第11話 立ち聞きしてしまう黒鳥

 エルネスト殿下に言われた通り、王太后様との謁見は無駄に終わった。

 それを悔しくない、と言えば嘘である。勝てない戦でも、悔しいものは悔しい!


 だがこれで、私の意思は王宮に広まったことだろう。


『このようにすぐ抗議を申し立てるのは、王妃として相応しくない。が、デルフィーヌ嬢の言う通り、そなたは被害者だ。よって、今回の申し立ては不問としましょう』


 その理屈ならば、お茶会ですぐに抗議をしたミュゼット嬢はどうなのよ!


 私は謁見の間で言われた、王太后様の言葉に怒りを覚えた。つまり、そういうことなのだ。

 ファビアン様がミュゼット嬢に肩入れするのも、全て王太后様の意向。


 傀儡、マザコン、と揶揄したくなる臣下たちの気持ちが痛いほど分かった。


「分かったからってどうなるというの?」


 お父様の、家門の力を使えない今の私に何ができるというのだろうか。

 王宮は王太后様の庭だ。再調査の案件も、エルネスト殿下の言う通り、揉み消されそうになった。


『そういうものに国費を使いたくはない。調査は一度やればいいでしょう』

『それでは幾つもの冤罪を生みます。罪のない者が裁かれる国と思われてもよろしいのですか? 私は被害者です』

『デルフィーヌ嬢。私はそこまで言ったつもりはない。ただ無駄だと言ったのだ』

『同じことです。王太后様のお考えでは、ここにいる貴族の者とて、納得できないでしょう。それがいつ、自分の身に降りかかるのか、分からないのですから』


 私の発言に謁見の間がざわついた。

 何せ、王太后様の機嫌を損ねれば、明日は我が身なのだ。皆、心配になるだろう。

 私は公式の場を最大限に活用した。その結果……。


『分かった。被害者の言葉に耳を傾けない、と思われるのは私も不本意なこと。再調査の件は認めましょう』


 ミュゼット嬢の罪は問えなかったが、再調査だけでも勝ち取ることができた。


「はぁ、疲れたわ。早く部屋に戻って休みたい」


 けれど、ここは何処かしら。

 謁見の間からここまで、どのように来たのか憶えていない。

 何せ、王太后様の言葉が脳裏から離れなかったのだ。その度に怒りが込み上げ、ひたすら歩みを進めた。

 ズカズカ、ズカズカ。まるで歩けば怒りが沈むとばかりに。


「そんなことは有り得ないのに、私ったら」


 王妃候補となってから、何もいいことがない。一つだけあったとしたら――……。


「エルネスト殿下……」


 私は頭を横に振った。

 これでは本当に不貞を働いているようなものだわ。


「けれど、ここは何処なのかしら」


 辺りを見渡しても変わらない光景。寒々とした見覚えのない廊下。こんなにも調度品が少ない廊下など、王宮にあっただろうか。

 質素というには寂れている。


 私はこのまま進むべきか悩んでいると、前方から話し声が聞こえてきた。


 誰か、いるのかもしれない。私はを進める。すると、薄っすらと開いた扉が見えてきた。中の光が漏れて、まるで誘っているようにも感じる。

 私は近づき、中をこっそり窺った。


「それでお許しになったのですか?」

「仕方がないだろう。他の貴族たちの不審を買う訳にはいかないのだから」

「そんなもの、王太后様の力で捻じ伏せればよろしいのに」

「ミュゼット嬢。容易いことを言うが、私は王ではないのだぞ」


 王太后様と……ミュゼット嬢!?

 どうして二人が……。


「ですから、いつものようにファビアン様を使えばいい、と言っているのです」

「容易く言ってくれるな。そう何度も使えば、それこそ不審を買う」

「また貴族ですか?」

「いや、それだけではない。私がファビアンを操っているという噂が段々大きくなってきている。国民にまで知られたら、私もただではすまないだろう」


 確かにマザコンでは? という噂は私も聞いたことがあった。が、これは違う。


 操っている、と王太后様は言った。さらにミュゼット嬢はファビアン様を使えば、とも。

 つまり、二人は繋がっていて、ファビアン様はその操り人形なのだ。


 そこにファビアン様の意思などない。何て酷いことを……!


「だから、その噂を流している者たちを排除しておくれ」

「王権派の筆頭、グラヴェル公爵ですね」

「その娘のデルフィーヌも」

「分かっておりますわ、王太后様」

「この間のように失敗すれば、次は庇えないぞ。再調査も認めてしまったのだからな」


 私だけでなく、お父様まで……。


「それでも王太后様は揉み消してくれますわよね。デルフィーヌ嬢を王妃にしたくはないでしょう?」

「無論だ。ファビアンがミュゼット嬢を選んでくれさえすれば、こんな面倒は起きなかったのだ」

「本当、忌々しいですわ!」


 どっちが! と言いそうになる心を必死に抑え、ゆっくりと私はその場から離れた。


 心臓が激しく鼓動を打つ。けれど体は静かに、物音を立てないようにそっと動かす。頭はぐちゃぐちゃになり、ここをどう切り抜けたのかも覚えていない。


 ただミュゼット嬢と王太后様は話に夢中なのか、私に気づかなかったことは幸いだった。

 いや、そうではない。エルネスト殿下の隠密であるノエが、私を回収してくれたのだ。なかなか戻ってこないことを心配した、エルネスト殿下の命令で。



 ***



「ありがとうございます」


 部屋に戻って早々、私はエルネスト殿下に感謝の意を述べた。


「いや、無事で良かった。ノエから、母上とミュゼット嬢の会話を聞いた、と報告を受けたが本当か?」

「はい。それで、あの、あれは真なのでしょうか。私は迷子になって、幻覚を見たとかそういうことは……」


 あまりにもノエの手際が良すぎて、先ほど見た光景が嘘のように感じた。


「それはない。俺もデルフィーヌ嬢と同じものを見た、いや、聞いたことがあるんだ」

「っ!」


 エルネスト殿下が? 母親が兄を傀儡にしている、ということを?


「だから、ミュゼット嬢を貶めたいと言ったのですか?」

「そうだ。母上については、もうどうすることもできないが、ミュゼット嬢ならば兄上から引き離すことができる。また背後にいる貴族派の筆頭、コルネイユ侯爵も」

「王族なのに、王太后様は貴族派と繋がっていたのですね」

「あぁ。父上亡き後、王権派と対立してな。母上の実家も貴族派に鞍替えしたんだ」


 だから、筆頭であるお父様が邪魔だったのね。加えて私が王妃になったら、今のように大っぴらに権力を振るえない。

 敵の敵は味方とばかりに、貴族派と手を組んだ、というわけか。


「だから、あの時は強く言えなかったんだが、デルフィーヌ嬢には王妃となって、ミュゼット嬢と……母上を排除してほしい」

「い、嫌です。……ファビアン様の妻になるなんて」

「それでもデルフィーヌ嬢にしか頼めないんだ」

「でしたら、エルネスト殿下がなってください。ファビアン様の代わりに、王に」


 それならば王妃になりたい。いや貴方の、妻に。


「俺、が?」

「そうです。王太后様の後ろにコルネイユ侯爵がいるのならば、こちらはお父様が、グラヴェル公爵家がつきます」

「……兄上を押しのけて?」

「エルネスト殿下が王になってくだされば、私も全力でお支えします。これまで私にしてくださったように」


 恩返しさせてください、と私はエルネスト殿下の手を取った。


「俺の妃になってくれる、と?」

「はい」

「っ! 分かった。グラヴェル公爵に伝えてもらえるか?」

「勿論です」


 これでようやく、エルネスト殿下のお力になれる。皆の努力が報われるような気がした。


――――――――――――――――――


これにて一章完結となります。

「世界を変える運命の恋」になったでしょうか。

そう思っていただけると嬉しいです。

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