第11話 乳色の刻
「まあ。」
ミイナは、自分より遥かに若く見える先輩を、胡散臭そうに睨みながら、頷いた。
「アレは、わたしにとっては夫で、別に恐るべき存在でもなんでもなかったけどね。」
「だって、血を吸われて、支配下に置かれててたんだろ?」
メイプルは、疑わしそうに、ミイナを見上げた。背はミイナのほうがだいぶ、高い。
「支配下ではないわ、少なくとも。」
ミイナは、片足で立ってメイプルの前で華麗にターンをきめてみせた。
「蝙蝠にも化けられないし、霧にもなれない。そらも飛べないし、ふつうに喧嘩もしたわよ。」
「考えられない。」
メイプルは、細い腕を組んだ。
「アプセフ老師に、おまえが吸血鬼ななってのかどうか聞いてもわず、分からずじまいだ。
そうじゃないなんて、馬鹿なことなが、」
「話しが、盛り上がっているところ、すまないね。そろそろ、ダンスが始まるんだ。踊っていただけますか、侯爵閣下。」
伯爵家の三男坊エクラは、光沢のある銀灰色のタキシードに着替えていた。
おそらくとんでもなく高価な衣装なのだろうが、この若者にはそれがしっくり似合っている。
「お誘いありがとう。」
ミイナは、手を振って、拒絶を表した。
「でもわたしは、愛する主人を無くしたばかりの未亡人だということを忘れないでね。」
「ダンスというのは」
大まじめな顔で、エクラは言った。
「どんな悲しみでも慰めてくれるものです。」
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んな、わけあるかい!
と、心のなかで、淑女であり、歴史あるアルセンドリック侯爵の現当主にはふさわしくないつっこみを、思わず心のなかで呟いたミイナだったが、踊り始めてみると、たしかに、エクラの言う事はまんざら嘘でもなかった。
ミイナは、結局、パーティーらしきパーティーには一度も参加せず、かろうじて参加したパーティーは男装でごまかすという(なにしろ、夫が吸血鬼だったので、夫婦揃って出席などはとても出来なかったのだ)荒業で今日まで乗り切ってきた。
とはいえ。
ダンスは、地下牢に入れられるまで、物心付いたころから仕込まれたし、どういうものか、夫ルドルフはダンスが好きだった。
もちろん、ひとさまのパーティで踊るのではなく、星のきれいな夜に、空中で、ステップを踏むのがお気に入りで、これにミイナはよく誘われたのだ。
普通の人間の代謝を必要としないルドルフの肌は冷たく、唇は血の味がしたが、ミイナはそれをおぞましくは思わなかった。
珍しく夫と趣味趣向の合う楽しい時間として、記憶に残っている。
ここは、夜空ではなく、グラハム伯爵家の屋敷の大広間であり、見守るのは、星ではなく、居並ぶ「王党派」の貴族たちである。
「お上手ですね。」
踊り始めてすぐに、まんざらお世辞でもなくエクラは、そう囁いた。
「ステップが、めずらしい古典ステップです。習得が難しいので、いまではもう少し派手にみえるこんなのが、流行りですが」
エクラの足先は、微妙な動きで、ミイナをリードする。
「基礎をしっかり学ばれている。さすがはアルセンドリック侯爵です。」
「わたしのダンスの先生は、ルドルフよ。」
ミイナは、エクラの胸に顔をあずけるようにして、下から彼を見上げた。
「彼の半生をぜんぶきいたわけじゃないけど、たぶん、ダンスをしたことがあるのは、百年から昔のはず。流行にはうとくなるわよ。」
「すいません・・・そういう意味では。」
「だったら、どういう意味よ。」
ミイナは、体を密着させるようにして、エクラとくるくると回った。複雑なステップをまじえながらそれをすることは、足がからまって、転倒しやすいため難易度が高い。
気がついた何人かから、感嘆の声がもれたのをミイナは、見逃さなかった。
「殺した相手の妻を、その翌日にパーティーに招待するなんて、非常識。周りから見たらどう思われるかしらね。」
「それは・・・・その人物を殺すことに、奥様もすでに同意ができていたと。」
「そうそう。まったくその通り。わたしは夫殺しの濡れ衣を着せられたわけね。どうしてくれるの?」
「ふつうなら、とんでもない話になりますね。ですが、幸いにもルドルフ閣下は、吸血鬼だった。」
「吸血鬼だって、意味なく殺すことは出来ないわよ?」
「ああ、たしかに吸血鬼を『殺すな』という法はあります。ただし、罰則はありません。面白いのは人間についてです。殺した相手、人数、手法、動機、それらによって最高刑は死刑まで、罰則は事細かに決まっています。ですが人を『殺すな』という法はないのです。」
ふたりの手ははなれ、また結ばれた。円の動きはときに大きくなり、また収束して、ふたりを引き寄せた。
「機嫌が悪いようだな。」
メイプルが、酒を片手に、アイシャをからかった。
アイシャは、踊るミイナと、エクラを追っている。
「冗談じゃないぞ! やつらがお似合いのカップルに見えてきた。」
「うん、そうだな。」
メイプルは、グラスの縁を、アイシャのそれにカチンと当てた。
「エクラのほうが、だいぶ年下だが、相性は悪くないように思える。今後、アルセンドリック侯爵家が、王党派にはいってやっていくには、グラハム伯爵の息子を婿に迎えるとうのは良い手段だ。
経済的に困窮しているアルセンドリック侯爵家を援助しやすくなるし、夫がグラハム伯のご子息ともなれば、それだけで、忠誠心を証明したことにもなる。
これで、ミイナとの間にこどもでもできれば、アルセンドリック家の将来も安泰だ。まさにいいことづくめなのだ。」
「ルドルフ様はなんだ! 殺されぞ損か?」
「そこは考えようだろう。あのすご腕がいる以上、力押しではアルセンドリック家は倒せない。なので、ルドルフのみを排除してからの懐柔策にでた。
平和的な解決のみちを、ルドルフひとりが、邪魔をしていた、ともとれる。」
「本気で言ってるのか、メイプル。」
同じ都市の、同じA級冒険者だ。敵対したこと(たとえば今もそうだ!)もあるが、肩をならべて戦ったこともある。そこいらは、利害とか恩讐を超えて話すしかない。
「ミイナは・・・・まあ、美人だと思う。歳だってまだ28だったかな。だが、夫のルドルフは吸血鬼だったんだぞ。ミイナも当然吸血鬼にされている・・・・」
「それだな、問題は。」
メイプルは頷いた。
「もちろん、相手が血の乾きをコントロールできていれば、吸血鬼と愛し合い、夫婦となることは可能だ。だが、そもそもミイナは本当に吸血鬼になっているのか?」
「アプセプ老師が合うたびに、脈を見たり、呼吸音をきいたり、膵液を採取したりしてた・・・・・完全にセクハラだな。」
「セクハラだ。」
二人の女傑はそこだけは、意見があったらしい。
「結論は出ていない。ワインのコルクを指を引っこ抜く程度の怪力やら・・・そうだな、この十年間、一度病気をしていない。」
「怪しいな。吸血鬼になっている・・・なっていてそれを隠しているんじゃないか。」
「だが、一方で、サンルームでお茶をするのが、日課だ。食事は、ふつうに召し上がる。吸血鬼になっているのなら親吸血鬼にあたるルドルフ様には絶対服従だが、およそ、素直に言うことをきたいのを見たことがない。」
「なら。吸血鬼とちゃうか~~~。ほかなんか言うてなかったか?」
「そやな、夜、夜空でふたり浮かびながらダンスをしてたけど。」
「なら、吸血鬼やないか、吸血鬼にきまりよ、そんなもん! あいつら、夜になるとはしゃぎだすんやから、もう吸血鬼に決定!」
「でも、わからんのよなあ。」
「なにがわからんの。」
「一緒に吸血鬼退治のクエストを受注して、やったことがあるんやけど、普通に相手の吸血鬼殺してたわ。」
「なら吸血鬼とちゃうやないか! あいつらは年功序列、さきに吸血鬼になったほうが絶対えらいんやから。ほかなんかいうてなかったか?」
「地下の寝室があるんやけど、棺桶おいてあるねん。」
「そりゃ、吸血鬼や、吸血鬼にきまりです、そんなもん。あいつらね、そこで眠るんですよ。生まれた故郷の土かなんかひいてね。もう吸血鬼に決定。」
「でも、わからんのよ。」
「なんでわからん。吸血鬼にきまりでしょ、そんなもん。」
「でも、棺桶って衣装箱にしてるだけなんよなあ。」
「ほなら、吸血鬼違うか。」
A級冒険者同士が、不毛な議論をしているうちに、曲は移り、甘いゆったりとした調べが流れ始めた。
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