に。ファビアン様だと、何故できないのかしら。
「そうだね。薔薇自体も形が綺麗だし、その上、香りも万人に好まれそうだった。上手く行けば、ヘイジニアとより良い関係が築けるかもしれない」
「まぁ、それほどに。ますます見に行くのが楽しみですわ」
「うん、一緒に行けないのは残念だけど、きっとデルフィーヌ嬢も気に入ると思うよ」
優しく微笑まれるファビアン様。本当に、私とミュゼット嬢を平等に扱おうとしているのだと、勘違いしてしまいそうになる。
だって、現にファビアン様はミュゼット嬢ばかりエスコートしているのだ。お気持ちはすでに、そちらでは? と思いたくなるのも当然だった。
どう返事をしていいのか困っていると、エルネスト殿下が手を差し伸べてきた。渡りに船とはこういうことをいうのだろう。
私は迷わずに、その手を取った。
「では、失礼致します」
ファビアン様とミュゼット嬢を前に、私とエルネスト殿下は一礼した。
まるで、これからダンスをするかのように。
***
「さぁ、ファビアン様。私たちも参りましょう。王太后様がお待ちになっておりますわ」
「……あぁ、そうだったね。母上は気が短いお方だから、すぐに行かなくては怒られてしまう」
そう苦笑しながらも、ファビアンの視線は遠ざかる二人の背中に向けられていた。
「黒鳥……」
「え?」
「ミュゼット嬢はデルフィーヌ嬢に、そういうあだ名をつけたって聞いたよ」
「えっと、その……」
焦るミュゼットとは反対に、ファビアンの表情はとても穏やかだった。
「確かに無駄な努力だと思うよ。黒鳥を探すのも、また捕まえることも。そう思わないかい?」
「……ファビアン、様?」
「だから、もういいんだ」
「何が……」
そうミュゼットが尋ねても、ファビアンは答えるつもりがないのか、ただ笑みを浮かべるだけだった。
デルフィーヌとエルネストに背を向けて。
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