第7話 黒鳥は侍女を疑う

「お茶会の会場に戻った後は、ガゼボで他の令嬢方と談笑していました。その後、喉が渇いて私はお茶を……」


 そこまで話すと、エルネスト殿下は私の口を押さえた。

 今回は二度目だからか、発作が起きるまで時間がかかったようだ。いや、エルネスト殿下が支えてくださっているからだろうか。


 少しだけ呼吸は乱れたが、エルネスト殿下の顔を見る余裕はあった。


「デルフィーヌ嬢……」

「ありがとうございます。もう大丈夫ですから」


 いつまでもファビアン様以外の殿方が、端とはいえ、私のベッドに座っているのはマズい。私室であるからこそ、尚更だった。


 私が押すような仕草をすると、エルネスト殿下は渋々、椅子の方へ戻って行った。


「怪しいのは、給仕をした者か。もしくは傍にいた令嬢たち……。これらがミュゼット嬢と繋がっていれば、糸筋が見えてくるんだが」

「もう大丈夫と言ったではありませんか。お気遣いは無用ですわ」


 とはいえ、傍にいた令嬢は誰だっただろうか。

 毒の衝撃が強過ぎて、なかなか思い出せない。脳が拒否でもしているかのように、ハッキリとその時の情景を映してはくれなかった。


「お茶会に戻ってすぐ、エルネスト殿下と別れましたよね」

「あぁ。俺が側近に話しかけられて、デルフィーヌ嬢が気を遣って離れたんだ。その隙に、そうだ。エスメ・アドキンス伯爵令嬢が声をかけていたな」

「エスメ嬢……あぁ、そうでしたわ」


 右隣に金髪の令嬢が、左隣には茶髪の令嬢がいた気がする。エスメ嬢は金髪だから、間違いないだろう。ならば茶髪は……。


「ロウラ・ザノッティ侯爵令嬢……彼女もいましたわ」

「アドキンス伯爵家とザノッティ侯爵家か……どちらも王権派だったな」

「はい。まだ内定ではないのですが、私の侍女候補です。だから、彼女たちがやったとは考え辛いかと」


 王妃候補になると、その教育や王であるファビアン様の補佐は勿論のこと、空席となっている王妃の代理も求められる。

 今は王太后様が努めていらっしゃることから、私とミュゼット嬢にまでお鉢が回ってこない。いや、まだ引き受けられる時期ではないのだろう。


 選定の基準となる課題がくる、とお父様や王妃教育の先生方も仰っていた。

 その補佐をする役割として、侍女が必要なのだ。


 さらに言うと、私を支持する家門の意味も成す。故に、私に可能性を見いでてくればくるほど、近づく令嬢たちは多かった。

 勿論、ミュゼット嬢の方も。


「そうだな。むしろ、デルフィーヌ嬢を守る立場だろう。だから、すぐに傍に寄ってきたのではないか」

「えぇ。ミュゼット嬢の動向について、教えてもらいましたわ。何でも、侍女がお茶会の会場にいたとか」


 ここでいう侍女とは、実家から連れてきたメイドのことだ。私のところでいう、パルメと同じ。

 そのような者が、ファビアン様が出席する公式の場に居合わせるのは異例のこと。余程のことがない限り、有り得ないことだった。


 エスメ嬢とロウラ嬢は、それを見て私に非常識だと言っただけで、他意はない。


「怪しいな。……ノエ」

「はい」

「っ!」


 エルネスト殿下の呼びかけに、スッと部屋に現れる黒服の男性。我がグラヴェル公爵家にも隠密がいるため、そちらには驚かなかった。

 どちらかと言うと、私がいるのにも関わらず、隠密を呼び出したエルネスト殿下に対してだ。


「毒の件で調べてもらっているんだ。デルフィーヌ嬢も聞きたいと思ったんだが、いいだろうか」

「えぇ、是非ともお願い致します」


 私の言葉にエルネスト殿下は頷き、ノエの方へ視線を向けた。


「先に報告を聞きたい。あれからどうなった」

「はい。まずは現在の状況から……」


 ノエは、一度言葉を切ると、私の方を一瞥した。


「ご説明致します。ミュゼット・コルネイユ侯爵令嬢は、自分が疑われたことに対して、悲しみのあまり寝込んでしまった、という設定で部屋に籠り、寛いでいました」


 まぁ! と思わず口元に手をやった。


「主がそんな状態なのにも拘らず、レディ・コルネイユの侍女、オルガは王宮内を転々と歩き回っていました。レディ・グラヴェルに嵌められた、と言い触らすために。今も尚」

「そうか」

「嵌められたのはこちらなのに、何とまぁ……」


 怒りを通り越して呆れてしまった。が、このままというわけにはいかない。


「私に自作自演という罪をなすり付けておいて、被害者面をするなんて」

「あぁ、質が悪すぎる。が、証拠は見つかったか?」

「はい。オルガが歩き回るほどのことですから、貴族に協力者はいないと踏んだら、当たりでした」


 ノエが言うには、ミュゼット嬢はオルガを通して、王宮内のメイドや給仕たちを買収していたらしい。


「だから私の『黒鳥』という噂も、広がるのが早かったのね」

「貴族たちの噂よりも、実は王宮で働く者の方が強いです。打算がないように感じるからか、信憑性も高いと判断されるのでしょう」

「つまり、オルガがやったと言いたいのね」

「はい。恐らく、レディ・コルネイユのブレインだと思われます。手足でもありますが」


 ノエに言われて、ハッとなった。

 お茶会での出来事をさっき、振り返ったせいだろうか。私を陥れたり、罪を擦り付けたりしたわりに、ドレスの一件ではやられっ放しだった。

 それはひとえに、オルガが傍にいなかったからだ。私にエルネスト殿下がいた、というのもあるけれど。


「そのオルガがやったという証拠を見つけたのね」

「正確には、ある給仕を始末した証拠です」

「もしかして、その給仕って……」

「はい。レディ・グラヴェルにお茶を用意した給仕です。厩舎の脇で死んでいるのが見つかりました」


 私の顔が青くなると、エルネスト殿下が手を握ってくれた。


「ノエ」

「失礼致しました」

「いいえ。大丈夫よ。ただ、ここまでやると思わなかったから。それで、ここまで言うのだから、オルガが給仕を殺した証拠も、勿論あるのよね」

「はい。二人が兼ねてより親密にしていた言質と、厩舎へ向う二人を見たという証人。さらに、凶器も回収致しました」


 思わずエルネスト殿下を見る。


「それだけでは不十分だろう。その給仕にたぶらかされたのだと言うのかもしれない」

「死人に口なしと言いますからね。私がその給仕に指示を出した、とも言い兼ねませんわ」

「あぁ。だから、こういうのはどうだろうか」


 エルネスト殿下はそういうと、私の耳に顔を近づけた。

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