第8話 我が家のお・も・て・な・し

「大丈夫なんでしょうか?」

若いメイドのひとりが、メイド長に話しかけた。


メイド長は、ギロリとメイドを睨めつけた。


「大丈夫、とは?」


「その‥‥」

おずおずとメイドは、声を低くして、

「マハラさまとシャルロットさまを、奥方さまの地下部屋にお通ししたことです。」


「ああ。それは、どうなのかしらねえ。夜はだいぶ冷え込むでしょうし、ネズミも毒虫も出るわ。まあ、でもほら、マハラさまたちのご要望通りにしたわけだから、わたしたち、下々のものとしては、それでいいんじゃないかしら?」


「でも、スパルが鍵をかけたって。」


「なんだよ、アニー。なんかぼくが、マハラさまとシャルロットさまを、奥方さまの寝室に閉じ込めたみたいじゃないか。」

若くハンサムな執事見習いスバルは、アルセイに出すはずのオードブルの皿から、薄く切った鶏肉をつまみ食いしながら、平然と言った。


「お二人に鍵をかけるようにに言われたから、施錠したまでだ。もちろん、出たいと言われたらすぐに鍵を開けにいくよ。」


「ここで、つまみ食いしてたら、出してくれって言われても絶対に聞こえないわよね、スバル?」


「それは仕方ないじゃないか。」

スバルは、肩と両腕にいくつも皿を載せながら言った。

「こっちはこっちで忙しいんだよ。アルセイ閣下にお出しする酒と食べ物だけなら、知れているが、あのひとが連れてきた傭兵に、マハラさまたちの護衛も含めると20人!

それを接待しないといけないんだから。」


アルセンドリック侯爵家には、いまは専属のコックはいない。

なにしろ、ルドルフは、基本的にあまり食べ物は欲しないし、ミイナは、まるきり好き嫌いなく、調理されていて、痛んだり、腐ったりしていないものなら、喜んで食べる。


なので、メイドたちや、スバルなど、料理がわりとまあ、苦にならないものたちが代り番でコックを勤めているのが現状だ。


最初は、出てくる料理が予想と違って、極めて質素なことに、文句を言っていたアルセイも、

酔いが回るにつれて、質よりも量が十分なことに満足し始め、いまでは、まわりから「アルセンドリック侯爵閣下」と呼ばれてご満悦だった。


もともとは、自分の息子を跡目に押し込むつもりだったのだが、すっかり自分が爵位につく気になっていた。


「そうだ! おまえらも貴族になってみるか!」


すっかり機嫌をよくしたアルセイは、出来もしないから手形を乱発し始めた。

確かに、男爵位や騎士爵などは、金でなんとかなるのだが、それはイコール金がないどうにもならないということに他ならない。


アルセンドリック家は、権利書よりも借用書の厚みが上回っており、ミイナとルドルフはそれをこつこつと返済している最中であった。



「よし、だいたい、酔いつぶした。」


からになった皿を回収してきたスバルがご満悦でそういったのは、それから二時間はたっていた。


片手には、かなり分厚い紙の束を下げている。


メイド頭は、とっとと、引っ込んでしまったが、アニーは、最後まで、ウェイトレスをさせられていて、疲れきっていた。


「さて、洗い物は、俺がやっておくから、アニーも休んでいいぞ。」


皿を水桶に叩き込むと、スバルは紙束を眺めながら、ニヤニヤと笑いを浮かべた。


「なに、そのニヤけた笑い方! 気持ち悪い!」

「おまえも見るか?」


スバルは、紙束をアニーに向けて開いた。

貴族家では、使用人に文字が明るいものがいるのを、好まないところもあったが、アルセンドリック公爵家はまったく違っていた。


少なくとも読み書き、足し算、引き算が出来なければ雇って貰えない。それが出来ないような幼子を雇う時は、しっかりと、それを叩き込まれた。


アニーも、そのクチだった。


「なに、それ。」


紙束には、料理の名前がびっしりと書かれている。

それが、いまスバルが作った料理の数々なのは、アニーにもわかった。

だが、その横にかかれた数字は、いったい・・・・・・。


「なにって、請求書だよ。」

「お金をとるのっ!!」

「当たり前じゃないか! ここは、アルセンドリック侯爵家であって、食料の配給所ではないんだっ!」


「もうっ!!!」

アニーは、とうとう泣き出した。

「なんで、男爵閣下やマハルさまたちを挑発するのよ!

確かに、腹はたつわ!

でも、ルドルフさまが死んで、後継者がいない以上、あのひとたちの子どもの誰かをたてるしかないじゃない。

こんなことをしてたら、」

アニーは、スバルの襟に顔を突っ込んで本格的に泣き始めた。

「クビじゃ、すまないわよ。いえ、本当の、意味でクビを切られるかも。」


「あのねえ。アニー」

呆れたように、スバルは、言って、一応髪を撫でてやった。

「やつらは侵入者だし、ご当主がいれば当然するであろう対応だよ、これ。」


「そんなこと言っても!

ルドルフさまはいないじゃない。」


言ってから、ギョッと、したように周りを見回した。


「ま、まさか、生き返るとでも言うの、ルドルフさまがっ!」

「あのね、アニー。」

スバルはため息をついた。

「気を使うことは、多かったけど、あのひとは悪い主人じゃなかった。

いくら吸血鬼でも、しかるべき相手に滅ぼされたら復活は出来ないよ。」

「じゃあ、やっぱり、やつらの誰かの子どもが当主になるんじゃない。

ああ、どうしよう。このまま夜逃げしようかな、今月のお給金貰ってないけど、胴体と首が離れ離れになってからじゃおそいものね。」

「だから、次の当主選びなんて、何十年も先のことを心配しなくてもいいって。」

「だって、ルドルフさまは・・・」

「まあ。きみが分かってないのはしょうがないとして、親戚筋まで同じ間違いをおかすのは、まったくもって、納得いかないね!」



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