第2章 それぞれの戦い

第12話 黒鳥の本心

 父、グラヴェル公爵が、王宮にある私の部屋を訪ねたのは、それから数日後のこと。

 隣国ヘイジニアの王子と王女の来日について、私のところへやってきたのだ。表向きの理由は。


「お前は本当に、それでいいんだな?」


 お父様に手紙を送ってから、何度も繰り返し聞かされている質問。ここへ来た本来の目的は、恐らく直接会って確かめたかったのだ。私の気持ちを。


「はい。私が黒鳥と言われても、エルネスト殿下は変わらずに助けてくださいました。それに報いたいんです」

「デルフィーヌらしい答えだが、私が聞いているのはそういうことではない。王妃候補に祭り上げた私がいうのもおかしいが、これでも父親なのでな。好きでもない男の元には……」

「実は私もよく分からないんです。好きだといえば好きですが、それが愛情なのか……。ただ言えるのは、ファビアン様のところには嫁ぎたくない、ということです」

「だから、エルネスト殿下というわけか?」


 それもまた違う気がして、首を横に振った。


「いいえ。王妃になりたいから選んだわけではありません。その、まだ上手く言えないのですが……」

「なるほどな。デルフィーヌの気持ちは、殿下。貴方次第のようですぞ」

「えっ!?」


 殿下って、エルネスト殿下!?


 扉の方へと視線を向けると、バツが悪そうに頭をかく青い瞳と視線が重なった。途端、私は両手で頬を覆い、背を向ける。恥ずかし過ぎて、顔もあげられない。


「お父様、酷いです。騙し討ちをするかのように私の気持ちを聞くなんて」

「何を言う。お前が殿下に気持ちを打ち明けたのか、と尋ねたら聞いていない、と言うではないか。父として臣下として、これくらいはしても罰は当たらんぞ」


 そんな屁理屈を言うなり、お父様は席を立った。


「殿下。こちらはお膳立てしたのですから、あとは任せましたよ」

「相変わらず公爵は容赦がないな」

「これも娘の幸せと思えば、ですよ」


 どの口が言うのよ! と言いたくて顔を向けると、再びエルネスト殿下と目が合う。だから私はすぐさま、顔を元の位置に戻した。


「デルフィーヌ嬢。その、すまない。公爵とそういう話になって――……」

「私も確かに伝えていませんが、エルネスト殿下も……よろしいのですか?」


 思わず重要な部分を濁してしまった。

 だって、告白もしていないのに、プロポーズのようなことを言った挙げ句、愛情なのかも分からないって……最低じゃない、私。

 それなのに、エルネスト殿下の気持ちを確かめるなんて、図々しいにも程がある。


 私が妻で……。


「いいに決まっている。今更、王座を目指すつもりは微塵もなかったが、デルフィーヌ嬢を娶れるなら頑張れる」

「〜〜〜っ!」

「今までは兄上の王妃候補だから言えなかったが、公爵から許可も得た。これで堂々とデルフィーヌ嬢を口説ける」


 未だ、背を向けているからか、エルネスト殿下は遠慮なく私の隣に腰を下ろす。さらに私の髪に触れ、一房だけ掴んだ。

 見なくても分かる。持ち上げられた髪に落とされる唇の感触。


 ふ、振り返れない……!


「エルネスト殿下! ここは公の場ではありませんが、誰が見ているか分かりません。ひ、控えていただけると有り難いのですが……」

「母上とミュゼット嬢のようにか?」


 思わず肩が跳ねる。


「確かに、今のデルフィーヌ嬢は兄上の王妃候補だ。俺のじゃない。だが、このまま不貞を疑われた方が、兄上に打撃を与えられるのではないか。それが巡り巡って母上に――……」

「有り得ませんわ。逆に足元を掬われて、排除されるでしょう。王太后様の意にそぐわないエルネスト殿下も一緒に。これは口喧嘩と同じですわ」


 私は振り返り、青い目を見据える。その真剣な眼差しに、エルネスト殿下も居住まいを正した。


「口喧嘩?」

「はい。口喧嘩では、相手に隙を与えてはいけません。攻撃するカードを持たせることになるのですから」

「まるで裁判だな」

「口論をするのですから、同じことですわ。裁判というと、オルガはどうなりましたか?」


 今となっては、彼女がミュゼット嬢のブレインというのも疑わしくなった。ただの手足だったのではないだろうか。


「自殺した」

「え?」

「表向きはな。犯人はミュゼット嬢の新しい侍女だ。コルネイユ侯爵家からやってきたという」

「まさか、侯爵の指示ですか?」

「そうとしか思えない」


 娘が娘なら親も親か。


「つまり、ミュゼット嬢のブレインはオルガではなく、コルネイユ侯爵。ミュゼット嬢もまた、親のいいなりだったんですね」

「もしくは似た者親子という可能性もある。だから、少ない連絡だけで色々と動けるのかもしれない」

「けれど浅はかな行動も見られますよ。そうなると、あれらは経験不足だったということでしょうか」


 私も人のことは言えないけれど。


「多分な。だからこそ、そこに勝機がある。デルフィーヌ嬢が聞いた話だと、母上は今、ミュゼット嬢を庇い立てすることを躊躇っている。立て続けは良くないと」

「はい。けれど、再調査を認めてもらったのに、こちらが破るのは……」

「向こうも予告なく仕掛けてくるんだ。こちらが躊躇う必要はない。再調査とて、本当にするのかどうかも怪しいくらいだ。ヘイジニアの王子と王女の来日で、有耶無耶にする気かもしれないんだからな」


 そう言われてしまえば、返す言葉もなかった。


「だが、心配なこともある」

「そうですね。ミュゼット嬢の背後には王太后様がいることには変わらないのですから」

「そっちじゃない」


 エルネスト殿下が距離を詰めてきた。


「ミュゼット嬢を排除したら、名実ともにデルフィーヌ嬢が王妃候補……兄上の婚約者となってしまう。俺はそれが心配で……怖い」

「エルネスト殿下……」


 私はそっと手を伸ばした。すると、エルネスト殿下に掴まれ……。


「っ!」


 手にキスをされた。自分からしておいて、と思われるかもしれないが、私はただ慰めたかっただけで、そこまでは求めていない。


 ……本当に? 共に闘ってくれる方に対して。


 ファビアン様は共に闘うどころか、私に背を向けた。お一人で闘う、いや逃げている方を支えることはできない。

 あの赤いチューリップも、今となっては気味が悪い。ミュゼット嬢を選んだのであれば、私のことなど無視すればいいのに。


 今の私に必要なのは、同じ意思を持ち、共に歩んでくれる方。その方に求められ、向き合うことができるのは、幸せなことだ。


 改めて思う。私はエルネスト殿下の妻になりたいと。

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