第25話 アルセンドリック家の葬儀1
葬儀が始まるのは、真夜中とのことなので、今日はエルクの訪れたのは夜もだいぶ、ふけてからだった。
「これはいったいなんだ。」
通されたのは、いつものサンルームではなく、テーブルのある食堂だった。
夕飯はたがいにすませた時刻である。
テーブルの上に積み上げられたのは、手紙やプレゼント。おくるみや玩具、なかには、柔らかで肌触りのよい布を贈ってきた者もいた。
お好きなタイミングでお仕立てください、というわけで、お抱えの仕立て屋くらいはいたりする大貴族を相手のプレゼントとしては、なかなか気が利いていいるのだが、残念ながら、いまのアルセンドリック家には無用の長物である。
それが、ベビー用のものであるのなら、なおさらだ。
「わたしに子どもができたというニュースが王都中に、広まってる。」
のほほんと見返したエルクだが、ミイナの視線は鋭い。
「どうも噂のでどころを探ったら、どうも王党派の貴族連中のようだ。“もちろん”エルクは知ってるよね?」
「父は・・・・」
エルクは冷や汗をかいたが、実際のところ、このくらいはどこかで追求されるだろうと、思っていた。
「わたしが、アルセンドリック家に婿入りすることを望んでいます・・・・わたしが、こちらに足繁く通っていることで、先走った噂が流れのでは。」
「おまえは嘘をつくときに、言葉使いが丁寧になるね?」
ばっさり切り捨てて、ミイナはどぼどぼと、しぶそうなお茶を、エルクのカップに注いだ。
結局のところ、具体的な成果は、このエルク用のカップが用意されるようになったくらいだ。グラハム伯爵のようが望んだように、またエルクが報告したように、ミイナの懐妊から婚約どころか、エルクの立場は、気の合う友人程度にとどまっていた。
「うん・・・ぼくが、その噂の出処だ。父の指示通りにことが、順調にすすんでると報告している。だが、それを周りにばらまけとは言ってない。」
「まあ・・・思い通りにならないと、おまえをあれだけ痛めつける父親だしな。」
案外とあっさり、ミイナは引き下がった。
「これについては、丁重に送り返すしかないと思う。ひとを借りれるか。」
「もちろんです!」
「そんなところだけ、勢い込んでもらっても。
ゼパス! 夫と死別した未亡人の貴族が再婚するまでの、最短期間はどのくらいだ。」
「翌日・・・・というのが、あります。ただ、その場合、夫を毒殺したのが、夫人自身でした。そのような極端な例を除くと、ますは一年。
これは、女性の妊娠期間と関連いたします。とにかく、誰の血をひいているかで、容易にお家騒動に発展しますからな。
一方で、当主は夫婦がそろっていることが、安定につながるとして、あまり長い間、独身でいないほうがよいという考えもあります。」
「なるほど・・・・・エルク。というわけで今後のことは、否定も肯定もしない。
今晩は、ルドルフの葬儀への参列を感謝しておこう。」
葬儀をおこなうジャレドウ公園までは、馬車で、2時間ばかりかかる。
用意された馬車は四頭立ての立派なもので、ゼパス曰く「借り物」だそうだ。
参列は、ミイナとエルク、御者はゼパスが勤めるとしてもあとは、メイド頭くらいのはず・・・・と大きすぎる馬車に、エルクが首をかしげていると、「氷漬けのサラマンドラ」の戦士アウデリアが、小柄な女を連れて現れた。
たしかにアウデリアが一緒にいくならば、馬車は大きいにこしたことはない。
女は、禿頭に入れ墨をほどこし、黒いローブをまとっていた。顔立ちは整っていたが、剃り上げた頭と、入れ墨が異様な雰囲気を醸し出していた。
「そちらは?」
「偉大なる一の神、ヴァルゴール様の12使徒。バラン。」
女は偉そうに答えたが、アウデリアに頭を鷲掴みにされて、ひいっと悲鳴をあげた。
「ヴァルゴールの使徒に、葬儀を取り仕切ってもらおうとおもったのだが、アウデリアを怖がって、なかなか話しが決まらない。」
ミイナは説明した。
「そこで、逆転の発想だ。アウデリアにヴァルゴールの使徒を脅迫させたら、たちまち承諾してくれた。」
やはり、ミイナは自分にむいている、と納得するエルクは心の中で頷いた。
馬車をはしらせること、1時間半。
馬車の中の話題は、もっぱら、ヴァルゴールの使徒バランの話をきくことに終始した。ヴァルゴールは邪神であるがゆえに、神殿はもたない。自ら信者を公言するものもいない。面が割れているのは、「使徒」と呼ばれる高位の信者だけで、それは、生きている人間を「贄」として捧げたことがあることを意味していた。
かわった信仰形態であり、色街で暮らしたことのあるエクラは、恋敵やら、通ってくれなくなった客を呪うためには、なくてはならない神が、ヴァルゴールだった。実際、四つ辻ごとに小さな祠があって、日が暮れるとそこに、いくばくかの金銭と血のはいった小袋をもってお参りする男女は多かった。
「・・・・なので、神になにかを頼むときには、『贄』を用意するのは、不可欠なのです。」
バランは、子供っぽい口調で、自らの信仰を語った。賛同したものはいなかったが、興味をもたないものはいない。馬車の中はそれほど悪い雰囲気ではなかった。ただ、ときどきアウデリアがじろりとバランを睨むのと、バランがその度に、悲鳴を押し殺すのが妙な緊張感を漂わせていたのだ。
今宵の葬儀に『贄』が用意されていないと知ると、バランはむくれた。
「ルドルフさまは吸血鬼です。その葬儀に生贄のひとつも捧げることが許されないのでしょうか。」
「当たり前だ。」
アウデリアが唸って、またバランが、ひいっと言って小さくなった。
「なにもよけいなことを考えずに、淡々と決まり文句をとなえて、式次第を進行させろ。」
馬車は、目的地の公園に到着した。
中央に、円形のドームをもった礼拝所があって、そこを使わせてもらい予定だった。
馬車から最初に降りたバランが、歓喜にみちた表情で一行を振り返った。
「なんだ! わたしをからかったんですね!」
バランが指さした方向から、鎧兜に身を固めた兵士たちが、姿を表した。
「こんなにたくさんの『贄』をご用意いただいているとは!!」
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