第17話 王弟の想いを知って黒鳥は……

「パルメ。貴女たちの気持ちは分かったわ。それで悪いのだけれど、お茶を淹れてきてもらえる?」

「あっ、私ったら気を遣えずに申し訳ありません」

「ううん。急いでいないから、いいのよ」


 用事を頼んだ分際で、なんて矛盾した答えを言っているのだろう、と思うかもしれないが、それには理由があった。

 そそくさと部屋から出て行くパルメを見送った後、エルネスト殿下がその回答を述べる。まるで答え合わせをするかのように。


「わざわざ人払いをするようなことをしなくても、パルメは悟って出て行くと思うが」

「勿論です。パルメは優秀なメイドですから。けれど私は、エルネスト殿下と真剣な話がしたいんです」

「……母上が提案したことか?」


 眉をひそめ、あからさまに嫌な顔をするエルネスト殿下。優しい眼差しばかりを受けていたせいか、一瞬、怖いと感じてしまった。が、怯んでいる場合ではない。


 ちゃんと聞かなければ……!


「はい。何故、あのような返答をなさったんですか? そんなに悪い話ではなかったと思います」

「……俺とデルフィーヌにとってはな」


 意味が分からず首を傾げると、エルネスト殿下は言葉を続けた。


「デルフィーヌは兄上の気持ちに気づいていなかったが、俺はずっと前から知っていたんだ。それこそ、俺がデルフィーヌを好きになった時から」

「え?」

「多分、向こうも初恋だと思う。俺もそうだったから。だから余計、戦わずしてデルフィーヌをめとることはしたくないんだ」


 初恋って、え?

 エルネスト殿下に初めてお会いしたのは、九歳の頃。ファビアン様とは七歳だ。


 周りから聞く、初恋の年齢を参考にしても、今の私は十九歳だから、最低でも十、年……?


「そ、そんな前から……」

「気づかなかったか?」

「はい。私はそこら辺、鈍いと言われていますから」

「誰に?」

「パルメや他の友人たちにですわ」


 もしかしたら、その中にエルネスト殿下とファビアン様がいらっしゃったのかしら。


「……だからといって、お二人が争うなどと。私は戦利品ではないのですよ」

「言い方は悪いが、何ていうんだろうな。正々堂々と戦った上で、そう。兄上も納得した上で結婚したいんだ、デルフィーヌと」


 正々堂々と、という言葉に、私は自分とミュゼット嬢を重ねた。


 初めは王妃になりたいとは思わなかったが、ミュゼット嬢には負けたくない、と次第に思い始めた。

 それはひとえにお父様やパルメ、エルネスト殿下の為にだ。


 仮に王太后様の意見を汲んだら、その人たちの思いは? 私は無責任にも放棄してしまうことになる。だからエルネスト殿下も……。


「けじめをつけたい、ということですか?」

「恐らくな。これがどういう気持ちなのか、よく分からないんだ。だから、母上の部屋を出た後、頭に血が登って……」

「勝手に終わらせようとした王太后様に怒ったんですね」

「一瞬でも、逃げようとした俺自身にも」


 私は逆に、その選択肢を選ぼうとした。それが急に恥ずかしくなった。


「エルネスト殿下のお気持ち、よく分かりました」

「まぁ、そこの部分だけでも分かってもらえて良かったよ」

「そこ?」


 他に見落していた部分があったかしら。


「あっ、分かりました。申し訳ありません。王座のことを含めるのを忘れていました。エルネスト殿下が諦めてしまったら、王太后様とミュゼット嬢の天下ですもの。あんな提案はしたものの、後で私たちを始末するかもしれません」


 そう、グラヴェル公爵家を取り潰す可能性が高かった。エルネスト殿下が臣下に下る理由を、私のせいにして……。


「まぁ、それもなきにしもあらずだな」

「ち、違いましたか?」

「どちらかというとな」


 苦笑するエルネスト殿下を見て、私は懸命に考えた。これは絶対に当てなければダメだと、脳が警告している。


 すると、エルネスト殿下が私の名前を呼んだ。


「デルフィーヌ」

「はい」


 けれど、それだけだった。


「エルネスト殿下?」

「デルフィーヌ」

「何でしょう」


 返答がない。しばらくすると、また……。


「デルフィーヌ」

「どうなさったんですか?」

「デルフィーヌ」

「もう! 分かりません。教えてください。何故、そんなに私の名前を呼ぶんですか?」

「呼んでほしいからだよ」

「呼びました!」


 エルネスト殿下と、さっき言ったじゃないですか。

 すると、何が可笑しいのか、口元を手で隠しながらクククッと笑い出したのだ。


「すまない。つい、幼い頃のデルフィーヌを思い出したんだ。大きな声で笑ったり、泣いたり、怒ったり。憶えているか? 俺と兄上に「狡い」と言って怒った挙げ句、大泣きしたんだ」

「だって、外で遊ぶものは全部、勝てないんだもの。だからといって、部屋で遊ぶものは嫌だってエルネストが言ったから……あっ」

「ようやく言ってくれた」


 途端、顔が熱くなった。


「こんな遠回しなやり方をしなくても……」

「そうしないと、デルフィーヌは敬称を取ってくれないだろ。敬語だって、俺はなくてもいいと思っている」

「……立場上、無理です」

「二人っきりでも?」


 その秘めやかで、甘美な響きに胸が締めつけられる。

 私はまだ、王妃候補だ。その誘惑に身を委ねてはいけないような気がした。けれど逆に、このままエルネストを受け入れたい、とも思ってしまう。


 そっと頬に触れられる手。


「エルネスト」

「ん?」

「今はこれで許してください」


 自らの手を重ね、微笑んでみせた。

 それ以上は動かさないで、触れないで、と。


「……分かった。今は、諦める。だけど……」

「エルネスト?」

「俺もこれだけは許してほしい」


 そういうと、空いている私の頬にそっと口づけた。


 一気に熱が顔に集中する。頭から湯気でも出るんじゃないかというほどに。

 すると、私に釣られたのか、エルネストの顔も赤い……。


「ふふふっ」

「はははっ」


 思わず顔を見合わせて笑う私たち。


 体は成長したけれど、まるで恋をし始めたような初々しい反応に、お互い可笑しくなったのだ。


 けれど私たちの恋路は、初恋のような甘いものではない。それをまさか、あのような形で思い知らされるとは、誰が想像できただろうか。

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