第13話 戸惑う黒鳥

 私の気持ちが固まりつつある中、一着のドレスが届けられた。送り主は勿論、エルネスト殿下だ。


 隣国ヘイジニアの王子と王女の来日が近づき、彼の国の美しい布地で作られたドレスもまたそれに合わせて仕上げられた。

 元々、歓迎の舞踏会用だったから、遅くても到着までには届かなければならないもの。ミュゼット嬢、もしくは王太后様の妨害があったら、と懸念していたが、それは杞憂に終わった。


「さすがに、ヘイジニアと折り合いを悪くしてまで、嫌がらせをするリスクはしたくはないでしょうからね」


 それこそ、足元を掬いかねない行為だ。

 お陰で無事に到着したドレス。パルメが丁寧に箱から出して、トルソーにかけた。


「まぁ、これがメージウムなのね」


 私は早速、黒地のドレスの上に重ねられた、白くて薄い布地に触れた。見た目は少し硬い印象があるのに、滑らかで肌触りがいい。

 ヘイジニアからの贈り物、メージウムの特徴だった。


「はい。スカートの部分など、三枚ほど重ねただけでボリュームが出る、とお聞きしましたが、これほどまでとは。持った限り、それほど重くありませんでした」

「メージウムに刺繍が施されているのに?」

「それは表面の一枚だけですから」

「あら、本当だわ。レースのように見えるからかしら」


 そっと手を離して、遠くからドレスを再び眺める。肩を出したデザインだが、二の腕をメージウムが隠してくれている。

 いや、オーバードレスとまではいかないが、全体的に覆われているような印象だった。


 お陰で白とグレーのように見えるドレス。


「黒いとまた黒鳥と揶揄され、逆に白だとミュゼット嬢に対抗しているようにも見えるものね」

「でしたら、赤いドレスにしていただければよろしいのに。デルフィーヌ様の瞳と同じです」

「ダメよ、パルメ。赤は目立つもの。ヘイジニアの王女と重なったら大変だわ」


 またミュゼット嬢に突っ込まれる。それよりも重要なことが一つだけあった。

 ミュゼット嬢が自身を白鳥にたとえ始めてから、私は白を敬遠していた。勿論、黒も。だから……。


「このドレスに合うネックレスってあったかしら」

「そうですね。ルビーのネックレスはどうですか?」

「パルメ」


 さっきその色はダメだと言ったじゃない。


「では、間をとってピンクなどは? といいたいところですが、公爵家から持ってきた宝石箱の中には、残念ながらありません」

「この間、お父様がいらっしゃった時に頼めば良かったわね」

「今から頼めば大丈夫ですよ。私、すぐに連絡して参ります」

「えぇ。よろしく頼むわ」


 そうしてパルメを見送って一時間。今日の日程を変更せざるを得ない相手と共に帰ってきた。


「おかえりなさい、パルメ。どうだった?」

「それが、その……」

「話は聞いたよ、デルフィーヌ嬢。ちょうど市井を視察に行こうと思っていたんだ。共に行かないかい?」

「……ファビアン様」


 どうして? 本来なら喜ぶべきところなのだろうが、私の心境は複雑だった。



 ***



「突然、市井を視察など、如何なされたんですか?」


 そんな暇があったら少しでも休めばいいのに、とつい本音を忍ばせてしまう。

 けれど、馬車の中で向かい合うファビアン様は、ただ穏やかな表情で受け流していた。


 あの日、王太后様とミュゼット嬢の話を聞かなければ、優しい方なのだと、今も思っていたことだろう。


 だが、これでも私はファビアン様とエルネスト殿下の幼なじみと断言できる存在。甘く見ないでほしい。


 そっとフィルターを付けただけで分かる。

 あぁ、この人は考えることを放棄している。言葉の裏にあるものを読み取れる能力を持ちながら、波風を立てないように、平地を荒地にしないように、極力努めているのだ。


 それは人としていいのかもしれないが、王としては……。


「うん。ちょっとエルネストが用意したドレスが気になってね。デルフィーヌ嬢のところへ行こうとしたら、パルメに会ったんだ」


 パルメが私の専属になったのは、だいぶ昔のこと。そのため、ファビアン様もパルメに話しかけやすかったのだろう。まさか、それが仇になるなんて……。


「わざわざグラヴェル公爵家から持って来させるより、僕が贈った方がデルフィーヌ嬢にとってはいいんじゃないかな」

「……お気遣いありがとうございます。しかし、よろしいのですか?」

「何が?」


 私に贈り物をするのは、王太后様の意思に背くのではないのだろうか。いや、すでに赤いチューリップをもらっていただけに、それもまた違う気がした。

 だからといって、ミュゼット嬢を話題に出すのも嫌だった。


「今、デルフィーヌ嬢が王宮で何と噂されているか知っているかい?」

「え? 黒鳥……以外ですよね」

「勿論。そうか。やっぱり知らないんだね。じゃ、教えてあげる。エルネストと関係を持っているって、本当?」


 私が驚いている間に、ファビアン様が隣に移動してきた。


「デルフィーヌ嬢は王妃候補。僕のだ。ただ単に君を陥れるために、ミュゼット嬢がそんな噂を立てているだけなのかな? それとも、常に傍にいられない僕への腹いせ?」

「恐らく、ミュゼット嬢の嫌がらせですわ。いつもの……」

「でも、火のない所に煙は立たないって言うしね。確認させたら、用もないのにデルフィーヌ嬢の部屋に行っているそうじゃないか。それも頻繫に」


 明らかに不貞を疑われている。ミュゼット嬢に唆された、という可能性は否定できないけれど、何故そんなに怒っていらっしゃるの?

 気味が悪くて、怖い……。


「……エルネスト殿下は、お茶会の件で様子を訪ねに来るだけです。長いこと、伏せっていましたから」

「そうだね。裁判にも出られないほどに。だから赤いチューリップを贈ったのに、僕の気持ちは少しも、デルフィーヌ嬢に伝わっていなかったのかな?」

「ファビアン、様?」


 誰? この人。本当に怖い。そう思っていると、突然腰を掴まれて、引き寄せられた。抱き締められる、と思った瞬間――……。


「嫌っ!」


 私はファビアン様を突き飛ばしていた。


 驚いているファビアン様。震えている私の顔は、恐らく青ざめていたことだろう。

 それでも私に伸ばされる手。予測がつかない行動。考えが読めないファビアン様とこれ以上、一緒にいるのは耐えられなかった。


 それが御者にも伝わったのだろう。馬車が止まった。その瞬間、私はドアを開けて逃げた。

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