第22話 夜と朝のお茶会

ミイナはお茶を飲んでいる。

場所は、アルセンドリック邸のサンルーム。

ただ、時刻は真夜中らしかった。


月光が斜めに差し込んで、本でも開そうなくらいに、サンルームは明るい。

いや、いま差し込んでいるのは月明かりなのだから、名称は変えるべきか。


ムーンルーム、とか?


ミイナに、名付けのセンスはない。

お茶は、渋かった。


ガチャリ。

ドアが開いて、男が入ってきた。

がっしりとした体格のいい男だ。長く伸ばした黒い癖っ毛を、首元で結いている。

ハンサムではあるのだが、その相貌に凶暴なものを秘めていた。


安手の子悪党ではない。ひとを対応の命としてみない傲慢さが裏付ける凶相だった。


ミイナはため息をついた。

男に目の前の席に座るように促したが、男は拒絶した。


「一体、なにが起こっている!」


男の目は、緋色に輝いてた。

抑えきれない激情に焼かれている。


「まあ。」

ミイナは、カップを置いた。甘いお茶菓子が所望だったがアルセンドリック家にそんなももはない。

「こっちが聞きたいわね。急に死んだりして。」


「そうだ。俺は死んだぞ?」

男の唇に、みにくい牙が現れた。

「死んだ俺がなぜ、ここにいる。ここは‥‥」

男はぐるりと周りを見回した。

「東館のサンルームだな。おまえのお気に入りも場所だった。」



「なんというか。」

ミイナは、低い声で言った。

“ここ”が夢なのか。実際にサンルームで深夜のお茶会を楽しんでいたのか、そこらはどうも曖昧だ。ただもし現実ならば、使用人たちを起こしてしまうかもしれない。

「もう少し小さな声で話してよ、ルドルフ。」



「解答はあるんだ。」

亡き夫ルドルフは、いらいらとサンルームの中を歩き始めた。

「俺は、おまえの記憶の産物だ。おまえが生み出した亡霊だ。それがあたかも自我を得たように、喋り、思考する。

これはな。吸血鬼同士ならばありうる。

人間が、言うとこの遺伝子情報で繋がっただけの家族とか言うものよりも、我々は遥かに

強い絆で結ばれているからだ。

これは‥‥伝説の話になるが、真祖やそれに近しい強大な吸血鬼は、自分も“子”が滅んだ後も、彼らを自在に呼び出し、使役したと言う。」


「わたしは、あなたが自我をもってるのかどうか、わからない。」


ミイナは、一応予備のカップにお茶をたてて、勧めてみた。

ルドルフは、カップを取り上げて、一口飲んで、不味いなといったと言った。


「いまのは、あなたの自我なのかしらね。それともわたしの記憶が、あなたならそういうと思ってあなたに演技をさせただけなのかしら。」


ミイナは、部屋の隅におかれた置き時計に気がついた。

針はまったく動いていない。

ということは、これは夢だ。夢の出来事だ。


「冗談ではないぞ。」

ルドルフは、やや乱暴にカップをテーブルに叩きつけた。カップにひびがはいる。


「ちょっと、ルドルフ。」

「いちいちケチくさいことを言うな。カップ代なんか俺が稼いできてやる‥‥」


そこではじめて、ルドルフは、どっかりとミイナの目の前に腰を下ろした。


「そうか。それはもう出来んか。」


「まあ、ときどきはこうして彷徨い出てくれてもいいわよ。」

ミイナは、微笑んだ。

「あなたのことは嫌いじゃなかったし。」


二人の顔が重なり、それはしばらく離れることはなかった。


「どうも俺は死ねないらしい。」

落胆したような声でルドルフがつぶやいた。

「かと言って、生きているわけでもない。まるで死んだ後まで、真祖に使役されたという従属吸血鬼のようだ。」



◾️◾️◾️ ◾️◾️◾️ ◾️◾️◾️



「ルドルフを見送りたい?」

昼下がり。ミイナは、お気に入りのサンルームだった。

お茶が渋くなるのを感じながら、ミイナは、エクラを迎え入れた。

あれから、毎日、伯爵家の三男は、訪問を続けている。

最初は、なんとかを届けに!とか、次回のバーティーのお誘いとか、理由はつけていたのだが、昨日あたりは。

「お顔をみにきました。」


この時間に、サンルームでお茶をしてるのは、バレバレらしく、ケーキを持参してくれている。

しかも、二人で食べる分以外に、使用人たちにはホールのままのケーキを手渡している。


彼女から見てもしたたかもの揃いの使用人たちを、なんとなく懐柔しただけでも、エクラは、大したものだ、とミイナは思うのだ。


「お葬式は身内だけで、行うわ。」

なにしろ、ルドルフは、死んだのではなく滅びた、のであり、しかも、彼女の記憶を媒介に、この世に彷徨い出ることもできる。

たぶん、月の綺麗な夜ならば。


「ぼくもお身内のつもりであおりますが、ダメでしょうか。」


がっかりしたようなその顔は、しょげた子犬を思わせた。

たぶん、それは。

男娼あがりという、この青年の演技なのだ。

ミイナは、もちろん、いかがわしい場所で遊んだ経験などない。

男性としては、ルドルフしかしらないし、17歳まではほんとにインドアな青春だったのだ。


だが、ミイナにはそれがわかる。わかったうえで、エクラを面白いヤツだと思い、その人となりを好ましく思う。


まるで、千年を生きた智慧者のように。


「拒否する理由もなさそうね。」

ミイナはそこは折れた。

「場所や時間は、ゼパスに確認して。わたしはこれから、剣の稽古の時間なの。」


「それは‥‥よろしければ見学させていだけませんか?」


ミイナは少し考えて、許可した。

この坊やはたぶん、伯爵家にとって重要な人間になる。どの程度使えるのか試しておいて損はない。



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