第23話 エクラと過ごす日々

「これをどうすればいい。」

数日後、アルセンドリック邸を尋ねたエクラは、サンルームに陣取る愛しい未亡人と、その前におかれた手紙の山を見出した。

エクラの持ってきたケーキを置く場所もないほどだった。

いずれもパーティーの招待状だった。


「物珍しいのですよ。あとは、アルセンドリック家が、世間から引かれていた理由。ルドルフ閣下の存在と王党派との対立・・・・のどちらもなくなったのですから。」

エクラは、そっと空いている椅子をひいて、自分のもってきたケーキの箱をおいた。

手をのばして、手紙を次々と見ては、選別していく。


「子爵家以下は無視してかまいません。」

彼は断言した。

「文句をいうものは、グラハムの名前で黙らせます。しかし、行っておかねばならない、ところだけで、20はありますね。しかも日程がかぶっている。」


「あのさ、エクラ。」

ミイナは真剣に尋ねた。

「正直、わたしはパーティーなんぞ、着ていくドレスもなければ、作法もしらないんだよ。それよりもルドルフの葬儀を行いたいんだ。」


「そちらは、儀式を執り行ってくれる司祭が難航していると聞きましたが。」


「ヴァルゴールの使徒たちが、アウデリアの名前を聞くだけで、びびりあがってしまうんだよ!」

ミイナは困ったように言った。

エクラにしてみれば、なんでわざわざ「隷属の邪神」ヴァルゴールの使徒に葬儀をあげさせようとするのか、わからなかった。

そこだけ格式張らなくても、冒険者が仲間をなくしたときのように、適当な祈りをあげて、灰を土にかえせばいいのではないか、と思うのだが、ミイナは一応、貴族の家で育った(その半分近くは地下牢に幽閉されていたのだが)ので、神様のいない葬式などは認められないらしい。


「だいたい、わたしは喪に服してるはずなのに、なんで招待状を送ってくるんだろう。」

ミイナはため息をついた。



「うちの宴会に出席いただきましたからね。あれで、すくなくとも世間からは、アルセンドリック侯爵は、伴侶の死を悼む気持ちは薄く、これから晴れて人間社会に復帰できるのを喜んでいると、思われたと。」


「パーティーなんか、大嫌いなんだがな。」

「ダンスはかなりお上手でしたが。」

「まあ、ルドルフもダンスは好きだったからな。」


お世辞でもなく、エクラは言ったが、ミイナの表情は冴えない。


「いっそ、アルセンドリック家で、パーティーを開いてしまったらどうです?」

エクラは提案してみた。

「物見高い連中は、それで好奇心をみたして、収まるでしょう。20回の出席が、1回ですみます。ドレスも一着あればいい。」


ちょっと考えたミイナだが、首を振った。

「だめだな。うちの使用人で、まともにパーティーをやったことがあるのは、たぶんメイド頭のローラと、執事頭のゼパスだけだ。」


こんな貴族家があってたまるか、とエクラは思った。領地からのあがりは、領地の運営のために再投資してしまって、利益はまったくなく、先代の借金返済に追われている。

その費用がどこから出ているのか、探るのが父であるグラハム伯爵の命令でもあったが、なんのことはない。


Sクラスの冒険者であるルドルフと、ミイナが、冒険者家業で稼いでいたのである。


使用人たちも、ローラとセバス以外はほとんだが、冒険者か冒険者見習いだった。


「人も金もお貸ししますよ。」

エクラは言った。

「そのほうが、安上がりだ。披露のためのパーティーだったら、参加者はいくばくかの祝儀を包んでくるのが礼儀です。ひょっとすると少し黒字になるかもしれない。」


黒字、という言葉に飛びついたミイナは、言われた通り、ほとんど十年ぶりのパーティを開いたのだ。


エクラの仕切ったパーティーは、大好評で、彼の言った通り、少しだけだが、黒字に成った。

そして、王都の貴族社会にあたらしい話題も投入したのだ。


すなわち、同じパートナーと5曲も踊った、アルセンドリック侯爵未亡人・・・・ではなくて、アルセンドリック侯爵の姿が。


たしかに年の差はあれど、ミイナも美しく。だが、その良人、すなわち世間がアルセンドリック侯爵だと誤解していたSクラスの冒険者ルドルフは吸血鬼だったはずだ。その伴侶であるミイナは、はたして人間なのだろうか。




パーティーを成功裏に終わらせた翌朝。

エクラは、父の私室をたずねた。兄たちと、打ち合わせ中の時間だったが、かまわず、ノックした。


「誰が・・・エクラか。」

長兄のサシャークはみるからに不快そうに、彼を見た。

「いま、大事なご報告中だ。次のパーティーでわたしが、王女殿下といちばんに踊れそうなのだ! これはいままでになかった快挙だぞ!」


「ミイナさまが懐妊いたしました。」

エクラは短く答えた。


ほう。

と、伯爵がつぶやいた。

そのまま、サシャークを睨む。

「仕事というのはこういうふうにするのだ、サシャークよ。わしは、おまえに第三王女と結婚するように命令した。ダンスの順位をあげろなどとは一言もいっておらん。」


「亡きルドルフ閣下の葬儀は月が明けて、三の日に。ヴォルタレム広場を借りて、深夜に行います。出席はミイナさまも数名の使用人のみ。『氷漬けのサラマンドラ』も同席しません。」


「ふむ? 

それが終われば、婚約の発表ができるな。」

「はい。まず間違いなく。」

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