第17話 似た者同士2

ミイナは、あんまり機嫌がよくない。

アイシャが、手勢をひきつれて、伯爵邸に押しかけた時間が、あまりにも早すぎて、朝ごはんを食べる時間がなかったのだ。

昨日のパーティーの料理からしても、朝ごはんも充分、期待できただろうに。


お腹をすかせて、寝不足の吸血鬼は、集団の先頭にたって、街を闊歩する。

ほんとうはそんなことをしたくないのだが、一応は貴族で、いや大貴族で、そこの当主である自分が先頭にたたなければ、街の人間がパニックを起こす。

そういう集団だ。


A級の冒険者パーティとして、実績も充分な『氷漬けのサラマンドラ』は、全員が重武装だ。リーダーのアイシャは金属の胸当てだけの軽装備だが、携えた長剣は名剣『豪炎』。

革鎧の女豪傑は、腰に戦斧を携えたアウデリア。ひとりで、一個小隊に匹敵すると言われる戦闘力の持ち主だ。



生身で、あるいは、単騎で竜に挑むことができる冒険者を、英雄と称する。

自らは喧伝せずとも、アウデリアが、それではないかと、都では、もっぱらそんな噂だ。

付き従う傭兵団「生贄の仔羊」は、12名。少ないようだが、この時代の区分では「1個分隊」にあたる。

こちらは、屋内でも取り回しのよい丸盾に、剣の代わりに棍棒を携えている。


とりあえず、目的は、屋敷にたむろする不穏な輩を鎮圧して、放り出すことだ。

ここで、息の根を止めてはまずい者も混じっているし、刀傷を負わせてしまうのはよくない。


鍛え抜いた「生贄の仔羊」の精鋭にかかれば、棍棒は、素人の振り回すナマクラよりは、よほど役にたつだろう。


「機嫌はどうだ、ミイナ?」

アウデリアが尋ねた。

ミイナもすらりとした長身の美人だが、アウデリアは、頭一つ高い。横幅も倍はあった。

知り合って十年になるが、外見の変化は見られない。

見上げたミイナを、獰猛な笑顔が迎えた。


「よくは、ないわよ。」

ミイナは、視線を落とした。


昨日のバーティで着ていたドレスは、そのまま着用させてもらっている。


ダンス用の、裾がひるがえっても、下着がみえる心配のない、長めの丈のドレスだ。

屋敷まで道のりを、歩くには相応しくない。


「伯爵の息子と再婚するのか?」


アウデリアのことばに、ミイナは口をへの字にまげた。

「なんで!? エクラとは昨日、初めて会って一緒に踊っただけよ!」


「そして、同じ寝室で、一晩過ごした。」


ひゅん!

ミイナの肘が、アウデリアの小腹に打ち込まれ、ミイナは苦痛のうめきを漏らした。

こいつの腹筋は、鉄か!


「ルドルフは、残念だったな。」

アウデリアは、顔色もかえずに言った。視線は、ミイナのもっている小箱だ。

ミイナは、一応、袋に入れて首からぶら下げていた。中の小箱には、ルドルフだった灰の一掴みが。


「メイプルから聞かされたわ。

伯爵の屋敷に侵入しようとした所を、メイプルに見つかり、戦いになったそうよ。逃げることもできたでしょうけど、顔を見られたので、」


「人間のフリはうまかったが・・・・」

アウデリアがつぶやいた。ルドルフの滅びを痛む響きがそこにはなった。

争うことも競合することにある。だが、不倶戴天の敵と成っても、冒険者として、実力があれば、認める。そこに人間以外であることはたいした意味はない。

「確かに優れた冒険者でも会った。だが、飲みもしない血を好み、戦いを好み、凶暴に過ぎ、プライドが高すぎた。」



「わたしにはお似合いの夫だったと思う。いずれ手厚く葬る。」

ミイナは、つぶやいた。

さげた袋の中で、遺灰をいれた小箱が、たよりなげに転がった。

「そして、うちを懐柔するのに、こんな方法をとったグラハム伯爵には、いずれ思い知らせてやる。」


目つきは、名門侯爵家の当主のものではない。

仲間を失った冒険者のそれだ。


「いいか、みんな!」


アルセンドリック家の屋敷のまえで、一度、全員は立ち止まった。ぞろぞろと遠巻きに跡をついてきた見物人は、500名はくだらない。


「わたしは、いまとっても腹をたてている。だが、それは主に寝不足と朝食を抜かれているからだ!

集まってくれた諸君は、わたしの怒りの代弁者となって、侵入者どもに、痛い思いをさせてやってくれ。

間違っても、夫が死んだ直後にお家乗っ取りに、かけつけて、当主を追い出した馬鹿な親戚に対する怒りではない。忘れるなよ。」


一同は、笑みを含んで「諾!」と答えた。


ミイナのそのときの様子は、貴族の当主でもなく、復讐心にかられる冒険者でもなく、戦場で必要な戦果だけを淡々と部下に要求する、前線指揮官のものだった。






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