第4話 売られた喧嘩を買う黒鳥

 楽しい一時ひとときというのは、何故すぐに終わってしまうのかしら。


 エルネスト殿下とのダンスを終えて、王宮を散策しながら、お茶会の会場である庭園を目指す。

 その間も、パルメが奏でた音楽の話や、庭園に植えられた薔薇の話などに花を咲かせていた。


 何でも、香りの強い、新種の薔薇を植えたのだとか。


 それは楽しみ、とその薔薇をいざ、見に行こうと庭園に足を踏み入れた瞬間、私の気持ちは一気に萎えた。

 取り巻きに囲まれた、ウェーブがかった銀髪の女性がいたからだ。後ろ姿だけでも、楽しそうに談笑しているのが見て取れる。


 もう少し庭園を楽しんでから、お会いしたかったわ。


 そんな内心の呟きが聞こえたのか、ミュゼット嬢が振り向いた。


「デルフィーヌ様、ごきげんよう」

「今日はお招きいただき感謝しますわ」


 可愛らしく、清楚な見た目に反して、ミュゼット嬢はその金色の瞳で私のドレスを値踏みしてくる。けれど、それは私も同じだった。

 可憐さをアピールしたいのか、フリルたっぷりの水色のドレス。左前身頃ひだりまえみごろを交差させ、右サイドをリボンで止めている。あまり見かけないデザインだった。


「あら、お気づきですか? さすがはデルフィーヌ様。実はこのドレス、『ボードリエ・ブティック』の新作の試作品なんです。次の舞踏会では正式にお披露目したくて」

「まぁ、そうでしたか。『ボードリエ・ブティック』の新作でしたら、次の舞踏会がとても楽しみになりましたわ。ミュゼット嬢が今、お召になっているものより、さらに豪勢で煌びやかなドレスなんでしょうね」

「も、勿論ですわ」


 私が何を言いたいのか、その意味を理解したらしく、ミュゼット嬢は顔を引きらせた。

 傍から見れば、「何て羨ましいのでしょう」と聞こえたかもしれない。もしくは「私にはそれほどのドレスは用意できませんわ」とも。


 けれど私と何度も舌戦をしてきたミュゼット嬢なら、その真意が違うことに、いち早く理解した。


 そう、私はさらにミュゼット嬢のドレスに箔をつけてあげたのだ。

 それによってミュゼット嬢は、今着ているドレスよりも、何倍も上等なドレスで舞踏会に出席しなければならない。

 同等のドレスではダメ。ほんの少し上でもダメ。

 もっと金額を跳ね上げたドレスでなければ、納得できないものにして差し上げたのだ。


 自慢するのなら、それくらいの覚悟を持ってほしいわ。


 けれど、そんなことで揺らぐミュゼット嬢ではない。


「逆にデルフィーヌ様はどのようなドレスを? 参考にお伺いしたいのですが」

「そうですね。被ってしまう可能性は低いですが……。でも、私の場合は懇意にしている仕立て屋がいますので、そちらにお任せすることしていますの」

「さすがはグラヴェル公爵令嬢様。羨ましいですわ。でも、いつもと代わり映えがないドレスは、飽きませんか?」


 流行はやりって知っています? いくら似合うドレスでも、恥ずかしくありませんか? 王妃候補として。


 苦笑を滲ませながら、暗に嫌味を言ってくる。


 全く、分かっていないのね。人と同じ物を着るのは、味気ないばかりか目立たない。けれど斬新過ぎると浮いてしまう。合わないドレスなんて以ての外。

 それを器用にこなしてこそ、一流の仕立て屋。彼女はそれを誇りに、私のドレスを作ってくれているのよ。バカにするのは許さない!


 しかし、反撃したのは私ではなかった。


「ミュゼット嬢が心配する必要はない。デルフィーヌ嬢のドレスは、すでに決まっているからだ」

「「え?」」


 思わずミュゼット嬢とハモった。お茶会に同席している令嬢たちからもざわめきが起こる。


「エルネスト殿下……それは、どういうことですか?」

「次回の舞踏会とは、隣国ヘイジニアの王子と王女のためのものだ。そのヘイジニアから贈られてきた布地を使ったドレスをプレゼントしたいと思ってね」

「あ、ありがとうございます」


 ヘイジニアの贈り物をあしらったドレスならば、誰も文句はない。ただ一点を除けば……。


「そのような大事な舞踏会に、いくら王弟殿下であっても、ファビアン様以外の殿方から贈られたドレスを着るなんて……」


 はしたない。

 ミュゼット嬢の言い分も最もだと思った。


「いや、これは兄上も承知している。そもそも、ヘイジニアの布地で仕立てられたドレスを、それぞれ王妃候補であるデルフィーヌ嬢、ミュゼット嬢に贈るつもりでいたんだ。兄上自ら」

「そうでしたか」


 見るからにミュゼット嬢は安堵しているが、エルネスト殿下の言葉をきちんと聞いていたのだろうか。

 それが如何に浅はかな行動であったのかを、エルネスト殿下自らが指摘する。


「あぁ。けれど、ミュゼット嬢はすでに舞踏会へのドレスを仕立ててしまった。故に、デルフィーヌ嬢だけに贈るわけにもいかなくなり、その役割を俺が引き受けた、というわけさ。王妃候補は平等に扱うのが、兄上の考えだ。勿論、ミュゼット嬢は知っているだろう?」

「えぇ。勿論、知っていますとも。それに、ファビアン様のお考えに意など唱えるつもりもございません」


 必死に言い訳しているミュゼット嬢。けれど私は、それを優位に眺めている余裕はなかった。

 何故なら色々と初耳なことがあって、エルネスト殿下を見上げていたからだ。


 すると、ニコリと微笑まれてしまった。


「実は驚かせようと思って黙っていたんだ。兄上も、自分からデルフィーヌ嬢に贈れないのもあって話せなかったのもある。あとは、そうだな。何かしら理由がなければ、俺からドレスを貰っても、困るんじゃないか。デルフィーヌ嬢も」

「は、はい。先程ミュゼット嬢が言ったように、いくらエルネスト殿下でも……恐らく、受け取ることも難しかったと思います」

「これでどうだろうか。俺もデルフィーヌ嬢も、不貞を働く気などないことが分かってくれたか?」


 ここはもう、どうやっても頷くしかない。


「しかし、そのような理由なら、『ボードリエ・ブティック』の新作ドレスは諦めますわ。同じ王妃候補として、ヘイジニアの布地ではないドレスを着るわけにはいきませんから」


 それもまた、一理あった。すると、王宮側からざわめきが起こる。


「そう言わずに、ミュゼット嬢にはそのまま『ボードリエ・ブティック』の新作ドレスで舞踏会に望んでもらえないかな」


 柔らかい口調でミュゼット嬢に近づく、紫色の髪の男性。


「「ファビアン様」」


 エルネスト殿下の兄にして、ダルモリー王国の国王陛下、ファビアン・ユーラ・ダルモリー様だった。

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