第21話 ルドルフ卿の葬式1
「葬儀の名代?」
グラハム伯爵は、最近ことのほか、気に入っている三男の言葉に眉をひそめた。
アルセンドリック侯爵の夫。ルドルフを討ち取ってから、三日が過ぎている。
「吸血鬼の葬儀か。前代未聞だな。」
そう言いながら、ローストされた薄切り肉を口に放り込む。
微かだが、ソースの味の奥底に辛味がある。
それが肉の臭みを消し、味を一段と引き立てていた。
コック長に褒美をとらせなければな。
と、伯爵閣下は思った。
「確かに、仰る通りです、閣下。」
「ここは、私的な場だ。父上と呼べ。」
はい、と頷いて、エクラは話を進めた。
「ですが、今後、吸血鬼が人に混じって生き、人とともに戦って死ぬこともあるかと存じます、父上。
実際に冒険者どもは、自分のバーティに吸血鬼がいて、それが任務中に討ち死にした場合には、簡単な葬儀を行っているそうです。」
「生きる?だと。」
長男のサシャークが、笑った。
あまり、好意的な笑い方では無い。
彼は、王室の第三王女との婚約を、父親から指示されていた。
いまのところは、順調だ。
……王女の取り巻きの中で、彼は中心人物のひとりだ。先月の凱旋したウルク将軍を迎えるバーティでは、王女と2番目に踊っている。先々月は3番目だったから、順調に順位をあげている。
だが、父上はあまりお気に召さない。。
とくにアルセンドリック家を服させよ、という命令でなにやら、裏で、エクラが動き始めてからはそうだ。
やっかいな、Sクラス冒険者のルドルフを討ち取ってしまうと、その翌日には、アルセンドリック侯爵夫人をグラハム家のバーティに招待した。
そしてそのまま、夫人といい仲になっている。
ここに来る前は娼館にいたそうだが、出自は争えないということか。
「兄上。」
おまえなどに兄と呼ばれたくはないわっ!!
サシャークはそう怒鳴りたかったが、グラハム伯爵が自分を父と呼んでよいと許可を出している。自分が怒るわけにはいかない。
「吸血鬼の心臓は、人間のように脈はうっておりませんが、彼らは異質の生を生きております。確かにアンデッドへの支配力は、彼らのスキルではありますが・・・」
それまで、言ってから、すいませんと、一言あやまった。
「しかし、アルセンドリック侯爵閣下のまえでは、その言い方はご遠慮いただきたくお願い申し上げます。
侯爵閣下とルドルフ閣下の関係がどのようなものだったのかは、はかりしれませんが・・・・」
「そ、そんなものは、親吸血鬼と従属吸血鬼に決まっているだろうが。」
サシャークは、どんとテーブルを叩いた。皿が何枚かこぼれ落ちて、料理が床にぶちまけられる。
「父上。」
エクラは、伯爵のほうを向き直った。
「メイプル殿やアプセブ老師とも相談したのですが、アルセンドリック侯爵は単純に、ルドルフ閣下の『子』ではないようです。予定通りに私は、アルセンドリック家に婿入りの形で潜り込みたいと考えております。」
「そのためにも、葬儀にはわしの名代として、参加したいのか。」
「御意。」
エクラは、深々と頭をさげる。
「父上! こんな血の薄い弟に情けをかけるとは、あまりにもお優しすぎます。」
サシャークはなおも、文句を言おうとしたが、そこに次兄のアンドルが、口をはさんだ。
「まあまあ、兄上。我ら三兄弟、それぞれ父から与えられた任務があるのです。
エクラは、アルセンドリック家への婿入り、わたしはこのグラハム家のあとを継ぐこと。そして、兄上は、王女殿下と結婚すること。」
「アンドルの言うとおりだな。お主たちがアルセンドリックの一員であることを臨むならば、わしの与えた任務をはたせ。正確に。迅速にな。」
ふたりの兄が立ち上がった。そのまま、父である伯爵に一礼すると朝食会場を出ていった。
ひとり残ったエクラも、立ち上がろうとしたが、伯爵が止めた。
執事が、メニュー表にしか見えない装幀の厚い冊子をすかさず差し出した。
「ふむ。」
ペラペラと、ページをめくった手がとまり、ひとつのページを指さした。
「これでよかろう。」
なにがおこったからわからぬ。だが、執事は、伯爵に耳打ちされて頷いた。
「では、エクラさま。あなたは今日からダカー男爵となられました。」
娼館にいたときは、貴族の客などはめったにこない。まして、五等爵のひとつである男爵などは、最高級の顧客だった。
それから2年しないうちに、エクラ自身がそれになろうとしている。
「あ、ありがたくお受けいたします。しかし、なぜここで。」
「アルセンドリックの公式行儀に。わしの名代としていくのだ。爵位くらいは持っていけ。」
もともと「邪神」であるヴァルゴールは神殿をもたない。一方で、ヴァルゴールくらい便利使いされている神もいないのである。
人間の『贄』を要求するこの神は、たしかに邪神には違いなかったが、一方でそこまでの対価を要求しないさまざまな欲求、呪い、そういったものに実に気軽に、正義感も倫理感なく応えるのが、邪神ヴァルゴールだった。
そのような儀式を執り行うのだがヴァルゴールの「使徒」である。
その言葉の意味は、この当時もずっとのちもかわらない。ヴァルゴールに人間の命を捧げたものを「使徒」と呼ぶ。
アルセンドリック家は、この日、王都では名高いヴァルゴールの使徒である「千手」のハルジャを屋敷に呼び出していた。
闇に生きた吸血鬼を、次の性に送り出してやるための儀式を司ってもらうためだった。
ハルジャ、すっぽりと頭巾をかぶり、口元だけを出している。まだ若そうだし、おそらくは女性なのだろう。
しかし、彼女は、ミイナからの話をきいて、押し黙ってしまった。
「それほど、大きなものにするつもりはない。」
その様子に、ミイナは、懸命に頼み込んだ。死んだ人間の魂を次の命に導いてくれるのは、神々の役目だ。
「他の貴族家を呼ぶ気はないし、ごくごく内輪で見送ってやりたいんだ。わたしの良人は、亜人でな。ヴァルゴールを除いては、葬式をとりつくろってくれる坊主は、いなさそうなのでな。」
「・・・お困りなのですね。」
使徒はうつむいたまま答えた。
「しかし、わたしも命が惜しい。こちらの護衛者はAクラスパーティの『氷漬けのサラマンドラ』ですよね。」
「うん・・・しかし、あそこのアイシャとは10年来の付き合いだし、出てもらおうかとは思っている。」
「『氷漬けのサラマンドラ』の全員が出席いたしますのでしょうか。」
「そうだな・・・アウデリア殿は、休養中でご欠席する。」
使徒の顔白はみるみる良くなった。
。
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