第14話 王vs王弟(エルネスト視点)
この時ほど、密かに隠密を付けておいて良かったと思わざるを得なかった。
デルフィーヌ嬢を毒殺しようとした罪をオルガに擦り付け、殺害。それすらも母上を味方につけたことで、もみ消そうとするミュゼット嬢。
王妃候補の力関係も、母上がいれば心配する必要はない。母上もまた、デルフィーヌ嬢を王妃にしたくない側の人間だからだ。
デルフィーヌ嬢に想いを寄せていても、兄上は母上に逆らえない。そこに来て、俺との不貞を疑う噂が飛び交う。
兄上がこれに嫉妬をすることは分かっていた。あの赤いチューリップ……。
「愛を伝えながら、自分を信じてほしいと
実に兄上らしい伝え方だと思った。が、案の定、デルフィーヌ嬢には微塵も伝わっていない。
「そりゃ、必死になるよな。俺もこうして、二人の後を追いかけるようなことをしているんだから」
パルメの話から、宝石店に行くのは分かっていた。先回りをして眺めていた矢先、デルフィーヌ嬢が馬車から飛び降りる。
御者はノエが変装していたから、明らかに何かあったのだろう。
数分後、遅れて出てきた兄上をノエが引き留めている。その間に俺はデルフィーヌ嬢を追った。
けれど、真正面から追えば、兄上に気づかれる。だから、裏道を使いデルフィーヌ嬢の姿を捉えたところで、腕を掴んだ。
「キャッ!」
市井で誰とも知れぬ相手に腕を掴まれた挙句、裏道に引き込まれれば、デルフィーヌ嬢でなくても怯えるだろう。
俺は安心させようとフードを脱いだ瞬間――……。
「嫌っ!」
更なる拒否反応に戸惑った。
「俺だ。エルネストだ」
「えっ? どうして、ここに……?」
最もな質問だと思った。が、すぐに振り返るデルフィーヌ嬢の様子から、どうやら俺を兄上だと勘違いしていたらしい。
同じ髪と目の色をしているから、顔よりもまず、そっちに気を取られたのだろう。
「すまない。兄上と出かけたと聞いて、気になって……」
「エルネスト」
いや、俺もデルフィーヌ嬢に気を取られていたらしい。兄上がすぐに追いついていたことも知らずに……。
「いつも僕の代わりに、デルフィーヌ嬢をエスコートしてくれていたのには感謝している。けれどさすがに、これは出しゃばり過ぎじゃないかな。それとも、あの噂は本当なのかい?」
兄上の質問にデルフィーヌ嬢の肩が跳ねる。恐らく、同じ質問をされたのだろう。
「違います! エルネスト殿下は私を心配して――……」
「僕と出かけるのに、何が心配なんだい?」
「今まで兄上は、ミュゼット嬢を常に連れていました。それなのに、今回はデルフィーヌ嬢。ミュゼット嬢が黙っていないと思いました。すでに赤いチューリップの件で、ミュゼット嬢の立場は悪くなっていますので」
デルフィーヌ嬢の毒殺未遂とも相まって。
それでなくとも、母上の機嫌も悪いのだ。デルフィーヌ嬢に肩入れすればするほど、危険が迫ることは、兄上が一番分かるだろうに。
「だからといって、エルネストが駆けつける必要はあるのかな?」
「幸いにも俺は、母上の関心も干渉もない、自由な身ですから」
兄上と違って、グラヴェル公爵家に肩入れしても問題はない。
「どうかな。あの噂でデルフィーヌ嬢の純潔が疑われているんだ。どっちが迷惑をかけていると思うんだい?」
「ファ、ファビアン様!?」
俺はデルフィーヌ嬢を押しのけて、前に出た。
「兄上。王妃候補を立てた時点で、どちらかを選ばなければならないんですよ。片方を側室にはできません。デルフィーヌ嬢をお手付きにするつもりですか?」
「エルネスト殿下!?」
こっそりマントの下からデルフィーヌ嬢の手を掴み、本心ではないことを伝える。すると、デルフィーヌ嬢も兄上から見えないのをいいことに、そっと背中に手を触れてくれた。
それがどれだけ俺の力になることか、知っているのだろうか。
「まだミュゼット嬢を選ぶとは――……」
「言っていますよ、母上が」
「エルネスト!」
「デルフィーヌ嬢も、もう知っています。なので、ここはお引き取りください」
「っ!」
俺とデルフィーヌ嬢のことで見境をなくしていたようだが、さすがの兄上も我に返ったらしい。珍しく舌打ちをする姿を見せながら、踵を返して行った。
その姿が遠ざかるまで、俺はデルフィーヌ嬢の手を離さなかった。
***
「ありがとうございます」
そっと手を離して振り返ると、デルフィーヌ嬢は安心した表情になっていた。兄上と何があったのか聞きたいが、ここは他の目と耳が多い。
すでに先ほどのやり取りで、少なからず注目を浴びていた。ノエたち隠密が、密かに人払いをしていても、野次馬たちをすべて排除することは難しい。
「とりあえず、向こうに馬車を用意してある。……グラヴェル公爵家に向かおうか」
「はい。そうですね。宝石、いえ舞踏会用のアクセサリーを取りに行った、という名目もありますから、不審に思われないかと」
やはり、あの噂を聞かれたのだな、兄上に。俺とデルフィーヌ嬢が不貞どころか、関係を持っている、という噂を。
「あの噂は気にするな。ミュゼット嬢がまた、言い触らしているだけに過ぎない」
「でも、ファビアン様が……」
体を震わせ、怖がるデルフィーヌ嬢。抱き締めてはいけない、と思いつつ抱き上げた。
「あの、エルネスト殿下!?」
「今日中に用事を済ませて王宮に戻らなければ、また噂が立つ。時間がないんだ。我慢してくれ」
「わ、分かりました」
戸惑いながらも、デルフィーヌ嬢は俺の首に手を回した。ダンスの時とは違う、密着と体の柔らかさ。そして匂い。
兄上には絶対に渡したくない、と強く思った。
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