第15話 呼び出しを受ける黒鳥

 グラヴェル公爵家から帰った翌日、やはりというべきか、王太后様に呼び出された。

 エルネスト殿下との噂の件で。


 そのため、王太后様の部屋にはエルネスト殿下もいらっしゃる。

 さすがにファビアン様は不在だったけれど。


「ファビアンは今、大事な会議に出ているため、私が執り行うことになった」


 目の前に座る王太后様。その横にはミュゼット嬢がいる。

 私とエルネスト殿下が立たされていなかったら、ただの話し合いの風景だ。が、先ほど王太后様が仰ったように、『執り行う』様はまるで裁判のようだった。


 けして公平ではない。私たちに不利な裁判である。


「時間が勿体ないのでな。単刀直入に聞く。二人は噂通り、不貞を働いているのか?」


 いくら部屋に私たちだけしかいないからといって、ストレート過ぎませんか?

 もっとこう、「そういう仲だったとはな」とか。いや、噂を流した張本人がいる中では、却って白々しいのかもしれない。


 それに遠回しに言われた挙げ句、ネチネチと攻撃されるよりかはマシだと思った。


「噂はあくまでも噂です。王太后様はそれらを信じるんですか?」

「デルフィーヌ嬢。噂を噂と捉える者。真実だと捉える者。どちらが多いと思う? 本当の私たちを知らない者からすれば圧倒的に、いや、必然的に後者が勝るのだよ」

「王太后様もそちらの側の人間と捉えてよい、という意味にも聞こえますが、構いませんか?」

「いくら何でもそれは、王太后様に失礼ですよ!」


 席を立ち、ミュゼット嬢は私を指差す勢いで叱責した。が、すぐに王太后様が手を上げる。


「何故ですか? デルフィーヌ様は、王太后様を卑しい者たちと同列に扱ったのですよ〜」

「デルフィーヌ嬢の不快を買ったのだ。仕方がないだろう。私はただ、二人の気持ちを確認したかったのだ」

「気持ち? それはどういうことですか、母上。俺たちを言及するつもりで呼び出したのではないのですか?」


 そう、不貞を理由に叱責し、王妃候補を辞退するように言うのかと思っていた。

 もしくは私を嫌うあまり、エルネスト殿下の前で恥をかかせ、関わらせないように言いくるめるつもりでいたのか、とも。


 しかし先ほどの発言を聞く限り、違うのかもしれない。いや、ただ単にミュゼット嬢をなだめるための方便である可能性も否定できなかった。


 油断してはいけない。相手はミュゼット嬢ではなく、王太后様なのだから。


「ふふふっ。エルネストの気持ちがデルフィーヌ嬢にあるのなら、臣下に下ってみないか、と思ってな」

「臣下?」

「そう、公爵の爵位をたまわり、新たな家門を作る。その上でデルフィーヌ嬢と共に過ごすのはどうだ、と言っているのだよ、エルネスト。そう、悪くない話だろう。お互い想い合っているのならば」


 思わずエルネスト殿下を見た。

 王太后様の言う通り、悪くない提案だと思ったからだ。


 ファビアン様の妻にはならず、ミュゼット嬢と不問な争いをする必要はない。エルネスト殿下と共にいても、誰にも非難されずにすむ。


 なんて魅力的な提案だろう。


 しかし、エルネスト殿下は違った。


「そうして俺たちを追い出すつもりですか?」

「何を言う。この母の親心が分からないのか?」

「ならば、兄上を交えて話し合うべきです。何故なら兄上が愛しているのは、ミュゼット嬢ではなくデルフィーヌ嬢なのですから」

「えっ?」


 私が驚くと、ようやく振り向いてくださったエルネスト殿下に苦笑いされた。

 やっぱりな、とでもいうように。


「俺とデルフィーヌ嬢の噂を立てれば立てるほど、兄上は嫉妬して、デルフィーヌ嬢に近づく。昨日がいい例だ。市井を視察など、ない公務をでっち上げてまでデルフィーヌ嬢を誘ったんだからな」

「あっ、だから突然……」


 やって来たんだわ。てっきり、噂を流すのに忙しいミュゼット嬢と、予定が合わなかったのかと思っていた。


「誤算だったな、ミュゼット嬢。不貞を働いたという理由で、デルフィーヌ嬢を諦めさせたかったんだろうが、逆効果だ。いつも穏やかな兄上が、俺に対して敵意を剥き出しにしていたんだからな」

「まさかっ!」


 有り得ないわ、と言おうとして、その考えに至ったのだろう。ミュゼット嬢の顔は、みるみる内に青くなっていった。


「ですから、この話はなかったことに。ミュゼット嬢も辞めるんだな。いくら兄上でも、逆鱗に触れればどうなるか知らないぞ」

「ファビアンが私に背くとでも言うのか」

「母上は王ではありません。兄上です。母上を排除しようと思えばいくらだってできるんですよ。俺は昨日、暴君の素養を見ました」


 まるでご自分が王になったら排除する、といわんばかりの迫力があった。

 けれど、私の手と腰を掴む仕草は優しかった。


「それでは俺たちはこれで、失礼致します」


 カーテシーどころか、お辞儀さえもさせるつもりがないのか、エルネスト殿下に引かれるがまま、部屋を出た。残った二人がどのような顔をしていたのか、分からないまま。



 ***



 しかし、そこからはもう大変だった。


「待ってください。何故あのようなことを? いえ、その前にファビアン様が私を、というのは……」


 エルネスト殿下は王太后様の部屋を出てから、まるで一分でも早くあそこから離れたいと謂わんばかりに足早だった。しかも、その状態で私の手を掴んでいる。


 私の声が聞こえないのか、いくら言っても止まってはくれない。次第に私も、声をかける余裕を無くしていった。


 待って、と言いたくても、口から出るのは荒い息。踵に感じる痛み。

 次第におぼつかない足取りになり、私はその場で崩れた。


「あっ……」

「っ! デルフィーヌ嬢!」


 良かった。ようやく気づいてくださった。そう思った時にはもう、意識を手放していた。

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