第2話 地下牢の朝と朝食会

ミイナは、差し込む朝日に打たれて、目を覚ました。

大丈夫とわかっていても、傭兵を冒険者をと、わめくゼパスに耐えかねて、なら、寝室だけでも移ります、といって、彼女は、半地下の彼女の部屋で、一晩眠ったのだ。


父に幽閉されて、この部屋で暮らしたのは、もう十年も昔になる。

地面スレスレに、開けられた窓は、この部屋から見れば、天井ギリギリの場所にある。差し込む陽の光の眩しさに、しばしぼうっとしていると、ふいに涙が零れてきた。


ルドルフとはじめて会ったのもこの部屋だった。

そのころ、この小さな部屋に幽閉されていた彼女のもとを訪ねてたあの、傲岸不遜な顔つきは、いまも変わっていなかった。


そのルドルフと二度と会えない日が、こんなに早く来るとは。

部屋の扉がノックされた。


「起きてるわ、アイシャ。」

ミイナは、髪を結いながら、ドアの前の旧知の女冒険者に話しかけた。


「なぜ、わたしが来たと分かるんです。」

赤毛の女冒険者は、ドアを開けた。

あまり、愛想のいい方では無い。

くすんだ赤毛は、今日も手入れが悪く、もじゃもじゃしている。


「匂い。あと、足音。」


「風呂には一昨日、入りましたし、足音も忍ばせたつもりなんですがね。」


気になるのか、袖口の当たりを嗅いでいるその仕草は、初めて会ったときから、変わらない。


「アイシャは、いくつになった?」

「やなことを、聞きますね。」


アイシャは、指を折った。

「・・・25からは、数えないことにしたんですが。」

「それは、何年前だ。」

「7年・・・はめやがりましたね。」

「そうだな。初めて会った時から、10年たつのか。

変わらないな、アイシャは。」


アイシャは、顔をしかめて、腰の辺りに手を当てた。

「どうですか。腕の方は多少はあがったつもりですが、体が重くなりました。」

「別に充分、締まってると思うけど?」

「尻が重くなりました。飛んだり跳ねたりは、ちょっと。」


ミイナは、寝間着を脱いで、下着を身につけた。その上から、鎖帷子を着込む。

久しぶり二身につけた防具は、ゴツゴツして、上からチュニックを羽織っても、わかるものが見ればわかってしまうだろう。


アイシャは、それを手伝おうとはしない。

壁にもたれかかったまま、通路に目をやっている。


「氷漬けのサラマンドラ」は、もう十数年、アルセンドリック侯爵家に護衛士として勤めている、A級の冒険者だ。


アイシャは、そこのリーダーである。

本人の弁によれば、永遠の25歳の32歳である。

腕はたつ。たたねば、A級ではいられない。


「ゼパスは?」

「手近な傭兵団に、護衛の交渉に行ってます。たぶん、無理でしょうが。」


ミイナは、ため息をついた。

先代である父は、いろいろな負の遺産をアルセンドリック家に残してくれたが、その1つが、傭兵ギルドからの総スカンだった。


相手が知性をもつ吸血鬼であることがわかっているにも関わらず、それを隠して、傭兵をやとったのだ。

結果は、先遣の10名は全滅。残りの20名も、ミイナやアイシャが、機転を効かせなければ、まずいことに、なっていただろう。


以後、アルセンドリック家に雇われようという傭兵はまったくいない。


「しかし、あのルドルフ殿が、先にくたばるとは、驚きました。」


着替えの終わったミイナを、先導するようにアイシャは、数歩、先にたつ。


「そうね。わたしがいくつ、歳を重ねても、あれは若い姿のままだったはず。」

ミイナはクスクスと笑った。

「わたしの白髪を見つけて、いやな笑い方をする姿まで想像していた。」


「ミイナさまこそ、会ったときからかわりませんね・・・・・」

「それは困るわ。」

ミイナは、後ろからアイシャの背中をつついた。

「最初に出会った時は、わたしはボロキレをまとって、あの部屋の床を這いずり回っていたはずよ。八年ぶりにお風呂に入れてもらって、髪を結って、服を着替えるのに八時間かかったわ。そのときと全くかわってなかったとしたら、それはそれでまずくない?」


地上階に上がり、食堂にはいると、朝食の席には、客人がいた。

彼女とアイシャのために用意された、朝食は、ほぼ食い尽くされていた。


「ゼパスから、知らせを受けて朝も食べずに飛んできたのよ!」

長姉のマハラは、ゆたかな黒髪を高く結い上げている。

嫁ぎ先は、馬車で1時間もかからないから、昨夜のうちに知らせが行っていれば、駆けつけられるのは当然だ。

「それで、アルセンドリック家の跡継ぎの話なんだけど。」


「まあ、お姉さま。」

次姉のジュリエッタが、窘めるように言った。

「ミイナは、連れ合いを亡くしているのよ。いくら人外の化け物だったとはいえ!

本当に気の毒なことをしたわ。気を落とさないようにね。あ、でもあなたもたしか、その化け物仲間だったから、まあ平気よね。それで、わたしのとこのアルセルタスを後継者に、家督を継がせてあげてもいいかなって、思っているんだけど。」

「わたしが、長女なのだから!」

マハラが、ジュリエッタを睨んだ。

「わたしのハルルカが跡を継ぐべきでしょう。」


二人の姉は、はたから見ていてもヒヤヒヤするような睨み合いを、たっぷり一分は、続けたが、そろってミイナに視線を向けた。


「あなたはどつ思う? うちのアルセルタスの方が年上だし、新しいアルセンドリック侯爵には、ふさわしいわよね?」

「いえ、やはりここは、ちょうじょであるわたしのハルルカが、跡継ぎになるべきでしょう? どう思う?」

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