第16話 噂には噂を。黒鳥陣営の反撃

「デルフィーヌ……!」


 数日前を彷彿とさせるエルネスト殿下の表情に、思わず手を伸ばした。

 そうだ。あの時も、デルフィーヌと呼んでくださった。いつも敬称をつけて呼ぶのに。だから私も……。


「エルネスト」


 そう呼びかけると、私の手をご自分の頬に擦り寄せる。


「すまない。頭に血が登って……どこか痛いところはないか。医者にも見せたし、治癒師も呼んだんだが……」

「大丈夫ですわ。どこも痛くありません。それよりも、ここは私の部屋ですよね」


 王太后様の部屋から私が倒れるまでの距離。そこを差し引いても、ここまで私を運んだのは多分……。


「あぁ、俺が運んだ」


 やっぱり。


 私は話をするために起き上がった。もう大丈夫なのだと、分かってもらうためにも必要な行為だったからだ。

 しかし、それでも手助けしてくれるエルネスト殿下に、思わず頬が緩んでしまう。


「結構な距離があったと思いますが、その、大丈夫だったんですか?」

「何がだ? お茶会で……毒殺されかけた時も、こうしてデルフィーヌを運んだんだ。何も問題は――……」

「大有りですよ! 私たちは現在、噂を立てられています。それなのに、このような行為は、さらに拍車をかけることになってしまいます」


 そう、ミュゼット嬢の格好の餌食になるだろう。エルネスト殿下に注意を受けたからといって、止めるとは思えない。


 そんな私の懸念を払拭させたのは、エルネスト殿下ではなかった。


「ご安心ください、デルフィーヌ様。王太后様に呼び出されたことは周知の事実。それを利用させていただきました」

「パルメ?」

「失礼を承知でエルネスト殿下から事情を聞きました。ですから、「王太后様に身の潔白を言っても聞き入れてもらえず、憐れに思ったエルネスト殿下がさらにお助けした」という噂を流したんです。これで不貞疑惑は払拭できるのではないでしょうか」


 パルメの考えも分かる。噂には噂を。否定すればするほど、外野は私たちを煽るのだから、新たな火種を用意してあげればいい。

 大衆が求めるのは娯楽なのだ。けれど……。


「それでは余計、不利になるわ」

「何故ですか?」

「王太后様の不評を買ったと見なされ、味方になってくださるどころか、見捨てられたと判断され兼ねない。こう言いたくはないけれど、ダルモリー国で一番権力を持っているのは、王太后様なのだから」

「だからこそ、批判も母上に行く。権力が集中することは、同時に敵も作り易い、諸刃の剣だからな」


 確かに。権力に群がる者たちがいる反面、反発する勢力も同じくらいいる。


「現にグラヴェル公爵と仲違いしていることは皆、知っている。そこを利用したんだ。母上は娘のデルフィーヌをもいびる、器量の狭い人間だとな」

「ですが、私は王妃候補です。義娘となる可能性があるのですから、おかしなことではないと思います」

「それならば、ミュゼット嬢にもあるべきだろう。しかし、それはない。むしろ味方をしている。この図式から、デルフィーヌは母上とミュゼット嬢、双方から嫌がらせを受けている、という見方にならないか?」


 ちょっと無理があるような気もするが、私とミュゼット嬢を天秤にかけている者たちからすれば、有りえない……ことでは、ない?


「つまり、ミュゼット嬢と王太后様を同時に、悪役に仕立て上げる、というわけですか?」

「そうだ」

「お言葉ですが、そんな都合の良いことが起こり得るのでしょうか」

「デルフィーヌ様。そこはご安心ください。あのオルガにできたことを、私にできないとでも?」

「パルメ……」


 そう、名前を呼んだ途端、ハッとなった。


「ダメよ。貴女までオルガのようになったら……!」

「大丈夫。パルメには俺も何かと世話になっているから、隠密たちに護衛させている」

「そうなのですか。でも、世話とは?」


 私が王妃候補となる前も、度々グラヴェル公爵家に遊びに来てくださっていたから、パルメの世話になることも……あるわよね。


「色々な。今回も倒れたデルフィーヌの状態を見て、素早く適切な判断をしてくれた。俺は自分の失態に慌てて、随分と情けない姿を見せたと思っている」

「とんでもございません。それだけデルフィーヌ様を大切に想っていらっしゃる証拠です。誰が非難できましょうか。そんな殿下だからこそ、お仕えする私たちだけでなく、デルフィーヌ様もまた信頼しているんです」


 パルメたちもエルネスト殿下の味方であり、私が選ぶようにうながしてくる。私が「分からない」とお父様に答えていたのを危惧しているようだった。


 そんな心配はしなくていいのに、と後で言わないとね。いや、それだけ私は、周りに心配をかけているのだ。


 公の場にパルメたちは参席できない。私がミュゼット嬢と舌戦を繰り広げていることなど、噂程度にしか知らないのだ。

 黒鳥と揶揄されても、私は何も動かなかったことが、余計に歯がゆかったのかもしれない。


 パルメも動いてくれると言っている。エルネスト殿下がそれも含めて私を守ろうとしてくれている。

 同じ土俵には上がりたくはなかったけれど、周りを心配させるのならば、立ちましょう。


 けれどその前に、聞いて置かなければならない案件があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る